三人目については

 堂々と名前に誇りを持っているかのような言い方から、なんとも可愛らしい名前が聞かされる。弖笑。確かに聞いたことも見たこともない名前で、キラキラネームとも思えないくらい小夜に似合っていた。


 「弖笑?」


 「そう!だから、りいは惜しかった!このなんて言うかな、その、後半の文字が発音されない感じがさ!」


 「あぁ、なるほどね。そういうことか」


 それなら惜しい理由も納得だ。しかもとてもしっくりくるから、気持ちも良い。


 「良い名前ですよね。私、結構好きなんですよ」


 「でしょ?!ママとパパには感謝だよ!」


 「名前に似合った人に成長したのも、やっぱり名前って関係してるのかなって思うよ」


 「そう見える?!やっぱり君は良い人だよ!あっ、名前なんて言うの?美月が自分で聞いてくださいって言うから、仕方なく今聞くけど!」


 急降下中のジェットコースターに乗っている気分に近いだろうか。常に元気で絶え間ない質問や発言。それは静謐な遥と一色にとっては大変な対応とも言える。臨機応変さも身につけなければ。


 「六辻遥だよ」


 「六辻遥かぁ。覚えた!可愛い名前だけど、見た目は大人っぽくてギャップすげぇ!遥って呼んでも良い?」


 距離の詰め方もギャルだ。


 「うん、良いよ」


 「ありがと!!」


 不思議だ。何がって、疲れないことが、だ。


 性格が合わなかったら、それだけ気を使ったり迎合により疲れは伴う。しかしそれが小夜に関しては一切ないのだ。無理に付き合っていないというのもあるだろうが、不快に思わせない関わり方をされているように、今は勢いに押されても負けてはいない。


 (この学校、ホントに普通じゃない人を集めてるんだなぁ)


 慎也たちの技量は伊達ではなかったか。


 「そういえば美月から聞いたけど、遥って特待生なんだよね?」


 「そうだけど?」


 「やっぱり一組内ではその才能とか発揮して人気なの?」


 「ううん。全く人気じゃないよ。俺が特待生だって知るのは両手で数えられるくらいだから」


 予め学校側が特待生を公表することはない。だから自分で言うしか周知の事実とすることは難しい。


 「へぇ、そうなんだ!特待生って確か二組にも1人居るでしょ?それで、もう1人が五組に居るんだけど、その子が人気過ぎてもう半端ないの!女子なんだけど完璧でさ!だからどこでもそうなのかなって思ったんだけど、雰囲気通りのクールさってやつで遥はそんなことないんだね」


 「五組の特待生……そんな人気なの?」


 今、遥の耳に入っている情報は1つもない。


 「告白された回数はもう10は超えてて、先輩からも人気だよ!私も友達だけど、周り凄いもん!特に男子なんて私の可愛さ無視だよ無視!そのくらい人気!」


 建前なく本音で言って小夜は可愛い。派手派手のメイクじゃなく、自分を引き立てるメイク方法を熟知しているからなのだろう。元々目は美少女と言われる人たち――桜羽たちと比べて小さいが、それでも誰よりも小顔だからそんなこと些末なことのように際立っている。


 そんな小夜でさえ霞ませてしまう生徒。それは顔が良いから人気ではなく、告白回数が証明するように人柄も良いのだろう。朱宮のような人から好かれる魅力を持つ特待生ではないだろうが、何にせよ気にはなる。


 30人と最も男子が多く、たった10人で3年を過ごす女子の性格も考えると、小夜と似た性格の特待生か、若しくは強気で我を貫くクールな少女か。


 「毎年特待生の話では盛り上がると聞きますけど、今年は一段と凄いらしいですからね。去年よりも騒がしいと噂です」


 「ってことは、俺以外の特待生で話は盛り上がってるってことでしょ?ホントに凄まじいね」


 特に先輩へも届く人気ぶりの五組の特待生。ますます気になる。


 「売り出しなよ!特待生ってすんごいんでしょ?」


 「凄いけど、人気になるために特待生に選ばれたわけじゃないから、今は俺なりにマイペースで売り出すよ」


 「勿体なぁい。私なら自慢するのに」


 人にはその人だから好かれる要素があるように、小夜は小夜の性格だから、自慢したりしても不快感なく可愛く受け取られてしまうだろう。もし遥が特待生と自慢しても、だから何だと冷えた目で見られることは確実だ。


 「まぁ、それなりに苦労は多いらしいから特待生やっぱ無理ー!賢すぎるし、完璧だから逆に不思議だし、絶対良い印象を持たれるとは限らないからさ、一番はやっぱ私っしょ!」


 「そうですね」


 朱宮も不思議感満載のように、五組の特待生もまた、不思議満載のミステリアスなのだろう。ということは偶然にもミステリアスが3人全員というわけだ。唯一の共通点である。


 「では、時間も限られてますし、明日はもうテストなので早速勉強を始めましょうか」


 「そっか、私たち勉強のためにここ来てるのか!忘れてたぁ!」


 急に立ち上がって頭を抱える。落ち着きがないのは当然でも、ここが防音でなければ隣は迷惑するくらいには声を出すので、弁えることを勉強することも必要だろう。


 「そうですよ。二学期の始まりに評価下がったと泣き出すことになっても、自業自得になりますからね」


 「何から勉強する?」


 「不得意科目にしましょうか」


 「はい!私全部です!」


 ここで最もギャルっぽい学生あるあるを見せつけられる。勉強が全て不得意なんて、一体これまでどうやって生きてきたのか。コミュニケーションの大切さを微かに教えられている気分だった。

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