一方で

 筏を降りると、遥は一色と共に奥へと向かった。何やら桜羽の調子も良くなかったので、軽い船酔いか海が嫌いで気分を悪くしたんだと思っての気遣いだ。


 「桜羽さん、筏乗ってから変になりましたけど、いつもあの調子じゃないですよね?」


 それは一色も気づいていたようで、仲良くなって日が浅い関係ながら、変に思った動向に普通か疑問に思うようだ。


 「いつもは常に喋ってますよ。釣りが苦手とかで、気分が晴れないんじゃないですかね」


 「それならまだいいですけど、考え事しているようにも見えたので」


 「だとしても、一瀬さんが居るので大丈夫ですよ。あの2人、毎日言い合いするくらいの仲ですけど、意外と仲は深いらしいので」


 「そうですか」


 客観的に見ている遥は常々思っていた。何か反対のことがあればすぐに喧嘩して自分が正しいことを証明しようと躍起になる。そして宥めに入って無かったことになる。その流れを経験し過ぎたから、誰よりも2人の関係について熟知しているのだ。


 「では、私たちは気にせず魚を釣ることにしましょう」


 「はい」


 そうして桜羽と一瀬を眺めた後、釣竿を持って準備に入る。


 「俺、釣りの経験がないんですけど、一色さんも同じだったりします?」


 「いえ、私は幼い頃から多くの経験をしているので、その中で釣りもあって経験は何度かあります」


 「へぇ、結構習い事とかしてたの?」


 「はい。好奇心旺盛ということもあり、休みがないくらいにはいつも何かしてました」


 バレーを見ればスポーツ万能ということが分かり、勉強に関しては聡明を自負するくらいに得意。自炊する料理の腕前はあって、釣りなどの経験もある。第一印象と懸隔した器用さと経験は、改めて愕然だ。一瀬と似た完璧タイプということなら、やはり名字の数字は伊達ではないのか。


 「凄いね。それなら、釣りの仕方とか教えられたりする?コツとか」


 「どうでしょう。コツというほど私は釣りに詳しくないので」


 「なら、流石にそれはないだろって思ったら指摘してほしい。折角なら楽しみたいし」


 「分かりました」


 快諾してもらえると、釣りをする意欲が湧く。楽しみとは思わないが、どうやって人は釣りを楽しむのか知れることが成長に繋がる気がした。


 「時間は決められてないですけど、もう釣り糸垂らして先に釣り始めましょうか」


 座って何か重苦しそうな空気感の中で、負の感情が漂うようにも見える桜羽と一瀬を一瞥して一色は釣り糸を垂らした。少し遠くに投げてポチャンと。オレンジのウキが合図するまで待機する。


 見様見真似で遥も座った。すると一色は聞いてくる。


 「六辻さん、突然ですけど好きな食べ物ってありますか?」


 「え?あるけど」


 「ふふっ。教えてもらっても良いですか?」


 「オムライスとスイーツ系かな」


 意図は全く分からないが、何故かありふれた質問の答えに笑う一色が楽しそうなので、特に気にしない。首を傾げる程度はするが。


 「そうなんですね。失礼ですけど、なんとなく可愛い食べ物が好きなのは意外です」


 「そう?」


 可愛いがどの範囲なのかは知らないが、スイーツは可愛いのだろう。オムライスは誰もが好きそうで、年齢性別問わずに好まれるだろうから可愛いとは思えない。


 「質素で栄養のある食事をしているような印象だったので」


 「なるほど」


 魚を見てそう思ったのか。元々聞こうとしていたことではなさそうだ。若しくは料理教室に通っていることを知っているから、その件が気になったか。


 「そんなに気になることだった?」


 「いえ、実はさっき、突然六辻さんの敬語がなくなったので、意図的かと思って他愛もないことを話して確かめようとしたんです。そしたら無意識に外れたようなので、距離が縮まったのかと思って。聞いた理由はそれです」


 「あぁ……確かに。いつからだろう……」


 気づけば消えていた敬語。だから笑っていたのかと、謎の解明にスッキリする。同時に何故食べ物の話をしたのかも分かって。


 「普段敬語使ってない人と会話してると、自然と慣れたんだと思う」


 「良かったです。友達感覚で敬語が消えたのは、無理をしていない証拠なので」


 一色は無理矢理を好まない。だから自然と友人として一歩進めたことに喜びを見せたようだった。


 「これからもその調子でお願いします」


 「うん」


 「あっ、掛かりましたよ」


 「えっ、あぁ」


 改めて今後よろしくと言われると、間が悪く魚が餌に食いついてウキを沈めた。それに反応した一色が素早く手を伸ばし、よそ見をしていた遥の代わりに竿を掴んだ。すぐにそれを代わって、リールのハンドルを握って回す。


 何回回したのか分からないほどに回し続け、次第に姿が大きく見える。マダイやブリなど、聞いたことはあるけど見た目は分からないような魚が多種泳いでいる釣り堀の中、その姿を見て一色は「ブリですかね。大きいですよ」と、博識の一端にある知識で言った。


 そして腕が疲れながらも、諦める心を持たない遥は、ようやくブリを釣り上げた。


 「おぉ、中々大きいですね」


 「魚って、意外と力あるね」


 「まだ一匹目ですよ?ヘトヘトじゃないですか」


 「腕の力は皆無に等しいんだよ」


 走ることしかしてこなかったから、筋トレなんて当然していない。体力に自信あっても、他はヒョロヒョロなのが六辻遥なのだ。

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