違和感

 「この調子で続けると、明日は筋肉痛ですかね」


 「多分そうだと思う」


 今はまだ始まったばかり。午前中だけとはいえ、残り3時間の釣りは体も悲鳴をあげるだろう。鍛えていれば良かったと思うが、それだけの余裕があったのかと問われてないと答えるから、この未来は決められていたとしか言えない。だから後悔はしていない。


 「でもまぁ、初めて魚を釣り上げた感覚はどうですか?」


 「重たいなって感じかな」


 「それもそうですけど、気持ちに変化はなかったですか?楽しいとか嬉しいという感情の変化とか」


 「うん。何も思わなかったよ」


 「そうですか。六辻さんはやっぱり六辻さんですね」


 綻ばせて笑顔を見せるが、当然釣り程度で感情が戻るほど、過去は明るくて輝かしいものではない遥にとっては、その笑顔を見せる理由が分からない。


 釣り上げたことに、一色だって特出した感情はなかったし、共に喜ぶにしても感情表現が乏しいように思えたくらいだ。だから初体験で初めて釣り上げたとて、大仰にも驚くことはない。


 「よし、六辻さんも釣ったし、私も頑張って釣ります」


 「釣り堀だから、簡単に釣れるよ」


 「そうですけど、それを言ったらダメですよ」


 「気分的に?」


 「はい」


 餌を垂らせば100%の確率で釣れるのが釣り堀だ。それを見て見ぬふりするのが楽しみ方の1つなら、遥にとってそれは酷な楽しみ方だ。


 それでも一色は楽しそうに釣り糸を垂らす。釣り堀でも釣り堀だからできる楽しみ方というやつを、それなりに熟知していることもないだろう。だが釣りの経験を活かして、気分的に高揚感に浸ろうとしている様子には感心する。それだけ楽しいと思えることを自らできるのだから。


 それから遥が一匹釣り上げる間に一色は二匹釣り上げ、合計四匹釣ったこととなった。短時間で釣るというコツは、やはり無意識でもあるのか。一色の釣り糸は遥の釣り糸より好まれるらしい。


 「やぁやぁ、2人とも釣れてるかな?」


 そんな時、釣竿に夢中だった遥と一色に一瀬が話しかけてきた。無理矢理手を引かれて来たのか、その後ろには手を繋がれた桜羽が居た。先程より元気そうで、いつも通りに戻ったらしい。


 「今は一色さんと合わせて四匹。そっちは?」


 「私が一匹で優は釣竿垂らしただけで、まだ一匹も釣ってないよ」


 「では、早く戻らないと負けるかもしれませんよ?」


 「そうなんだけど、やっぱり勝負なしにして4人仲良く釣りでもしないかなって思ってさ、提案をしに来たんだよ」


 「それはまた突然ですね」


 今日は突然ばかりだ。筏の上で静かになる桜羽に、敬語をやめる遥、勝負をすると言って何故かやめようという一瀬。それだけ各々突然変化する要因を抱えているのだろうが、これはこれで忙しない幽玄高校らしくて良い。


 「ごめんね、うちの優が六辻くんと離れたくないって泣き出すから」


 「おっ、おい!そんなこと言っていないだろ!」


 「うん。冗談でそんな慌てられると私も困るからやめてよ」


 「……趣味が悪いな」


 これもまた2人のあるあるな光景だ。けれど今回は少し違った。いつもなら堂々と違うと否定しながら、一瀬の後頭部や肩、背中を軽く叩くのだが、そういった行動を桜羽が見せることはなかったのだ。


 「ホントはね、勝負も良いけど、楽しく釣るには話しながらが良いかなって思ったから来たんだ。美月ちゃんとは最近はじめましてしたばかりだし、もうすぐ6月だけど六辻くんと優のことも多くは知らないから、これを機会に仲深めるのも良いかなってね」


 「私は今それを聞いたがな」


 「無理矢理引っ張ったんだから仕方ないよ」


 「そういうことなら、私も皆さんのこと詳しくないので賛成です」


 「俺も良いと思う」


 何が変わろうと、いつでも人は友人のことを知りたいと思うのだから、気が変わってしまっても困り事はない。深く知ろうとしてくれるなら、こちらも深く知ろうとしても咎められない。それは遥にとって僥倖だ。


 「ありがとーう!よし、これで一番釣れなかった人を落とす罰ゲームできる」


 「それをしたかっただけなのか?」


 「経験者と未経験者が混じる中でその考えは卑怯じゃないですか?」


 「いかにも一瀬の好きそうな最低な考えだな」


 桜羽と一色の、それはないだろ、という言葉の意味を汲み取れない一瀬ではない。


 「冗談だよ……」


 「いや、今のは本気だったな」


 「……分かったよ。純粋に楽しむから、人を見る目で見てくれると嬉しいなぁ」


 特に桜羽は未経験者だからか、その提案に絶対に賛成しない意思を感じる瞳を向けていた。蔑むことはなくとも、それが心に響くことは間違いない。クールで雅やか、そんな桜羽の雰囲気も相まって。


 「まぁ、最終的に一瀬が最下位なら賛成する」


 「それは私にデメリットしかないからダメでーす」


 「ふふっ。楽しそうで何よりです。でも立って喋るより、座って釣竿持ちながら喋る方がもっと楽しいと思いますよ」


 ニコッと微笑んで、桜羽と一瀬に空いてるから座れとトントン椅子を叩いて合図しながら言った。


 「そうだね。それじゃ、私は六辻くんと美月ちゃんの間に入りまーす」


 「私はここで良い」


 桜羽はすっかり元通りのようで、精彩さも含んでそっと一瀬と逆の、遥の隣に腰を下ろした。


 「経験者間に挟んだ方がいいんじゃなーい?」


 「ある程度教わってるから、楽しむことに重きを置くなら大丈夫。ありがとう」


 「未経験だとしても私なら心配ない。才能があるからな」


 一瀬の煽りに対して、遥は純粋に返して桜羽は冗談で自信過剰に返した。

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