好きなの?
「私は優しいから深く聞かないって言ったけど、普段と違う優で居られるのも色々と面倒だから、早く戻ってね」
「優しいことには納得しないが、それ以外は助かる」
幽玄高校には幾人の生徒が過去に何かしらの闇を抱えて入学をしている。それは普通の公立私立の高校とは比べ物にならないほど多く、更には複雑に絡み合ってもいる。
一瀬もまたその当人であり、だからこそ詮索はしないと断言したのだろう。自分がされて嫌だと思うことを他人にしない。人として当然の道理を持った善人。流石だ。
「そんなこと言ってると、執拗に聞くよ?」
「別に言っても何も変わらない。一瀬ならな」
過去を振り返れば、恋愛感情を寄せていない相手にただスキンシップを激しく取っていただけの存在を、嫌いになる理由はない。それに一瀬は、六辻から聞いたように他人を無知のまま嫌悪することはない。だから、言ったとこで性格悪いと思ってくれるだけで、関係を砕こうとはしないだろう。
それを桜羽は最も理解している。
「私なら?私が優に特別に思われるようなことした覚えはないんだけど?」
「一瀬がどう思ってるかなんて関係ない。覚えがなくても、それを受けた私が特別に思ってるならそれでいい」
「……ホントに桜羽優さんですか?人違いみたいに気持ち悪いんだけど」
一歩引いて訝しげにも変質者を見る鋭い目で桜羽を睨む。
「いつもの、クラスで一番容姿が良く、聡明で博識で誰からも好かれてしまう桜羽優だ」
「あぁ、桜羽優だ」
今度は呆れて、退屈そうに脱力して認めた。しかしそれこそが普段の一瀬でもあるから、そこに違和感だったり不満を募らせることはなかった。
「元に戻ったなら、早く釣竿取って2人に負けないように釣るよ」
「私は未経験なんだが?」
「釣り堀なら未経験なんて関係ないよ。気合いあれば釣れる」
「そうか」
言いつつも、六辻がちょうど魚を釣り上げたとこが目に入る。六辻も釣りは今日が初めてと聞いているので、一瀬の言う気合いがあれば釣れるという教えは正しいのかもしれない。
もしかしたら、隣に居るドSな少女に釣りの才能があり、教える才能も長けているが故の一匹目なのかもしれないが。
「早速釣れてるし、私たちも負けてられないよ。ほら、釣り糸垂らして」
「分かってる」
一通りの釣りの仕方は事前に習っているので分かる。けれど技量は人それぞれだから、秀才を自負する桜羽も泳ぎ方といい釣りといい、今日は不得手なことばかりだ。
しかし楽しめないことはない。未経験だからより釣りの楽しさを新鮮味と共に感じれるし、経験の1つとして、そして一瀬たちと仲を深めることもできて一石二鳥だ。
それから、一瀬に言われたように釣り糸を垂らすと、ウキが沈む瞬間を見るために凝視する。
その時に若干映る反対側に居る2人。六辻と一色は入学式からの仲らしく、故に距離感も近くて楽しそう。六辻にそんな様子も雰囲気も見られないが、一色はやはり経験豊富なようで、六辻に教えるように釣竿を操作したり、色々教えて笑顔も見られて楽しいということがとても伝わった。
「やっぱり、六辻くん関係でお悩みですか?お嬢さん」
「……いや、違う」
それを見ていた一瀬がニヤニヤして聞いてくる。スイッチが切り替わったようだ。桜羽は対応こそぎこちないが、探られたくないと一瞬で思ってしまうと、否定した。
「それにしては最近六辻くんに対して積極的じゃないですかぁー?」
「それは私にも事情があったからだ。……一瀬が六辻を好きだと思っていたから、一瀬を嫉妬させようと何度もスキンシップを取っていた」
もういいだろ、と、吹っ切れた桜羽は、隠すことをやめることにした。一瀬に言ったら、自分の曇天の心も快晴へと変化してくれそうな気がしたから。
「私を嫉妬させる?」
「うん。私は――――」
続けるように過去の自分がどうして、どんな道を歩んで今に至ったのか経緯を話した。それをただ釣り糸垂らして、耳だけは傾けてくれた一瀬は全てを聞き終えて、タイミング良く魚を釣り上げると言う。
「なるほど。勘違いして私をボコボコにしたかったってことね?」
「そういうことだ」
「まっ、欲求には抗えないよね。私だって優と同じことをしてたかもしれないし」
「幻滅しないのか?」
「全然。実際何もされてないし、過去の辛い体験を聞いただけだからね」
魚を逃がしながら、清濁併せ呑む善人は不快感すら顔に出さなかった。確かに実際被害は与えていないが、それでも企てていたのなら人としてマイナスなイメージを持たれることは覚悟していた。しかしそれすら抱かないとは。
「それに、何故桜羽優の欲求が消えたのか、その疑問も興味がある。人は誰だって闇抱えてるし、絶対良い人ってことはないんだから。顔と頭脳と身体能力の上級を得たなら、性格の下級を得ることにも納得だよ」
「そうか。一瀬は怖いくらいに善人だな」
「そうじゃないと、釣り合いが取れないからね」
顔も良くて性格も良い。運動能力も高くて料理もできる。そんな存在の欠点とはなんだろうか。体質か悲惨な過去か未来か。何にせよ、今の桜羽に不幸を願う悪辣さはなかった。
「ということで、勝負はやっぱり中止して、2人に混ざりに行こう!」
「は?何故?」
「さぁ、何故なのかは、いつか分かった時にそういうことかって思い出して答え合わせしてください」
どういうことか分からないが、一瀬は幸せそうだった。だったら今知らなくても良いかな。そう思って、手を引かれるまま六辻たちの居る場所へ向かった。
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