どうしたの?
本当はあの曇天から雷雨へと変化した気候の日、胸の鼓動が高鳴ったから六辻の手を体を接触を避けた。初めて感じてしまったから、未経験故に恐れたのだ。けれど不整脈や害のある疾患ではないことは確かなこと。ならば何かと懊悩したが答えはない。
その日からだ。本格的にこの日にスケジュールを合わせ、欲を満たそうと性格が動き始め、同時に六辻に対して接触するということに抵抗が生まれたのは。
4月のイベントから全てを計画して行って来たのに、今更その気持ちと向き合って調べる暇はない。だから放置して筏の上に座るが、改めて六辻に触れると思い出される。その日の鼓動が。
しかもそれが欲求を緩和しているのだ。当初やる気に満ちて、一瀬逢という少女をどん底に落とす気で狡猾にも謀を企てていたが、それすらも消え去る勢いに桜羽の心に影響を与える。
少し、接触し過ぎたかもしれないと、答えは出ずに。
「到着したよ」
ハッとしたのはその時だ。六辻の聞き慣れた優しい声色がそう言った。
「あっ……いつの間に」
「突然桜羽さんが話さなくなるので、放置してたんです。何かありました?」
「あぁ……いや、六辻の背中が心地良かったから眠くてボーッとしてたんだ」
「リラクゼーションの効果ありそうだもんね、六辻くんの背中って」
「ただの背中だけど?」
「だからなんとなくだよ」
やはり一瀬に嫉妬の相好は見られない。強がっているようにも見えない。しかし、桜羽が接触した際に明らかに不機嫌そうに柳眉を寄せることは、何故なのか判然としない。
「よっしゃー、降りて釣りだ釣りぃ!」
「元気ですね」
「釣りなんて小学生以来だし、その時めっちゃ楽しかったから楽しみなんだよね」
「はしゃいで落ちないようにね」
「分かってるよ」
六辻が保護者になりながら、一色、一瀬、六辻、桜羽の順に降りる。円形の釣り堀で、半径6mと中々に大きく、活きのいい魚が何匹も泳いでいる。これで1つのグループなのだから、残る9つ分以上あるとして見ると、それだけ規格外の大きさなのは一目瞭然だ。
「それじゃ、折角だし競おうよ。二人一組に分かれてどっちが多く釣れるか。その都度ペアは変えるとして、3回も勝負できるし」
「良いですね。時間もありますし」
「経験者と未経験者だと差が生まれない?」
「まぁまぁ、ボコボコにされるのも経験だよ」
「それは……まぁ、そうかもね」
なんでも経験と言えば六辻は納得することを、既に一瀬は知っていた。もちろん桜羽も知っているが、今はそんなこと考える余裕はない。
「グーとパーだけでいくよ。準備万端?」
全員頷くと、「分かれましょ!」と大声で気合い入れた掛け声によって一発で組み分けが決まる。一瀬と桜羽がグー、六辻と一色がパーだ。
「幸先いいスタート。嫌いな人から消費するのはラッキー」
「一瀬さんってすぐ桜羽さんを殴りますよね」
「それが一瀬さんですから」
「ちょっと、言いたいことあるなら直接言ってよ」
「一瀬さんは元気あって良いな、と」
「いや、全然聞こえてたからそれが嘘って分かってるからね?」
六辻は知っているだろうが、一瀬と桜羽は一色のドSが初見なので、イメージと懸隔しすぎて混乱する。現に一瀬は辛辣なこと言いそうな一色に、「絶対落とさないでね」と何度も忠告しているくらいだ。
「まっ、今だけだよ、そんな笑顔で居られるの。次会う時は泣き顔だ!」
「それは一瀬さんがってこと?」
「よし、六辻くん後で落とす」
「道連れ」
「それは回避するように何とかするよ。んじゃ、キャッチアンドリリースだからって不正したらダメだよ?」
「うん」
ということで、釣竿を持って六辻と一色は、こちら側と真逆に向かって歩き出してくれた。だから動く必要もないので、座って釣り始めることに。
「それで、どうしたの?さっきから考え事してるように黙り込んでるけど」
すると最も桜羽と関わりの深い一瀬は、桜羽の不審点を簡単にも指摘してみせた。深くは聞かないが、いつもと違って覇気も元気も英気もないような桜羽に、無言の理由は知りたいようだ。
「いや、何もないが?」
「嘘だぁ。私には分かるよ?気持ち悪いくらい別人だもん」
「そうか?」
「うん」
気取られることは分かっていたが、いざそれを何故かと聞かれれば逃げ道は無くされたように言葉が出ない。だから、今の謎を解くためにも、最初から攻めることしか答えはなかった。
「仕方ない。正直に答えてくれ。――一瀬は六辻に恋愛感情を持っているのか?」
「いいや?全く」
悩む時間もなかった。所謂即答というやつだ。何故それを聞くのか、何故そこが気になるのか聞かれることはなく、純粋無垢に答えだけを返された。
(やっぱりか)
「えっ、何?もしかして優、六辻くんのこと……」
「いいや、それはない」
しかし桜羽も即答だった。その気持ちは自分の中に感じ取れなかったから。
「なーんだ」
だとしたら、桜羽の謀は全て白紙となる。計画では久しぶりに湧き出た欲求を満たすために、一瀬を傷つける予定だった。しかし気づけばその欲求は今は彼方へ消え去っていて、いや、雷鳴を聞いた購買に行った日にもう消え去ってしまっていて、この気持ちと向き合わなければならないこととなったわけだ。
「深くは聞かないけど、優が落ち込むくらいなら手助けはするけど?」
「……いや、大丈夫だ」
溢れる謎は自力で解明してこそ、幽玄高校に相応しい。
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