どうした?
「思ってたより揺れますね。波はないですけど、漕ぐとどうしても」
オールをそれぞれ持って漕ぎ始めると、流石にタイミングを完全に一致させることは難しくて揺れる。「せーの」と声をかけても力の入れ方に差はあるし、バランスの悪い筏の上で4人が軸をずらさないで漕ぐなんて至難の業だ。
「分かる。だから非力な私は六辻にこちら側を任せるとして、落ちないようバランスを整えることに注力する」
「それなら私も美月ちゃんに任せて、今海の上ってことを忘れるために目を閉じようかな」
そう言って目を閉じると、おまけに一色の腰に抱きついて落ちないように工夫する。
「私は力あっても体幹には自信がないので、落ちる時は道連れですよ?」
「その時はみんな落ちるから、綺麗な海水に全身浸らせるとしようよ」
「まだ海開きには早い。落ちるなら2人にしてくれ。私は嫌だ」
寒いことは嫌いだ。海水浴は好きだが、冷たい海水に全身を覆われて風邪を引いたり面倒が増えるのは桜羽も了承したくない。
「なら、早く到着することを願うしかないね。六辻くん美月ちゃんファイトー」
「他力本願だな。だが分かる。2人とも、なるべく早く到着するよう頑張れ」
どれだけ綺麗で海底が見えたとしても、濡れることは避けたい。だから懇願した。運動能力の高さには自信がある桜羽だが、それでも今は初体験のことに怯える。泳ぐといってもプールにしか行ったことないので、海での泳ぎ方は波の関係もあって未知の領域だ。
「善処するよ」
六辻に承諾してもらうと、2人に身を任せることに。その間何をするか考える。一瀬のように六辻にしがみつくか、それともオールでいじわるをするか。一瀬に見てもらうことが大前提だが、今はまだ見られなくてもいい。六辻と楽しくしていたら、きっといつか目を開けて気にしてくるだろうから。
「残りどれくらい?」
「40mくらいです」
「まだそんなにあるの?」
「贅沢言うな。私たちは乗せてもらってる立場なんだから」
「それはそう。贅沢言ってすみませんでした」
ペコッと頭を下げて謝罪すると、再び一色に抱きつく。
一色は抱きつかれていることに特に何も思っていない様子。見ていて可愛げがあって癒し効果も感じる。それに、思っているより運動できるタイプらしく、華奢にもオールを使う姿は一切見られない。
力強く漕いで前へ進める。それでも疲れてないのだから、人は見かけによらないものだと改めて思わされる。六辻は見かけ通りだが。
「それにしても、誰も落ちませんね。もう全グループ出てますけど、1つとして落ちる気配もないですし」
そんな一色が周りを見渡しながら言った。それだけ余裕があるということだろう。
「それだけ安定感がある筏ってことなんだろうね。1人くらい落ちても面白そうだけど」
「ん?六辻はそういうことを言う人だったか?」
面白そうだなんて、感じることもできない無感情なのに、それを求めるかのような発言は違和感だ。
「うん。今も、揺らしたら一瀬さんと桜羽さんはどんな反応をするのか気にはなってる」
お茶目なとこは、感情はこもってなくとも興味はあるらしい。反応を見て面白いと思えるのか、自分の気持ちを探しているような気もするが、何にせよ揺らされるのは勘弁願いたい。
「それ良いですね。そっちの方が面白そうです」
「一色は意外とドSなのか」
次第に一色の性格も掴めてくる。
「まぁ、やれるもんならやってみなってやつよ。私は美月ちゃん道連れにするから怖くないね」
「揺らした瞬間、私も六辻を道連れにする。全員で転覆したら冷たい海水の中泳いで行くことになるから、私は良くないと思う」
言ってすぐ、六辻の腰に手を回してしがみつく。六辻の許可はなく勝手に。
「俺は泳ぐの得意だし、寒いのも耐えられるから、道連れでも良いよ」
それでも六辻は文句の1つもなかった。恥じらいや男子の思春期としてあるべき性欲も欠如していて、それは出会った時に感じた先輩と似たシンパシーからずっと変わらない。
やはり六辻遥は、桜羽優にとって唯一の存在だ。
「なんだ、面白くない」
だが、唯一の存在だからこそ感化されてしまう。今日は一瀬を、欲を満たすための材料にしようとしていたのに、何故かその決然が崩れそうになっているのだ。それを止めようと必死に思い直すが、それでも何かが引っかかって止められない。
いつしか、六辻に触れると何故か心が温かくなった気がして、一瀬を見ているともしかしたら六辻をただの友人として接しているようにも思えてくる。多分それらが今後桜羽がすることを否定しているのだろうが、一体自分に何が起こっているのか、考えれば考えるほどに分からなくなっていく。
(無駄なことか)
ならば考えてはいけない。確かに桜羽の心の中には、六辻に好意を寄せた一瀬を傷つけたいという欲がある。ただそれだけは絶対だから、不明瞭な何かに怯えるより、確実の思いに従って動く。
六辻に抱きつきながら、桜羽は自分の思いを確かめていた。
後ろから見える、周りを見渡した時の横顔は鮮烈に記憶に残る。それを見てしまえば、諦めた自分の何かが鼓動を始めて復活した気持ちになる。自分に似合わないと決めつけ、とうの昔に諦めたそれが――。
「どうした、私……」
誰にも聞こえないよう、そう呟いた。
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