釣り堀へ

 釣り堀は海水浴場横の防波堤付近にあるらしい。だから平日の朝から歩いて直接向かい、到着した時には既に大半の一年一組の生徒が集まっていた。


 その中で桜羽が時間を共に過ごすのは3人。六辻遥、一瀬逢、そして一色美月だ。一色に関しては六辻の隣の部屋に住む生徒らしく、看病をした相手ということにもなる。どういう人なのか気になっていたが、真面目で落ち着きのある大人な雰囲気から包容力を感じるくらいの善人なんだと、少し会話して分かった。


 「もう集まってたのか。いつもは六辻が最後なのに、今日は楽しみで寝られなかったのか?」


 いつも通り桜羽は、印象を崩さないよう六辻に話しかけた。


 「どれくらい時間を費やすか分からないから早めに出ただけだよ。昨晩は快眠だったしね」


 「それは何よりだな」


 六辻が精彩を欠くのは見慣れている。それと見た目が変化ないのだから、当然息災なことに変わりはない。


 「おはようございます、桜羽さん」


 「おはよう。一色は相変わらず顔色が良いな」


 「健康優良児なので」


 「私だって規則正しい生活してるけど、美月ちゃんみたいな綺麗な肌にならないんだよね。何かしてないの?美容効果ある何かさ」


 「特にはしてませんよ。水ばかり飲んでることが関係しているなら、可能性はあると思いますけど」


 「諦めろ、一瀬。君にはそれ以上可愛くなる必要はないだろ?」


 「それを優に言われるとムカつくね」


 誰もが皆、桜羽をクラスで最も可愛いと言う。個人の差があっても、万人受けする容姿である桜羽は美しく映るのだろう。だがそんなこと、やはり微塵の興味もないから何も思わない。


 可愛くても、綺麗でも、当時の先輩の心に触れることすらなかった桜羽にとって、容姿なんて心底どうでもいいのだ。


 「早速仲良く喧嘩してるけど、今日は暴れると危険だから気をつけてね」


 今日は釣り堀。屋内だろうと屋外だろうと、落ちる危険はある。風早の説明を聞いていれば分かるが、毎年2人は落ちるらしいので、六辻の注意は聞くべき注意だ。


 「一瀬が暴れなければ、このグループは誰も落ちないな」


 「それを口にするから誰かが落ちるんだよ」


 「短気だな」


 「ガキ」


 「いつもこの調子なんですか?」


 「そうですよ」


 「へぇ……面白いです」


 反目してお互いに引かない。一瀬が桜羽をガキと言うように、桜羽も自分の精神がまだ幼いことを知っている。だから今日、欲に抗えないことを確信してここに来ているのだ。


 「はい、次はCグループ。この筏に乗って最奥の釣り堀に向かってください。くれぐれも、筏から落ちないでくださいね?万が一落ちたとしてもライフガードがありますが、戻るのは体力消耗してきついですから」


 桜羽たちがお遊びに耽っていると、進行していた風早が桜羽たちCグループに来て説明した。筏を使って行き来する釣り堀ということで、約70mをメンバー全員で漕いで行かなければならない。水深約10mらしいので、ライフガードもあって下が綺麗な海水によって透けてることもあり、恐怖心はそこまで煽られない。


 「では、指定の時間まで楽しんでください。釣り堀に落ちても大丈夫ですが、落ちるなら釣り堀の外の方が魚に当たる心配もないので、可能ならそうしてください」


 「分かりました」


 一色の返事で全員の理解を伝えると、風早はDグループへと向かった。


 「これに乗るって本当なんですね」


 「マジの筏じゃん。絶対に壊れないとかじゃなくて、暴れたら壊れますよって言わんばかりの造りに見えるのは私だけ?」


 一色、一瀬と同じ数字を名字に持つ者同士通じる何かがあるのか、不安は2人揃って顔に出していた。


 しかし分からないこともない。主に竹の浮力を利用して造られたのだろうが、繋ぎ目が悲鳴をあげる寸前のようにボロい。それに桜羽の知る竹は緑色なのに、筏の竹は茶色く変色を始めていて、どうも安心するにしては不足が多かった。


 「落ちること想定なんじゃないかな?それかボロボロに見えるだけか。泳げるなら大丈夫だと思うよ」


 「私は落ちたくない。ライフガードがあるが、私は泳ぐことは得意ではないんだ」


 「あっ、ホント?私も実は苦手でさ、言ったら落とされそうだったから言わなかったけど、優、ここは一旦休戦しよう」


 「元々争ってないがな」


 運動能力の高さに自信のある桜羽でも、泳ぐことは経験が乏しいから得意ではない。泳げるが、浮くことが限界で前に進むとなると四肢の動かし方が分からなくて沈むので、一瀬の提案は受ける一択だった。


 「そうと決まれば、もう進んでるグループもありますし、私たちも乗って行きましょう」


 「だな」


 一色に言われ、一色、六辻、一瀬、桜羽の順に筏に乗る。一色の後ろに一瀬、六辻の後ろに桜羽だ。そして座ったり動いたり、その度にグラグラと揺れて「ヤバイヤバイ」と連呼する一瀬を見ながら、(ヤバイヤバイ)と心の中で呟く桜羽は落ち着こうと胸を撫で下ろした。


 「乗れたけど、これであそこまで進むっておかしくない?」


 「考えた人は一瀬のようにいじわるが好きなんだろうな」


 「他人の不幸を願う性格じゃないから、私の方がまだマシだよ」


 (そして私よりもな)


 きっとそれは違いない。本当ならあの時、先輩に抱く憧れを消すだけでよかったのに、持ち続けていつの間にか性格変化によって、他人の想い人と仲を深めて傷つけたいと思うようになった桜羽より性格の悪い人は、今まで桜羽だって会ったことがないのだから。

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