良くない気が……
「……まぁ、触れるのは触れるが、私なりのペースがあるからそれに合わせる。六辻は私に従って触れさせてくれるだけでいい」
「絶対王政?」
「似ているかもしれないな」
遥を下に見ているから、ということではない。桜羽らしく今の展開を笑いに変えようとしてくれたのだ。だから私に従えと、桜羽は傲慢にも冗談を言った。
そう言われては、無理に触れさせることもないので手を下ろす。購買への道は長く、タイミング良くやっと一階へ到着した。
すると同時に、着いた瞬間購買への道に行こうと角を曲がると、その先にこちらへ向かって歩く生徒と桜羽がぶつかりそうになるのを瞬時に目で見て理解した。だから当たらない方に居た遥は、咄嗟に桜羽の右腕を掴んで勢いよく怪我に配慮して引き寄せた。
「――わっ!!」
曲がり方的にも遥が見えていて桜羽は見えていなかったから、謎に引かれたと思って驚きの声を出すが、引かれた理由を通り過ぎる2人の男子生徒によって理解させられる。
その男子生徒は、回避されたことに目を向けながらも、当たらなかったのだからと特に何かを伝えることはなく、話しながら去って行った。
「大丈夫?」
「えっ……あっ、あぁ。大丈夫だ」
「なら良かった。曲がり角は気をつけないとね」
「そ、そうだな。助かった。ありがとう」
遥の記憶上では、こうして触れ合うことで桜羽が狼狽する姿を見せたのは初めてだ。普段からスキンシップを多く取る桜羽が、ただ体が密着しただけであたふたする。滅多に見られないだろう。
「む、六辻、感謝はしたから……その……は、離してくれないか?」
「あっ、そうだね」
考え事に夢中になっていると、桜羽は上手く言葉を出せず口ごもりながらも伝えてきた。従ってそうだとすぐに離した。新鮮な桜羽の姿であり、若干頬の紅潮した相好も普段のクールさからは見られないものだ。
「ホントに大丈夫?」
「うん。いつも通りの私だ」
様子は違和感を覚えるが、本人がそう言うなら詮索はしない。
「あっ、雷」
曇天から雷雨へと変化した天候に目を向けて呟いた。それに合わせるかのよう、小声でもなく通常通りの声量で桜羽は言う。
「あぁ……嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
「うん。この先、私の思い通りに事が進まない気がするんだ」
「気分的なこと?」
「そうだ。不幸の兆しとでも言うべきか。今の私に、この雷雨はとても良くない」
朝の星座占いを信じる性格でもないだろうに、気候で今後の重要な何かが変化してしまうことに残念と思うのは、先程から桜羽と思えない行動に重なって違和感だ。
「それでも進めるが……」
「相性指令とか出されてる雰囲気だね」
「そうか?だが相性指令は出されてない。これは私個人の話だ。だから六辻は気にしないでくれ」
「そう言うならそうするけど。何かあったら言ってね」
「もちろん」
困り事なら手を差し伸べる。静観を望まれるなら静観をする。常に相手に合わせた行動をする遥。今回もその考えは変わらない。時々、それに反してでも自分の考えを言いたいと思うことはあるが、今はその時ではなかった。だからいつも通り。
しかしまぁ、桜羽が何かに困っていることは判然とした。
「もしかして、雷苦手とか?」
「バカにしているのか?私が雷苦手なか弱い女だと見られていたなら心外だ」
「違うのか」
咄嗟にそうなのかと天啓が下ったように確信したが、素晴らしいくらい豪快に不正解。残念そうに不服そうにただ遥を見るから、そんなに嫌だったのかと申し訳なく思う。
「そんな私のことが心配なら、私を元気づけることだけ考えてくれ。ほら、行くぞ」
今度は背中を両手で押されて前へ進まされる。購買はすぐそこで、これまた珍しく1人も人が居ない。閉まってもいないのに。
「元気づけ方分からないよ?」
「今から私たちはどこに行く?」
「購買だけど」
「購買には何がある?」
「パンとか弁当、飲み物とか文房具、その他学校で使える物」
「なら答えは1つだ。六辻、私は食べ物を欲しているのだが?」
背中を押され続けて購買の前に到着して、ようやく何を言いたいのか理解をした。流石は運動能力が平均を遥かに超える桜羽。自分より重い遥を押し続けても息切れもない。
「分かった、つまり奢れってこと?」
「大正解。鈍感な六辻にしては、中々早い帰結だったな」
約1ヶ月。共に友人として過ごしてきた仲なのだから、桜羽も遥の鈍感に呆れることはなく、既に受け入れている。楽しげにも普段見られない桜羽の陽気さを見つつ、それに応える。
「良いよ。何食べるの?」
生徒手帳だけでなく、財布も一応持ち歩くから、無理だと断ることはなかった。それに、困り事を持つ桜羽を元気づけること、それは遥にとって今、最優先のやるべきことでもあった。
「ふふっ。相変わらず優しいな。では、私はクロワッサンとメロンパンを食べたい」
「了解です」
言われた2つを手に、遥は自分にカツサンドとカフェオレを選んで支払いを済ませる。久しぶりに財布から小銭を出したことに懐かしさを感じたのは、謎に罪悪感を感じてしまう要因の1つだ。日頃から無断飲食をしているような。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。いつかこのお礼は返さないとな」
「必要ないよ。桜羽さんがその困り事を解消してくれたら、それで十分だから」
「……君って、いや、なんでもない」
言いかけた言葉にはとても興味を抱いてしまう。けれど追求したらまた困りそうだったので、何度も微笑む桜羽優の顔を拝むことで忘れることにした。
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