六辻だから

 5月も中旬に入り、それなりに喧騒も慣れ始めた引きこもりの遥。最近料理教室の成果で弁当でも作ろうかと思うが、やはりそのやる気は朝起きると消えている。だから仕方なく購買だ。


 3年間無料という言葉に嘘はなく、成績が下がったとこで唯一無関係な特待生の特権を、乱用はしないが利用は頻繁にする。今日もそれを使おうと、料理得意な一瀬が弁当を出す横で席を立つ。


 「お兄さん、実は料理教室通ってないのでは?」


 購買に行こうとすると、それを察知した一瀬は最近料理教室という単語を出して遥をいじるようになったこともあり、今日も存分にいじってくる。ニヤッとした顔は桜羽を彷彿とさせるが、同じく憤りを覚えはしない。


 「寝起きの思考力に勝てないんだよ」


 「またその言い訳ですか……しっかりしましょうよ」


 「すみません」


 頭をペコッと下げて何故か一瀬に謝罪する。悪いことではないのに。


 「六辻も購買に行くのか?」


 「ん?うん」


 後ろから桜羽の登場だ。


 「あれ、今日はご飯食べた後じゃなくて前に来るの?いつも哀愁漂わせて来るのに」


 相変わらずショートヘアとロングヘアの真逆存在は反目することが大好きだ。今日も今日とて槍を投擲してそれを盾で守ってを繰り返す。


 「今日は忘れたんだ。だから料理教室に通っているという嘘をついて、実は未だに料理の1つも覚えられない六辻と購買に行こうと思って来たんだ」


 今回は珍しく敵を遥にした。


 「普通に通ってるから。それにまだ八雲さんと料理してるよ」


 最近教室で昼食を食べることがなくなった八雲と九重。今も既にどこかへ消えていて、屋上だったり人気のないとこでイチャイチャと料理の成果を食べさせているのだとか。


 「なら、たまには自炊しないのか?」


 「朝に弱いから、朝も昼も作れないし、夜は料理教室で忙しくて帰宅しても作った料理食べた後に作ろうとは思えなくて。だからしてないよ」


 朝強ければ何も問題はなかった。でもそれは夢の話。朝に弱いことが影響して、毎朝バタバタしながら学校へ通うことが日常化してしまったのだ。


 「怠け者だな」


 「うん」


 「素直にイジメられてるみたいで面白いね。六辻くんが可哀想に見える」


 「これが六辻の技だな。他人に私を悪く見せるという悪辣だ」


 「俺は全く意図してないけどね」


 受け取り方に問題があるだけ。桜羽には不憫の神様が見守っているようで、どうしても味方は作られない。だから少しくらい、いじわるを言われても気にしない。


 「まぁいい。一瀬、六辻を借りるぞ」


 「私のじゃないからどうぞ」


 「1人で食べる昼食の感想、後で存分に聞かせてくれ」


 上から見下すように、座る一瀬を見る。身長差は大きくないので、立って睨めないから今睨む。桜羽の狡猾さと根に持つ復讐の想いは莫大だ。


 「はいはい」


 それでも意に介さない一瀬。どっか行けと手で追い払われる。そこに遥も混ざっているから、複雑な気持ちにもなっていた。


 「全く、気性が荒々しいな」


 教室を出ると、一瀬への不満のようなそれを吐き出した。


 「そう?コミュニケーションの1つだと思うけど」


 「だとしても、私への辛辣は本気に思えるが?」


 「それは桜羽さんだから仕方ない」


 「不憫だから、か……」


 言わなくても分かる。遥はそれに頷くことで肯定を伝えた。すると桜羽は不思議と、遥の左手を掴んだ。何故だろうという疑問と共に、過去を振り返ると最近桜羽から触れられることが増えた気がしたから、気になってしまった。


 「桜羽さんって、普段から人にこうして触れるの?」


 左手は拘束されたまま、揉まれたり絡められたり、指先を摘まれたりと遊ばれているのは一目瞭然。そうしながらも答えは返ってくる。


 「いいや、六辻だからだ」


 「何か関係ある?俺に特別な何かがあるようには思えないけど」


 「そんなことは決してない。六辻は自分で思っているより意外と罪深くて才能に溢れた人だから、その分私と相性が良い」


 「ふーん」


 それはきっと桜羽にしか分からないこと。桜羽の何かを埋められる才能を遥は、持っているんだろうな、程度の感覚で思っていただけ。罪深いとも思ったことはない。いや、本当は忘れているだけで、罪深いと思ったことなら何度もある。


 「最近触れる回数が増えたのは何故?」


 「私は寂しがり屋だからな。人肌が恋しくなったんだ。それを穴埋めしてくれるのは六辻だけだから回数が増えただけだな」


 「寂しがり屋には見えないけど?」


 「そう見られるよう、人前では隠しているからな。そうでないと、また一瀬に色々言われる」


 「苦労するね」


 闇は抱えていない様子。判然としないこともあるが、嫌だから隠しているのではないことは確かだ。嘘の可能性もあるが。


 そんなこんなで、桜羽はまだ遥の手に触れて遊んでいる。だからそんなに面白くて楽しいのかと疑問に思った遥は、不意に桜羽の触れる手をギュッと握り返した。


 「――なっ!」


 すると、想像以上の速さで手が引かれた。嫌いな虫が手に乗った時のように、目にも止まらぬ速さで。


 「あっ、ごめん。俺も遊ぼうかと思っただけで、悪気はなかったんだ」


 「いや、まさか握り返すとは思わなくて驚いただけだ。私こそ申し訳ないな、嫌がるような反応してしまって」


 冷静にもそう言うと、再び遥の左手に、体のどこかに触れることはなくなった。


 「遊びたいなら良いよ?別に気にしてないから」


 けれどそれを遠慮と受け取った遥は、桜羽の考えなんて知らずに優しさだけを乗せて左手を伸ばしていた。

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