相手は誰?

 「それに、私に然程興味がない理由はもう1つある」


 「何?」


 「君たち以上を必要としていないからだ。私は幽玄高校だからといって特にしたいことはない。恋愛専門学校と巷で言われているから興味が湧いて入学しようと考えたこともない。だから人間関係に貪欲じゃないし、ただ笑えるだけの相手を求める。それに君たちが合った。それだけだけが、私にとっては十分な関係なんだ」


 微笑みと共に語られる素直で嘘のない桜羽の本心。遥は心底共感し納得していた。


 「優からそんな言葉が聞かされると違和感凄い。全然似合ってないよ」


 「だとしても、私が他人に興味がない理由は理解してくれただろ?」


 「なんとなくね」


 一瀬と八雲は見ていて相性が良かったと思える。けれど今は八雲と関わるとこより桜羽と関わるとこを目にするので、見慣れてこちらも良いと思える。一瀬には同性と関わる才能が長けているのかもしれない。


 「まぁ、そんなことより早くプリンを持ってきて」


 「分かってる。だから今席を立とうと重たい腰を動かしてるんだ」


 そう言って座っていた床から立ち上がると冷蔵庫に移動する。開けてそこから2つのプリンを取り出すと、懐かしくも1ヶ月前手に入れた激レアプリンと全く同じ容器のプリンが現れる。


 「そういえば、私に興味云々の話しをしている時、聞こうと思っていたんだ。六辻に相性の良い相手は誰だろう、と」


 「……俺の?」


 プリンを持ってくると、置いた瞬間に遥の目を見て問われた。しかも解釈では、桜羽は遥に相性の良い相手が居ないと思っている、とも受け取れる内容故に、少し固まってしまった。


 「あぁ、確かにね。感情の起伏が無に近いもんね。笑ったとこも見たことないし、どう人と合うのかって想像もつかないよ」


 言い終えて「いただきます」と合掌すると一口食べる。感想は口にすることなく、幸せそうに無言で頬に触れて「んーー!」と唸るだけ。けどどれだけ美味しくて満足しているのかは分かる。


 それにしても、遥の印象的なのは笑顔がないことらしい。楽しいと思えたことはないから当然だが、そこを訝しげに注視されると反応に困ってしまうのも当然だ。


 「そうなんだ。だが、何故かこうして付き合うことにマイナスなイメージを持たないし、関わりを絶ちたいとも思わない。そんな人と合う相手は誰だろうか気になる」


 「普通一緒に居て笑わなかったり無愛想な人って私も嫌うけど、六辻くんはなんかね、うん、説明は無理だけど一緒でも苦痛じゃない。優しいから、かな?分かんないや」


 多分適当。プリンで脳のリソースが割かれに割かれてそれどころではないのだろう。


 「それこそ、興味を持たない私なのかもしれないな」


 「それはない」


 だが桜羽の対応は別。一瀬の真顔の否定だ。右手も添えてぶんぶん振って更に否定する。この中で遥と桜羽の関係を唯一客観的に見ている一瀬の否定なので、きっと間違いないのだろう。


 「いいや、可能性はある」


 「だとしたら、今頃六辻くん笑ってるよ」


 「まだその段階ではないということだ」


 「ポジティブだね、相変わらず」


 勝手に進むが、結局無感情を知られても、相性の良い相手が用意されていないという答えに辿り着くことはない。入学する際、規則として伝えたのだから、それに反する生徒が許可されるはずもないという考えがそれを確実にする。


 「冗談は無限にポジティブになれるからな。そもそも六辻に相性の良い相手なんて用意されていないのかもしれない、ということも有り得るかもしれないし。難しいシステムに抗えはしないな」


 「自分の相手すら見つけられないのに、他人なんてもっと無理だよ」


 「だな」


 可能性の話をするならば、桜羽のように、用意されていないという帰結は可能だ。けれどそれを絶対にする証拠はない。だから安全圏から自分の成長の為に俯瞰して他人の関係を見計らう。


 桜羽とは真逆の、他人から接触されることで成長を促してもらう遥は、その立場を退くことは考えていない。しかし、慎也の意味深な発言によって、強制的に受け身をやめることになるかもしれないことは覚悟している。


 ――去年と今年は才能に溢れた生徒を集めている。そして来年と再来年、後輩にもそれは続ける予定だ。その中で全て待ち続けることは難しいだろう。常に波乱を与えられることを覚悟してくれ。


 いつかその言葉通り、遥は生活を狂わされる時が来る。成長の為であり感情を取り戻す為でもあるが、許容範囲かは不明だ。だが今は俯瞰して関係を知ること、そして確立することを目的にしている。


 だから焦ることはなく、人間関係を見極めることに注力することがやるべきことだ。他人からどう思われようとそれは関係ない。


 「ごちそうさまでした。美味しかったよ」


 「早いな」


 「それだけ帰りたかったってことだよ」


 「一々言わなくても伝わっている。私も長居させるつもりはないからな」


 その言葉に疑問を抱いた。


 「なら、なんでプリンで誘って俺たちを招いたの?」


 「さぁ、なんでだろうな。暇してたから、とも言えるし、私の欲とも言える」


 「欲?」


 妙な言い方だ。会話したいのならば長居を嫌う理由はなんだろうか。遥を気遣ったとしてもたった10分では何も変化はない。一瀬にプリンを食べさせたかったという理由でもないだろう。


 「気になることを調べたいと思う欲だ。それも今は満足だから、これ以上六辻の時間は奪わない。料理教室のこともあるのだからな」


 「優は不思議ちゃんだからね。分かろうとしない方が良いよ」


 桜羽の性格も掴めない今、最も胡乱で興味深い桜羽は、やはり詳しく知らなければならない人なのだろうか。

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