悪いお知らせから良いお知らせ
西園寺の起こした一悶着は既に先日のこと。週の初め――月曜日となった今日、最前列の窓側に空いた机が1つぽつんと置かれていた。誰もが欠席だと思うだろうこの時期、その全容を知るのは遥と、その隣に座る女子生徒だけだ。
「おはよ」
先週の月曜日と同じように明るく挨拶をされる。その相好に西園寺の爪痕は残されていなくて、正真正銘の解放ということに安堵感を覚えることはできた様子だ。
「おはよう」
「今日は私より早い登校なんだね」
「そうだけど、一瀬さんが来る10秒前に来たから誤差みたいなものだよ」
「知ってる。入るとこ見えてたし」
土曜日起こった刺傷事件の被害者なのか疑いたいほどその気配の感じられない振る舞い方は、なんとも切り替えの早さを垣間見ているようだ。
笑顔は戻っていて、傷の痛みに悩まされてもいなさそう。演技だとしたら大したものだ。
「それにしても、お見舞いに来てくれても良かったんじゃない?今はこうしてピンピンしてるけど、昨日は一応病院のベッドの上で寝てたんだし」
お互いに荷物を整理している途中、一瀬が不満を募らせていたことを吐露してきた。けれど不満にしては憤りもないし、冷たい目こそしているものの、そこに嫌悪の思いも見えない。
「あぁ……そうだね。ごめん」
昨日のことを言うなら、時間は当然確保できた。慎也との話しで学校に足を運んでいたのだから、外出した勢いで幽玄の敷地内である病院まで行くことは容易だ。けれどお見舞いという選択肢は頭に浮かばなかった。ほとんど遥とは無縁のことなのだから。
「まっ、刺された割に大事には至らなかったから気にしてないけど。長期入院で来なかったら流石に文句言うかもね」
「長期入院なら多分行くよ。でも、今後事故とか事件で入院することはないって思いたいから、今後お見舞い行くこともないと思うよ」
「それが良いよ」
安全第一。何事も青春とやらを生きて経験するなら、身も心も万全を期して挑まなければならない。それは世間知らずで疎い遥でも分かりきったことだ。
それから、会話を続けられるほど回復した一瀬と少し先日のことについて話しをしていると、予鈴寸前に風早が入室する。普段予鈴後なのに、今日は初めて予鈴を教室で聴き始めているのはなんとも珍しい。
「おはようございます。えーっと、はい。今日は皆さんに伝える重要なことが2つあるので、よく聞いてください」
思ったよりも早い入室だったから、普段に慣れ始めた生徒の多くは足早に自分の席へ戻った。それを待つと、1つは西園寺のことだろうな、と確信するような話をされることを理解した。
「まず1つ。これは入学早々残念なお知らせとなりますが、そこに座っていた――西園寺尊は昨日を以て幽玄高校を退学することとなりました」
遥と一瀬は知っていたから、特に反応をすることもない。否、何かを知っているとバレたくないから、一瀬だけは驚いたように「えっ」と口にしたよう。遥は知っても知らなくても、反応に差はないからそんな考えは毛頭ない。
周りの生徒はざわざわっと月曜日にしては騒がしさが目立つように上下左右の生徒と話し出す。
「驚きのことだと思いますが、詳細を知らせることはありません。ただ言えることは、非人道的な行動をした生徒は、誰であろうと例外なく相応の罰を受けてもらうということ。西園寺のしたことは極めて悪質であり、人間として道徳の欠如した行為でした。だから退学となった。皆さんも今後、思慮深く行動し、自分が成長する中で自己中心的にならず他人と関わることを心がけてください」
普通の学校でも起こりうる可能性はあるが、幽玄高校より可能性は低いだろう。相性があって、他人の逆鱗に触れる生徒もその中に用意されていたりするだろうし、絶対安全の成長の道を歩けるはずもないのだから、齟齬が生まれて、より関係が乱れていくこともある。
それを承知の上で教員も指導をしているのだろうが、基本生徒一任の学校故に、簡単に介入が不可能なことは懸念点だろう。風早の心配そうな目はそう思わせてくれる。
「そしてもう1つ。これはいいお知らせです。今週の木曜日に、月一度のイベントを行うことになりました。内容はクラス内での球技。多分バレーボールになって、半分が6人、半分が7人のチームになる予定です」
前々から楽しみにしていた人も多いだろうイベント。強制的にクラス内やクラス外の生徒と関わらせられる試練のようなもの。人間関係の向上を目的とするのだろうが、その意図だけなのか否か、未だに不明だ。
それにしてもなんとも中途半端な数だ。バレーボールの方が相手との接触もなく、男女混合でも危険が伴う確率は下がるのだろう。しかしそれでも40人で1つのクラスを形成するのだから人数を考慮することも重要視するべきだろうに。
これにも深い理由があるかもしれないが。
「予め中学の頃の成績を考えて組み分けはしています。運動能力の高い人やバレーボール部に所属していた生徒は6人の組に分けてるので、差は大きくないですし、エリアも少しは広く狭く調整してるので公平な勝負は可能です」
公平な勝負。きっとそんなことは学校は求めていない。相性によって決められたチームがどう団結して仲を深めるか、それだけが眼中にあるはず。このイベントが今後どう未来を紡ぐことになるか、遥は少しの興味を抱いていた。
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