油断し過ぎた

 休日と言っても、することは特にない。相性指令まで期間はあるし、友人は作れても時間潰しに付き合わせることもないから、結局土日は家でゴロゴロするだけの退屈な時間となる。


 だから今日も、5日の平日を経て休みを得た遥は、疲れを癒すためにベッドの上からテレビを眺めていた。


 だが、見てても面白くないし、幸福を感じることもない。だったらせっかくだし、まだ見ていないショッピングモールでも徘徊してやろうかと、滅多に思わない外出の考えを確定させて部屋を出た。


 快晴の下、人通りは多くて賑やかなショッピングモールを1人寂しくもなく哀愁漂うこともなく淡々と歩く。休日になればそれだけ客は増えるし、生徒の外出も増える。視界に入る人達が生徒っぽくない割合も高い。


 そんなこんなで、行ったことのない階――二階から上に散歩でもしようと、昼食を済ませた11時半から遥は動き出す。


 幽玄のゲームセンターは初めてで、慣れない操作の台ばかりを選んだが故に無料でできる最大の回数をやり終えて尚、取ることはできなかった。けれど中々暇潰しには使えるなと、手応えは感じた。


 それから三階四階五階とスムーズに歩き続け、ついに最上階の1つ下の階に着いた。が、まず尿意を感じてトイレを探すことを先に、マップを探せない遥は、階の端っこを悉く探してやろうと適当に散策していた。


 そんな時、最上階へと繋がるだろう階段を目にした。それと同タイミングで、なんと西園寺が全力に近いダッシュで駆け下りて来た。西園寺は遥に気づいた様子もなく、ただ常軌を逸した瞳を爛爛として「はぁ、はぁ、はぁ」と息を切らしていた。


 横を通り過ぎる瞬間鋭く目を細めた遥は、西園寺の違和感に気づく。右手の親指の付け根についた、赤い血のような液体。それが何か、答えは西園寺の駆け下りた階段の先にあることは分かった。だから若干駆け足で向かう。


 到着すると、予想通りというかそれ以外考えられないだろうと、一瀬が倒れているのを発見する。


 「殴った……いや、刺したのか」


 近寄りつつ、側に落ちたハサミを見て、先端部分に血痕があるとこから推察した。深さは1cm程度。おそらく痛みと恐怖が混ざり、精神的に限界が来ての失神だろう。しかし命に関わらないとは言えない。毒が塗られていたり、大切な血管が切れていたりしたら、可能性として死ぬことはある。


 先に連絡するのは119だ。場所と容態を簡潔に伝え、冷静にも対処する。そして続いて慎也にも。何かあればいつでも連絡してこいとのことなので、一応殺人未遂のような事件が起きたことを報告する。


 「……六辻……くん?」


 やはり一過性だったようだ。電話を終えると、ゆっくりと瞼を開けた一瀬は遥を認識するほどには意識が戻った様子。


 「うん。そうだよ。もう大丈夫だから」


 「……そう……良かった。うっ、痛い痛い……」


 「もしもがあるから、今はまだ横になってた方がいい」


 「……そうだね」


 人の痛覚は繊細だ。たった1mmの傷でさえ、チクッとして痛いと思わせる。それが1cmならば更に痛覚を刺激して激痛となる。そうなれば苦しみなんてかすり傷や軽度の切り傷とは比べ物にならなくて、言葉も途切れ途切れなのがよく話せてる方だ。


 そんな痛みに我慢しつつ、横になった状態の一瀬は笑いつつ言う。


 「ごめんね、まさか刺しに来るとは思わなくて、刺激しちゃった」


 「一瀬さんが謝ることじゃない。自分でそうしたいと思ったなら、それが正しいと思う。まだ暴力を振るうとは思わなかった俺の考え不足でもあるから、ごめん」


 人の行動を予測することはできても、完璧は無理だ。だから似たような人でした経験を活かすしかないが、それでも一瀬を守ることは不可能だった。それほど、西園寺という人間の自分に抱く完璧は絶対なるものだった。それを見抜けなかった遥が全て悪いとは思っていないが、負い目は感じている。


 「ううん。今日告白されるとは思ってなくて、流石に嫌だって気持ちに抗えなくてね。どうしようもなかった。冷静になれなかったのも悪いんだけど」


 「全ては西園寺が悪いよ。連絡無しに接触したり、自分が絶対と思って一瀬さんのことを考えずに跋扈して、それが違ったからって刺すなんて。だから悪いとは思わないで、今は休むことと、今後の悪夢から解放されたことを幸せに思うことに集中するといいよ」


 「……うん。そうだね」


 自己中という言葉の権化のような存在だった。過去に何があったのか、どんな教育を受けてきたのか知りたくもないが、なんにせよ自分良ければ全て良しの考えを悪用する存在だったのは、誰もが嫌悪し排他するべきだったのは間違いない。


 (これが、幽玄高校で生活する上で知る1つの相性、か)


 改めて思う。恋愛の絡んだことなのは十中八九そうで、早速犯罪へと手を染める者が現れた。今後同じようなことが起こる可能性を考え、自分の接し方も考えないとな、なんて罪悪感を抱く遥は思っていた。


 それから暫時、救急隊員に連れられて一瀬は病院へと向かった。その時の表情は痛みに堪えつつ、呪縛から解放されたことに若干の喜びを感じたようだった。だから遥も安心した。そして戒めとした。金輪際、友人の1人も傷つけてはならないと、人間関係を良好に保つための関わり方をしようと。

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