ぶっ壊れ人間
人には不思議と天啓が下りる時がある。何か特別なことが起こりうる可能性があって、その予感が的中するかのように。まさにそれが、今の一瀬にはあった。
そして見事的中した。いや、してしまった。
真心こもった告白とは思えない。両手はポケットに突っ込んで、あくまでも上から目線に一瀬を見ている。それに絶対に断られないと確信しているような面持ちなのは、いかんせん不愉快だ。
けれどゲーム世界でのシチュエーションならまだしも、現実では過去に戻ってこの出来事を書き換えることはできない。だから答えを言わなければここから逃げることも不可能。
一瀬は数瞬の沈黙で今何をするべきか、どの判断が最善かをできる限り思考していた。
「……突然のことで驚きなんだけど、付き合うって……私と西園寺くんが恋愛感情をお互いに持って成立する『付き合う』だよね?」
「もちろん。それ以外ないからな」
「そっか。なら――ごめんなさい。私は西園寺くんとは付き合えないよ」
けれど、思考しても答えは1つしか出てこなかった。ここで頷いて付き合って、無駄に時間を費やして西園寺を気分良くすることだけに心身を疲労させることは、絶対今後自分にとって大きな不幸に繋がる。
だから嘘だとしても承諾はしたくなかった。
他にも理由はある。付き合う人は本気で好きだと思った人でありたいと強く思う気持ちや、今はまだそういった存在を作りたいと思わないからなど、それは複数。
嘘の関係は仕方ないのかもしれない。けれど何よりも尊重するべきことは、自分の意思だ。他人に曲げられることではないし、曲げなければ生きていけない世界でもない。今はもう、周りの席から次第に増えている友人が居て、西園寺のような合わない性格をした人は必要ないと決められた。それならば言う。強く、絶対の拒否を込めて。
「……え?付き合えない?」
当然戸惑っていた。真剣な表情で、これ以上ない真面目を一瀬が見せて、決然した思いを一言一句伝わるように言ったから。そんな一瀬は、幽玄高校に来てから初めて心の底から伝えたいことを伝えたのだ。西園寺だとしても、その意味は分かるだろう。
「うん。西園寺くんがそうであるように、私も好きな人とそういう関係になりたいと思う。だから、ごめん」
いつか見つけれたら。
「……それは僕のことが好きではないってことか?」
「そういうことだね」
「ははっ。嘘だろ?そうやって僕を騙して照れ隠しなんて、やっぱり僕にお似合いじゃないか」
「違うよ。嘘でもないし、騙してもない。正真正銘私は西園寺くんに恋愛感情を抱いてなんかないよ」
目を見て伝えることで、いつまでも逃げられないよう本気で思ってることを強く思わせる。一瀬はもう、逃げる気はなかった。ここで付きまとわれることを絶ちたかった。その思いを一心に込めて。
「……ホントなのか?」
「私はそう言ってるよ」
「……な、何故?」
明らかに様子がおかしい。余裕がなくなって手が震えるのか、自尊心が砕ける寸前なのか、とにかく再び挙動不審が始まったのは不吉な予感がする。それでも乗り越えるしかない。
「何故って、関わったのなんて最近だし、お互い特に何も知らない状態で付き合えないでしょ?」
「……は?いや、違う。一瀬とは最近じゃないし、一瀬から僕に対して好きとも言われたぞ?」
「言ってないよ。誰かと間違えてるんじゃない?いつどこで聞いたの?」
「入寮した日、寮の一階エレベーター前で一緒になった時、そこで僕を見た後に言った。スマホを見て恥ずかしそうに」
言われて思い出した。今思えば西園寺も隣に居た記憶も同時に。
「……いやいや、あれはスマホで見てたSNSの好き嫌いアンケートがあって、それの好きを押した時にボソッと言っただけ。西園寺くんになんて言ってないよ」
好きなインフルエンサーのアンケートに答えていた時のことだ。『動画の投稿内容』と書かれた下にアンケートがあって、好きの割合が断然多かったから、好きがこんなに多いのかと言う意味で呟いただろう言葉。意味の無いことだから曖昧だが、確かそうだった。
「なっ!嘘だ!僕の隣で言ったのにか!?」
認められない。自分は間違えないから、カッコイイと自負する自分に好きと一目惚れしないという絶対が、きっと今の西園寺の怒りを作り上げたのだろう。
「嘘じゃないよ」
「……いいや、有り得ない。僕だぞ?僕のことは一瀬だって知ってるだろ?良い奴だ。それで頭も良くてカッコよくて、運動だってできる!そんな僕に……はぁ?……ないだろ」
自分に言い聞かせるよう、目線は合わずに下を見て頭を抱えて吐き出し続ける。自分はカッコいいんだよな?自分は聡明なんだよな?自分はスポーツ万能な秀才なんだよな?そして――自分は一瀬を一目惚れさせたんだよな?と。
「なぁ、一瀬。ホントのこと言ってくれよ」
「……だからホントなんだって。さっきから言ってること全て」
「頼む。分かったから、正直に言ってくれよ。僕のこと好きなんだろ?」
「……い、いや、だから……」
激しくなりつつある語気に、畏怖を覚える。だがここまで来て下がるなら、きっと後々後悔する。それは嫌だ。この関係はもう、終わりにしたい。
「――好きじゃないって言ってるでしょ」
「嘘だ!!僕のことを好きじゃないなんて嘘をつき続けやがって……そんなお前は、やっぱり僕が色々教えないとダメだな……」
あぁ。きっと後悔したくなかったなら、そもそも人気のないとこで西園寺と会話をするべきではなかった。せめて人が居て、欲を言えば八雲や六辻の居る近くで告白させるべきだった。そして六辻の言うことを守るべきだった。刺激するなと、何度も言われたのに。
その方が――西園寺の取り出した学校で使う用に買ったハサミを向けられ、恐怖を感じることなんてなかっただろうに。
「……え?」
西園寺はハサミを取り出すと、自暴自棄となったのか、すぐの隣の一瀬の肩と胸の間を「あ"あ"ぁ"」と意味不明に叫びながら刺していた。
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