取り敢えず静観しようか
「おはよう、六辻くん」
一瞬戸惑った遥は、その相手を見て誰かと理解した。一瀬の友人であり、先日九重が相性良いかもなんて鼻の下伸ばす勢いで言っていた女子生徒――八雲佳奈だ。
一瀬よりも更にランクアップした陽気な挨拶に、遥も押し負けそうになるが、それでも耐えると目を見開きつつも交わす。
「おはよう」
「私は八雲佳奈。少し話したいことがあるんだけど、いいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう。話っていうのは、単刀直入に言ってこの子のことなんだけどさ、何が言いたいか分かる?」
目で合図して一瀬のことだと伝えてくる。その上で、西園寺の件だろうと推測するのは赤ちゃんだって容易いだろう。だからハッキリと言う。
「分かるよ」
予想だが、一瀬がこの件について学校で話しかけられないことを知っているから、代わりに八雲が代役として話しをするということだろう。既に友人に共有している事柄なのは、一瀬の八雲に対する信頼がそれほど大きいということだ。流石は常に駄弁で笑い合う仲の2人だ。
「おぉ、それなら話は早い。何か助けられる方法はないかな?」
「今のとこは何も思いついてないよ。西園寺が最悪の場合どの手段を使うのか未知だから、それを知らないと真っ向から言い合っても危ないだけだし」
もし殴りかかられたら?もし今後の学校生活を脅かされ続けたら?その時は西園寺を刺激した方が負ける。だから迂闊にも西園寺相手に好き勝手思うように対処ができない。加えて慎也の言っていた、犯罪にも手を染めるという言葉が、何度も何度も頭を過って邪魔をして。
「だから今は、静観が正しいと思う」
「大丈夫なの?」
「……昔、似たような人を見たことがある。自尊心の塊で、全て自分が正しいと本気で思い込んだ人を。その人は邪魔をされることを酷く嫌って、思い通りにいかなければ人を傷つけることも厭わなかった。西園寺はそのタイプと思える。今もこうして八雲さんと話していることから、勝手に一瀬さんについて話してると勘違いされて暴れることもあるし、慎重に身辺調査をした方が良いよ。暴行なんて軽くする人だと思ってね」
その記憶は、脳ではなく身体中の痛覚が覚えていた。実際その人を見て、受けた暴力行為は数知れず。今では薄い記憶でも、当時は絶望という言葉が世界一似合う少年だった遥は、思い出すと少し気分を悪くするほどにはトラウマと言えるそれを知っていた。
「なるほどねぇ。――だってよ」
視線は遥に向けたまま、言葉を伝える方向は一瀬だ。西園寺は約束通り後ろを向くことはないが、耳を澄まして会話を聞いている可能性がある。だから先程から常に小声であり、喧騒に紛れて続けている。いつ不審感を抱かれてもいいよう、言い訳も考えつつ。
「なんで私が標的に……」
「可愛いからじゃない?西園寺の目にお姫様っぽく映ったんでしょ」
「佳奈の方が魅力的なのに」
「人それぞれの価値観ってやつだよ」
可愛いか否か、そんな話しをする2人を横目に、遥は確信に近くてこれだと思う理由を持っていた。それが過去の影響だ。一目惚れという言葉があるように、人間は見て感受性に響いた相手に恋愛関係なく好意を持つ。
しかしそれはあくまで見ただけの好意。雰囲気だけから感じ取った好意だから、実際接触しなければそれが恋愛に発展するか諦めるかの分岐点が発生しないことになる。
つまり一瀬は、過去に西園寺と何かしらで関わっており、その何かで得られた快感か幸福が恋愛感情へと繋がってしまったということ。だから執拗にも追われ、他人の接触を拒みたくさせるほど、自分を好きにさせてしまった。十中八九そうだと、遥は思っていた。
声を聞かないと、動きを見ないと、何かを知らないと、人はその何かに執着しないのだから。
「とにかく、今は静観だって。嫌かもしれないけど、我慢しないと自分が危ないんだから仕方ないよ」
「一瀬さんには多分、攻撃することはないだろうから、八雲さんは気をつけてて。この前、僕の一瀬って言ってたくらい執着が凄いし、男女関係なく接する人には簡単に矛先向けてくる可能性もあるから」
「わぁお。そんなこと言ってたの?ホントに最悪の展開じゃん」
「……私は誰のものでもないよ……もう……」
これ以上西園寺の言葉を聞かせることは、正直よろしくない。ストレスであって不安要素。それを常に抱え続けることの苦しみは、当然遥は知っている。だから早く解決するため、西園寺との接し方について早急に考えをまとめる必要があると決めて今も考えていた。
「まっ、私と居れば安心でしょ。殴りかかってきたら倍にして返してあげるから」
ニコッと笑って肩をポンポンと。友人として安心させることもまた、相性の良さを垣間見ているようで合致したかなとも思う。見ている分には、九重よりも良さそうだ。
それにしても、干渉は難しいと懊悩する。これから西園寺に何か伝えても、それは刺激以外の何でもない。平和に解決へと導くには、やはり自己犠牲が必要になるだろうか。
一瀬を守ってあげたいと思う。それは遥の過去が形成した性格の1つから思う善意で、自分と同じ思いをしてほしくないと強く願う気持ちの表れでもあった。
だから何とかしようと必死だった。
――それは予想外にも散っていく儚い願いとなってしまうことなんて知らず。
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