こいつはNOだと思う
本当のことを嘘偽りなく言っているように、西園寺は語気強めに言い放った。けれど残念ながら、引っかかる部分が一瀬にはあった。
「そうなんだね」
だから驚きを示すことはない。元より、信頼しているのは六辻の方。だから、一瀬に関わるなと言ったことは六辻から聞いてないので信じず、視線については執拗に見ていて、図星を言われたから不満を言っているんだと解釈した。
「そんな人と一瀬も関わらない方がいい」
「そうかな?私には普通の人に見えるけど」
「猫かぶってるんだ。本性はそうやって他人を勝手な思い込みで否定するようなやつなんだ」
「うーん……まぁ、考えとく」
なんとか六辻を遠ざけようとしていることは分かる。悪評を流そうとしているのかもしれないが、若干の早口と挙動不審がそれを否定する。
「その分、僕が話し相手になれるし、メリットは大きいと思う」
確信だ。結局はそうしたいということだろう。恋愛感情を持っているのか訝しげだったが、きっと一瀬に抱いている想いは懸想で正解だ。ならば六辻に抱くのは嫌悪と嫉妬。無駄と邪魔を淘汰したいという気持ちが強く芽生えているのだろう。
「今はメリットデメリットより、多くの人と会話して仲良くなって、クラスとして一致団結したいから、誰が相手でも一通り会話した方が今後の為だと思う。だから今はまだ、誰かと話さないって決めるには早い段階だと思うよ」
ここは一旦否定する。強くなく、まだ怒りという感情を表にしないことを信じて。
「まぁ、一瀬がそう言うならそうするけど、隣の席だと心配だ。いつ誑かされるか分からないから」
「誑かすだなんて、六辻くんがそんなことしない人っていうのは西園寺くんも知ってるでしょ?」
六辻は無感情で無関心。何かを気にすることも、情を抱いて大切にしようと思うこともない。そんな存在が、人間という存在に対して誑かすという行為を行うとは到底思えない。それは六辻に関わった人の、今の共通認識だ。
だからこそ、西園寺も納得したように黙る。言い返せない理由が、そこにあったから。
「大丈夫だよ。六辻くんも良いとこはあるだろうし」
今は良いとこしか知らない。
だから六辻を否定するように、蔑むように、自分のために陥れようと嘘をついて悪評を流したことは、少しムカッとした。他人を初見で嫌悪しない一瀬故の、友人を侮辱されたような発言は、見逃すことが精一杯。人を大切にしない人を、一瀬は酷く唾棄するのだから。
「だといいな」
それだけ言って、一瀬の滲み出る覇気に敵わない西園寺は、それ以上六辻について思ったことを言うことはなかった。察したような様子はなかったが、感じ取ったのだろうか。
けれど束の間の静寂が心地良く感じたのは、なんとも清々しかった。
それから時々西園寺のなんとない質問や問いが投げられて、それに適当に答えつつ歩き進めた。そして学校に着くと、変わらない足取りで早くも四階へ駆け上がった。嫌だという思いが露呈してもいいから、走って走って。
息切れしつつも到着すると、そこからは気楽な時間だ。
「それじゃ」
遅れてくる西園寺にそれだけ残し、向かったのは先程悪評を流された生徒の隣の席。ギリギリに登校する一瀬の1分後くらいに到着するのが六辻。今日は西園寺に誘われたことで早めに出たので、来る気配すらなかった。それでもこの後六辻が来ることに安堵感を覚えて前の席――八雲の背中を軽くトントンと叩いた。
「はいはい?」
八雲も少し前に到着したようで、リュックを机横に掛けている途中での振り向きだった。
「おはよ。朝から面白い話聞く?」
「どうせ昨日のことでしょ?」
「昨日と今日の話だよ」
「無理無理。いいことじゃないって知ってるから」
「それでも聞かせるけどね」
八雲には話していいと思った。結局昨日のことはどうだった?と聞かれるだろうし、今はいいことじゃないと突っぱねていても、実際は興味津々なことも知っているから。
この地獄に引き込むことは申し訳ないと思うが、きっと八雲なら笑って介入してくれる。全く被害のない八雲なら、高みの見物してくれるだろうから。
「実は昨日誘われてから――――ということがあったんだよねー」
要約しつつ簡単に今の状況を伝えた。
「うん。予想を超えてくれて嬉しいけど、バケモノ生み出したってのは同情するよ。人に好かれるなんていいことだらけじゃないって知れて教訓だね」
すると八雲は驚きを含みつつも、人としてのヤバさを知っていたかのように納得して言った。それくらいはすると予想はしていたらしい。連絡してくれれば良かったと、今更ながらも思っていた。
「ねぇ、こっちは困りに困ってんの。佳奈の平和に嫉妬して狂いそうになる」
「あははー、ごめんごめん。でも、厄介なことになったね。私はどうしようもないし、その人が変わってくれることを願うしかないもん」
それはそうだ。
「けど、解決の鍵を持ってそうな人がやっと来たよ」
そう言われて、朝の歓談の途中に廊下側を見ると、後ろからそっと欠伸をすることも無く、それでいて気だるげな青年が静謐に登校する。唯一の救世主だろう人だ。
「ちょっとはじめましてしてこよっと。――おはよう、六辻くん」
八雲は勢いで、朝の残された時間を有効活用しに行った。
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