もういいって……

 翌朝、昨日とは違った明らかな嫌な予感と、的中の予感を感じつつインターホンに応え、玄関を出た。そこに出ると絶対に西園寺が居るという確信を胸に。すると、(やっぱり)という悲しい思いを心の中で漏らすこととなった。


 一瀬は基本、朝は1人が好きだ。中学生の頃からそうで、誰かと登校するなんてことは滅多にしなかった。相手のペースに合わせることが難しく、朝に弾む会話を用意することもできなかったから。


 だから最近も、八雲と登校するのも楽しくて良いかな、なんて思い始めていたくらいの考えがあっただけ。それなのに否応なしに部屋前に来られては、逃げ場もないというものだ。


 「西園寺くん、どうしたの?」


 玄関を開けて、面倒の根源と会う。六辻には無意識に見せた寝巻きを、西園寺には意識して見せたくなかった。だから制服を着て、普段の登校時間より早めに出た。


 「あぁ、おはよう。良ければ一緒に登校しないか?」


 だろうな、と言いたいほどそれ以外に予想していた理由はない。


 「……良いよ」


 「ありがとう」


 (どうしようかな……)


 拒否は簡単だ。1人が良いからと言えば、難癖つけてもいつかは折れてくれるだろうから。けれど相手が相手だ。六辻の言うように、刺激は最も一瀬本人に不幸を与える要因となる。だからあってないような選択肢だった。


 それから扉を閉めて施錠して、2人並んでエレベーターに乗る。心の中で、誰とも会わず、贅沢言えば見られませんようにと願って、どこかで止まることなく一気に一階へ降りられた。


 早足に付き合ってくれるなら、それだけ早く登校を終えられる。だから嫌でも朝という晴れ晴れしない気分と、怠けた体を必要以上に使って足を前へ前へと速く動かす。


 「昨日はよく寝られた?」


 隣に居て理由あって誘っているのだろうから、もちろん無言なこともなかった。それに昨日の陰気も消えていて、慣れたような雰囲気を醸し出してもいた。


 「うん。もう入寮して結構経つからね」


 「それは良かった」


 全く良くない。明日には西園寺のことで寝れなくなるかもしれないし、ストレスで疲れも増えるかもしれない。そんな原因を作った存在相手に、嘘をついてでも楽しいという雰囲気を見せ、幸せそうに見せることは酷なことだ。早く解決したいと願う切実さは常に根底にあった。


 「ところで、昨日六辻と何話してたんだ?」


 そんな時、どうせ会話も続かないし質問も考えてないんだろうな、なんて思っていた一瀬を、一瞬にして冷っとさせる発言を西園寺は軽々と口にした。


 「突然だね。なんで六辻くん?」


 (見られた?いや、ないでしょ……)


 頭に過ったのは当然西園寺と別れてからのこと。しかし、それが思い出されるのは直近であり、西園寺について話をしていたからだ。よく考えれば、六辻と会話なんて何回もしているし、昨日なら西園寺のことについて話した時とは限らない。だから知らないふりをした。部屋に入れた時から見られてないだろうから。


 「なんとなくだな」


 「いつのことかは分からないけど、六辻くんとは色々と話してるよ」


 「昨日、僕と別れた後に六辻と何か話してなかったか?」


 「……なんで知ってるの?」


 「コンビニ行こうとした時、一瀬の部屋から六辻が出たように見えたから」


 (……タイミングか)


 なんと不運なことか。その後の動向が気になるが、関わるなと言って六辻を避けさせようとするほどの人が、今は憤る気配もないとこから、然程不満というか確証はないのだろう。


 けれど一触即発なのは変わらない。堪忍袋の緒が切れる寸前、なんとか持ち堪えているのだから。


 「それは私が教室に忘れてた物を届けてくれただけで、特に会話はしてないよ」


 ――仲良くするなと言った。


 それが本当なら、友人としてこれからよろしくという挨拶で抹茶オレを貰ったと聞けば気分を害するだろう。だから思考した。思慮深いからこそ、六辻に被害がいかないように考えた。


 (後で噛み合わせないと)


 齟齬が生まれないように。矛盾を作らないように。


 「そうか。ならいいけど。――六辻について、結構知ってたりするのか?」


 「え?六辻くんについて?」


 今度はなんだろうか。執拗に攻めるのは、六辻という存在がただ嫌いなだけか、それとも他に固執するような何かがあるのか。確かな魅力はある。ミステリアスで読めない、けれど関わると優しそうで惹き込まれる。顔だけで拒否するような強面ではないし、実際は西園寺の件にも密かに付き合ってくれる善人。


 それらは知っているが、西園寺の問いは、六辻の悪いとこを知っているかとも聞きたげな言い方だった。だから戸惑った。六辻の悪いとこなんて、1つとして記憶にないから。


 「六辻は見た目通り、陰気で性格の悪いやつだったんだよ」


 「……そうなの?」


 「やっぱり知らないんだな」


 知らない。六辻と関わっている時間は圧倒的に一瀬の方が勝っているだろうが、それでも知らない。だから短時間での接触で、六辻遥の何を知れたのか、少しだけ興味を持った。


 「あいつは僕に言ったんだ。一瀬と関わるなって。更には俺と一瀬が話してる時に後ろを向くな、っても言ってた。僕はプリントを回したりする時に後ろを見る程度なのに、六辻は勘違いして僕に文句を言ってきたんだ。証拠もないのに。だからその時確信した。六辻は性格が悪いってな」

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