イケメンかよ
「あっ、そうなの?ごめん、好き嫌い知らなかったから」
けれどやはり、六辻に喜怒哀楽を始めとした感情の変化が見られることはなかった。
それでも焦っているようで申し訳なさそうで、とにかく初めて見る困り顔のような相好は、見られて良かったといじわるにも思えた。
「ふふっ。嘘だよ嘘。抹茶好きだからありがとう。六辻くんって冗談言われるとどうするのかなって気になっただけだよ」
「なるほどね。そういうことか」
「うん。ごめんね、六辻くんで遊んで」
「全然いいよ。反応薄いのは申し訳ないけど」
自覚はあるようで、大きく変化のない自分の感情や相好を中心に、特にいじわるに対して思うことがないと、自己分析は完璧らしい。
「いつか驚かすから、その時は覚悟してね」
「待ってる」
六辻も感情に関しては欲していることがよく伝わる。驚かせてほしいと願うように、切実にも思える瞳で真っ直ぐ伝えてくるから。
だからそれに応えようと思うのも、友人として当然だと一瀬の善意は思う。六辻に特別な思いは1つ――友人としての思いがあるだけで、その他は皆無。恋愛感情を持つこともなければ、嫉妬もなく執着することもない。だが、過去の経験から相性の良い相手探しに必死で、全力を注ぎ込む一瀬の性格は、友人という存在が何よりも特別に思っていた。
それこそ、恋愛感情よりも。
「それじゃ、これありがとうね。美味しくいただきます」
「待って」
「ん?」
咄嗟に止めるような、そんな勢いを含んで早口にも聞こえる速度で六辻は一瀬の帰りを阻止した。珍しいと思いつつ、そこに静止していると六辻は言う。
「顔色が悪いように思うけど、何か嫌なことがあったりしてない?」
「……えっ」
一瀬は顔に出しているつもりはなかった。平然を装って、別に不快なことはなかったとテンションも上げて接していた。それでも尚、六辻は一瀬の本当を見抜いた。それに驚かないことなんて不可能だった。
「さっき学校で見た時より結構気分悪そうに見えたんだけど、大丈夫?」
「ううん。少し困ったことがあって……」
打ち明けることにした。六辻を関わらせてしまうことになるが、それでも助け舟を出してくれたのなら、それに乗るのも1つの解決法だ。
ドアからひょこっと顔を出し、周りに人が居ないことを確かめると、六辻の腕を引っ張って、「うわっ」という気持ちのこもってない驚きも無視しつつ無理矢理部屋の中に入れた。
「どうしたの?」
「あのさ、西園寺尊って知ってる?」
「うん。知ってるけど」
「その人と今さっき2人で帰ったんだけど、結構個性的な性格してて、私がその西園寺くんのことを好きって勘違いもしてるっぽくて、色々と悩んでるとこなんだよね」
辟易しているよ、と、声色や話し方を使って伝えられるだけ伝えた。すると落ち着いた様子は変わらず六辻は言う。
「もう接触されたんだね」
「……もう?ってことは知ってたの?」
「うん。一瀬さんと話してる時、鋭く視線を向けてくるから何かと思って今日聞きに行ったんだけど、そこで今後一瀬さんと仲良くするなって言われたんだ。一瀬さんと仲良くしたそうだったし、必死に俺を引き剥がそうとしてたから、結構強い想いがあったんだろうとは思ってたんだよね。それがまさか今日接触に至るとは思ってなかったけど」
「視線?」
「西園寺、結構な頻度で一瀬さんを見てたんだよ。気分悪くしたら申し訳ないと思って伝えなかったけど。まぁ、結局接触したなら言っても一緒か」
「知らなかった……」
全く感じなかった。話に夢中になれば意識は向いて他のことはどうでも良くなる。最近は八雲と話すだけで楽しくて、よりそっちに意識が向けられるから、鋭くても気づかなかったのかもしれない。
「気をつけた方がいいよ。西園寺からは嫌な予感がするし、刺激したら突然怒る性格っぽいから、西園寺のペースに合わせないと手がつけられなくなると思う」
そんな人を知っているかのような口ぶりだが、その忠告はきっと正しい。ああいう系統の人間は自分が絶対だと信じる性格だ。否定されれば憤怒し、気分損ねても憤怒する。それを未然に阻止する方法は1つ。迎合だけだ。
「何とかならないかな?」
「俺は今後仲良くするなって言われてるから、いつどこで見られてるか分からない今、協力は難しいよ」
「……最悪じゃん」
六辻は強力な味方だ。視線に気づける敏感さと、それを止めろと伝えに行ける豪胆さを持っている。しかしそれが行使不可となれば、先は長い。
「極力関わられることを避けるように頑張れとしか言えないかな。今回接触して手応えを感じてるなら、きっといつでもどこでも関わろうとしに来るだろうから、そこは気をつけて」
「早速お先真っ暗?」
「それが幽玄高校だから仕方ないよ。絶対に刺激しないことだけ頭に入れとけば、一旦は大丈夫。どうしようもなかったら、その時は……いや、まぁ……何とかするよ」
その解決法は選びたくないような言い方だった。しかし一瀬は解決法があるのだと、ほんの少し安堵した。だから言われたことを守れば良いのだと、刺激しないことを心に留めた。
「ありがとう」
「うん。また何かあれば聞くから、気が病む前に俺じゃなくても誰かに吐き出して」
「分かった」
「それじゃ」
そうして、六辻は不思議にも圧倒的な信頼と安心感を一瀬に与えつつ、右手上げて「また」と一言呟いて帰って行った。
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