やっぱり彼なんです
部屋に入ると一気に西園寺との関わり方に寒気を感じた。一瀬は基本他人を嫌悪しない。相手と上手くいかない時も齟齬が生まれた時も、大抵それがその人の価値観による生き方だと割り切って接する。しかし今回は違った。遥か上空を駆け巡った西園寺の発言に、流石にそれはないだろうと、若干の嫌悪が生まれていた。
「……ホント?あれ」
現実を見ているのだろうか、と。
部屋に入ってソファに腰掛けて、制服がシワシワになるとかそんなことよりも先に、西園寺という存在と関わり続けないといけない可能性が生まれたことについて考える。
毎日というわけにはいかない。それは西園寺だってそうだろう。しかし、あのナルシストぶりを見て、絶対ではないことが唯一恐ろしい懸念点なのもまた、そうだった。
「私何かしたかな……」
記憶には今日がはじめましてだと残っている。
「うわぁぁぁ……疲れたぁ……」
今後の展開が読めない。八雲たちと接して、今まで通り好き勝手自分のしたいことをしていいんだろうが、邪魔してきそうなのが困る。きっと西園寺は、一瀬が自分を好いていると勘違いをしているだろうから。
それに、一瀬が話しやすそうだからという理由で近づいたのにも、他の理由がありそうだった。エレベーター前での接触が、エレベーター内での発言が、そう思わせる。
「取り敢えずゆっくりしよっと」
結局今何かを考えても、西園寺の脳内を変えることはできない。一瀬と接触したいという欲が消えることもない。だから一旦忘れて今日の疲れも忘れてまったりすることにした。
外出の予定はないので、寝巻きを持ってシャワーを浴びに行く。無駄に冷や汗をかいたし、これ以上嫌悪感を感じたくないと思いつつ、全身を綺麗に洗った。
部屋に戻ってソファに背を預けたのは、入ってから15分程度経過した時だった。シャワーを浴びながらも、何故か考えてしまう今回の件。暫く黙ってお湯を浴びる時間が長引いてしまった。
それからドライヤーも終わらせ、静寂の部屋の中に戻るとテレビをつけることでそれをかき消す。まだ晩御飯には早いから、少し体を横にしようとソファに寝転んだ。
そんな時だった。ピンポンと、訪問を知らせるインターホンが鳴り響いたのは。
「…………」
嫌な予感がした。それに出れば、また冷や汗をかく相手が立っていて、ナルシストの性を連発してくるのではないかと。けれど出ないということは様々な理由によりデメリットが大きかった。だから嫌々ポチッと、力なく違う人であれと懇願して押した。
「……はい?」
そして映る1人の男子生徒。刹那で安堵感に覆われた。
『あっ、居た。一瀬さん……あぁ……えぇっと、一瀬逢さんですか?』
「あれ、六辻くん。一瀬逢さんだけど、どうしたの?」
立っていたのは一瀬の隣の席に座る、謎の多くて魅力的な男子生徒だった。背は高くてクールな雰囲気。話し方も性格に似たのか鷹揚としていて、不快感を1つとして感じさせない高校最初の友人だ。
『良かった。これ、新作の抹茶オレが売ってたから、一瀬さんにどうかなって買ってきたんだ。貰ってくれないかな?』
「えっ、ホントに?」
『うん。プリンは売り切れだったからランクダウンした感じだけど、一瀬さんなら気にしないかなって思って』
今朝の話だ。半分冗談、半分本気交じりで言ったことを、本当に実行して来るとは。確かに印象にあるように天然というか真面目というか、冗談の通じない面白い人だとは思っていたが、ここに持って来るまでするとは思っていなかった。
「えぇ、ありがとう。ちょっと待ってて、すぐ行くから」
『分かった』
切れてすぐ、駆け足で六辻の居るだろう玄関の外に向かう。解錠して開けると、やはり好青年はそこに居た。片手に紙袋を提げて。
「ホントに買ってくるなんて思ってなかったよ」
「多分貸し借りない状態ならこれが最初で最後」
「それが普通だし、得してるから全然良いけどね」
「うん。俺もさっき、九重に言われてから全員に挨拶の品を贈らないことを決めたし、次からは考えるよ」
「それがいいと思うよ。ってか、一瀬逢さんですかって聞いたのなんで?」
普通通り会話を弾ませつつ、インターホンに出た時にあった違和感が思い出されて問うた。その時の六辻の困ったような顔も思い出し、不慣れで面白いと笑いつつ。
「あれは、もしかしたら同じ学年に一瀬って名字の人がいるかもしれないなって思ったからだよ。俺、一瀬さんの部屋知らなかったから表札で判断するしかなくて、だからフルネームで聞いたんだ」
「あぁー、そういうことか!」
しっくり来た。
そもそも部屋を教えてないから、ここに来たことにも違和感があったのか、と。辻褄が合って気分良くなる一瀬。
「近くで助かったよ」
「いえいえ、私の方こそ部屋くらい教えとけば良かったよ」
部屋に持ってくると思ってなかったから、流石に教えるという考えはなかった。けれど教えても六辻が一瀬に不快感を与えることはしないだろうし、遅いか早いかの違いだけだったのも事実だ。六辻は一瀬にとって、害のない人として分類を既にされているのだから。
「はい、これ。抹茶嫌いじゃなかった?」
ゆっくり優しく伸ばされた手に提げられた紙袋。そっと握って「ありがとう」と一言添えて貰う。そして――。
「私、抹茶苦手なんだよね」
――反応見たさに嘘をついた。
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