本物……本物だった……

 「どうかした?」


 気づけば玄関を出て夕日を浴びてから若干の時間が経過した今、何か首を傾げることでもあったのかと、一瀬を見て西園寺は聞いてきた。そこに先程までの挙動不審はなく。


 「ううん。何もないよ」


 「ならいいけど。一瀬もやっぱり、僕はサッカーとかバスケとか、カッコよくて人気ある部活に所属してたと思った?」


 一瀬は問われた瞬間に確信した。これはだと。


 (えぇ……)


 「……うん。そういうのかなって……」


 本当なら一瀬は嘘が嫌いだ。誰かを不幸にしてしまうなら、それは好ましくなく否定されるべきことだから。しかし今は違った。肯定することで西園寺は落ち込むことはない。だからどこまで本気なのかを探ろうと嘘をついて答えた。


 「だよな。僕は運動が得意だから、そう思われるのもそうなんだけど」


 先程から自分の話となると陰気が消える。自慢したいから消えるのではなく、自分のペースになってきたから消えたのだろう。若しくは単純に慣れたからか。その可能性は低そうだが。


 「……卓球も運動が得意じゃないとできないし、合ってるとも思うよ?」


 「でも、もっと体力を使う激しいスポーツの方が似合ってると思うんだ。卓球って正直地味で面白味が少ないから」


 「そうかな?どのスポーツにも個性あって、そのスポーツだから楽しめる特徴もある。卓球だから地味とかじゃないと思うけど」


 「そ、そうか?まぁ、僕もそう思うことはあったけど」


 何か不自然だ。それでいて迎合しているような違和感。一瀬の目には、西園寺という存在が次第に不思議な人物として映り出す。異質な何かのようで、でも答えは見つけられない。胡乱な西園寺のことを知りたいと、既に思わなくなっていた。


 「西園寺くんって不思議な人だね。さっきまで静かだったのに、今は元気な男子って感じ」


 (だから疲れるけど)


 「人見知りだから」


 「慣れてきたら、今みたいにハキハキ話すようになるってこと?」


 「ハキハキ話してるつもりはないけど、多分そうなんだろうとは思う」


 そこはどこにでも居る生徒だ。入学して、誰と話せばいいかも分からず1人机に伏して好機を待つように、西園寺もそれと同類ということなのだろう。


 「最初から誰かを嫌悪する人なんてそんなに居ないし、初めからその調子で接すれば良いのに」


 「それが難しいんだ」


 「慣れると良いね」


 十中八九西園寺の自己肯定感というか自尊心、自意識過剰は解けないだろう。だからそれと上手く接することのできる人を見つけることが第一の目標となるはず。しかし本人がそれが問題だと気づかない内は、どうしようもないのだろう。


 心の底では、西園寺は悪い人ではないのだろうと思い、いつかその魔法が消えることを願っていた。


 「もう寮だ。早いね、会話してると」


 正直やっとか、と思う。けどいい経験をしたとも思って、一概に無駄になったとは言えない。


 「残念だな。一瀬は何階?」


 「私は六階だよ」


 「同じか。ならもう少し話して帰れる」


 その提案に合わせて、意図的だろうか、一瞬だけ手が触れ合った。


 「――っ!」


 それを拒否するかのよう、一瀬の左手は即座に接触を嫌悪した。意識して起こったことではなく、無意識だ。だから一瀬としてもそれは狙ったことではない。


 「あぁ……悪い」


 「ううん。大丈夫」


 気まずい雰囲気が作られる。激しい手の振り方は、まさしく嫌悪の表れであったから、言い訳をしようにも思いつく正解はなかった。だから沈黙。


 しかし時間は進む。エレベーターのボタンを押してから早くも15秒。降りてきたエレベーターが開いて、そこから1人の生徒が出る。無言の時間を経て、2人はエレベーターに乗った。


 六階へのボタンを押したのは一瀬。先に乗ったのだから当然だ。


 「……本当に悪いな。もう少し雰囲気があったら良かったんだけど」


 「……え?」


 「一瀬も緊張してるんだろ?だから素早く手を離したんだろうし、雰囲気も考えて触れないとなって」


 (…………ん?えぇ?)


 本物のナルシストであり、絶対の自信を持った人なのだろうが、次元を超えたナルシストだとは思っていなかった。まさにどこぞの帝だ。自分に触れられて喜ばない者はいないと言いたげなその口ぶりは、流石に一瀬もゾッとしたものがあった。


 「いや……いいよ」


 伝えてやろうかと懊悩したが、ここは我慢の選択が賢いと分かっていたから堪えた。無理に言ってもメリットは少ないのだから。


 もしかしたら一瀬が西園寺を好いていると勘違いしているのかもしれない。そんな自意識過剰も甚だしいこと、有り得そうだと思い始める。


 それからエレベーターは最上階へ。無言が続いてドアが開くと、先に降りた西園寺を追って一瀬も降りる。エレベーターに乗った瞬間、同じ方向の50ある部屋の1つが西園寺の部屋なのだろうと理解はしていた。だが今、更に西園寺のヤバさを知ると、部屋を知られたくないという気持ちも芽生える。


 「それじゃ、私ここだから」


 けれど残念なことに、不運にも一瀬の部屋は6050の、最もエレベーターに近い部屋だった。だから嘘でも逃げられない。


 「あぁ、ここが一瀬の部屋か」


 「うん。今日はありがとう。また明日ね」


 これ以上話すことはなかった。だから止めようと「あっ」と言った西園寺を無視して、一瀬は足早に部屋へと戻った。

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