会話の裏の不快感

 「六辻くんは、中学の頃何か運動してた?」


 相手に聞けば自分も聞かれる。その覚悟はあったので、いつ聞かれてもいいよう一応の答えはある。


 「してないよ。ただ、不健康はストレスになるからって理由で、時々外を走ったりしてたくらい」


 部活してた?という問いなら、きっと口ごもって引きこもりをなんと言おうか考えたが、運動だけならまだ正直に答えれる内容故に気楽に言えた。


 流石に永遠と引きこもって、ご飯食べてトイレするを繰り返す無感情状態を続けていたら死を目の前に迎えそうな気分だった。それに、鬱屈さも募って気分悪く、生きることに目を背けようとする可能性もあったから、走るという行為に忘我しようと行ったのは今では懐かしい。


 「へぇ。でもイメージ通りって感じ。部活とか、自分と合わない性格の人が居るからって避けてそうだし」


 「その通りだよ」


 相手を分析する才能があるのか、それとも偶然当てる才能があるのか。何にせよ正確に当ててくる洞察力は、何も特別を持たないと思う遥には異能力のように見えて感心していた。


 だから珍しく興味が湧いた。単なる数瞬の気まぐれに過ぎないが、それでも憧憬のように映る洞察力を、もう少し知りたくなった。まだ15歳の少年らしく。


 「ねぇ、一瀬さんは今、俺と少し会話してみて、俺の出す感情――喜怒哀楽のどれが当てはまると思う?」


 彼女ならもしかしたらどれが当てはまる答えなのかを見つけ出すんじゃないかと、主観的には分からない無感情故に、客観的に見て分かる一瀬に問いかけた。


 「不思議な質問だね。んーっと……んー……どれにも当てはまらない、かな?」


 答えはやはり、誰が見ても変わりはしなかったらしい。


 無感情の自覚は少しあって、でもそこに何が原因かの緒は見つけられなくて。だからどうにかしようと思うこともなければ、それが悪いことだという一概の思いもない。結局、無感情なのは未だ変化なしかと、他力本願が頼みの綱だった遥は、少しだけ悩むよう蛍光灯に視線を向けていた。


 「そっか。ありがとう」


 「ううん。でも、なんでそんなこと聞いたの?」


 自分のことを話すのが好きな人かと思っていたが、しっかりと気になったことや興味のあることは聞こうとする。一瀬の話の運び方や話の聞き方は、どうも受け身の遥には楽だった。


 「他人によく無感情だって言われるから、今もそうなのかと思って聞いただけだよ」


 他人ではなく、慎也からの唯一の客観的視点によって言われた言葉。そしてこの学校でそれを変えるという目標でもある改善点だ。


 それを聞いて一瀬は、やはりそう思っていたのか一瞬固まってすぐ、笑みを零して言う。


 「ふふっ。そうだね。正直教室に到着して隣に座った時からずっと無表情だったから、関わらない方がいいのかもって思ってたよ。でも、窓の外見ながら退屈そうにしてるのを見て、その横顔が優しそうに見えたから案外そうでもないのかなって。雰囲気はそこまで無感情っぽくないし、関わらないと分からないよねってことで話しかけたんだ」


 雰囲気で人を読むこともある。それは人間が自然と行う値踏みのような行為。遠くからでも相手を見て、その人が自分と関わる上で良いか悪いか、その判断をする。時にその能力が優れている人が居るが、まさにそれが一瀬逢という少女なのだろう。


 「ありがたいよ」


 「いやいや、無理に止めたのに付き合ってくれて、こっちがありがたいよ」


 両手を振って違う違うと感謝の方向を間違えないでと言うが、早速他人と話して自分の気持ちを確かめることができたのは紛れもない事実であり、今後のためなのだから違うことはない。


 結局、自分は未だに全く感情を感じられない、無感情という状態なのは把握できたのだから。


 「ねぇねぇ逢ちゃん」


 相変わらずだな、なんて思っていると、一瀬の前の席に座る女子生徒が突然振り向いて一瀬を呼ぶ。中々盛り上がっていたようだが、一瀬を含めたいほど既に仲は磐石ということだろうか。


 「ん?何?」


 「この後時間あったら行ってみない?ショッピングモールとか」


 遥のことは見えていないよう。というか、話していたとも思ってないようだ。突発的な提案だったのだろう。決まって一瀬のことを見ず知らず話しかけたような流れだった。


 「良いね。行くよ!」


 それに快諾したのは、この機を逃してはいけないと頭を過ったからに違いない。笑顔の裏に、ボッチじゃないという嬉しさが滲むのを見た気がした。


 ならばと、もう用事はなくなったのだから、ようやっと帰宅だとリュックを片手にスムーズに立ち上がる。邪魔をしないよう、ボッチじゃなくなったことにおめでたく思って後ろをスっと。


 「あっ、六辻くんありがと。またね」


 それを逃さないのが、性根の良さを物語る。片手を振ってさよならを伝えてくるので、それに応えて――。


 「うん。また」


 ――遥も立ち止まって返した。


 去り際、ボソボソっと何か話し声が聞こえたが、しかし遥の耳に届くことはなかった。それが良い意味か悪い意味か、どちらにせよどうでもいいと割り切って扉の外へ。


 「ふぅ……」


 吐き出したため息は、誰も居ない廊下に響く。


 「あの視線、何だったんだ」


 そのため息は、実は一瀬と会話を始めてから常に感じていた、謎の視線によって出されたような、小気味悪いものだった。

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