寮に戻ったら
帰路に着き、喧騒から離れると落ち着き始める胸の奥にホッとしつつ、慣れない校舎を1人で歩く。誰かに見られてるわけでも、悪い事をした後でもないのに、背後を気にしてしまうのは自分の不慣れが露呈しないかという杞憂からだ。
憂慮することは無数にあって、正直引きこもりという恥ずかしい過去を知られたくない遥は、気にしすぎないように、そして時々気にするように自分に言い聞かせた。
それにしても、やはり抜けないのは視線の気持ち悪さ。
どこから向けられているのか、それを特定するには一瀬との会話の途中で不自然なく動くことが絶対条件。しかしそんなスキルを持たないからこそ、慎重を選んだ遥は結局見つけられなかった。
恐らくチクチクとして感じたのは前から。でも大半前だし、男子か女子かの区別も視線にはないのだから、むず痒いのは否めない。
特定しないと、という正義感のような気持ちはなく、気持ち悪いという害が現れているが故に処理したいことであった。何故自分なのか。もしかして過去に自分を知る人を密かに送られているのか。数々の憶測が脳裏を駆け巡る。
少なくともそれが、好印象を抱いたから向けられたのではないと分かっている。じゃないと見るだけでなく、接近してその視線の理由を語るだろうから。
悪質にも見るだけ。そしてそれは廊下に出るまで続いた。
「はぁ……初日がこんなにダルいとは……」
せめて睡眠不足でない時に頼みたいものだ。
「帰って寝よう。それが最優先かな」
絶対にそうしようと決めて、遥は何度も何度もため息を吐き出して校舎を出た。
最短で帰るなら、幽玄の名を冠した娯楽施設が見えるが、少し遠回り――校舎の裏側を通れば見えはしない。ここで選択するのは野暮だ。当然急ぐのだから娯楽施設を見ながら帰る最短だ。
既に娯楽施設に目を通していて、マップも頭に入れてあるから興味がそそって足を止めることはない。だから軽々と進む足取りに変化はない。春の陽射しに照らされて、傾きつつある時刻に帰れることは幸せだと、残る怠惰の片鱗が顔を覗かせて足取りを速める。
そしていつの間にか、たった300m程度の距離を歩き終えてしまった。オートロックの寮なため、ササッと鍵を挿して中へ。タイミング良く下に降りて来ている人がいるようで、そのエレベーターが到着する横に立って待つ。
到着しドアが開く。誰かと思えば、先程教室を早めに出て行った眼鏡を掛けた大人しめの女子生徒だ。
幽玄高校の寮は男女別々ではない。これもまた相性によって部屋が決められており、隣が異性になることは十分有り得る。だからエレベーターで会うこともおかしくはない。
身軽そうにも見える女子生徒は、私服に着替えてどこかへ行く様子。急いでる素振りはないし、嬉々として向かう様子でもない。不思議な子だなと思ってすぐ、ドアが閉まる前にエレベーターに乗った。
目的地は最上階の六階。一階二階は2年生、三階四階は3年生、そして五階六階が1年生の部屋。昨年度の卒業生が五階六階だったらしく、3年間同じ部屋の寮は贅沢にも1年生が上という。
実は高所恐怖症の遥には不向きの階である。
着いて歩いて疲れを感じ始めると、思えばこれまた不運なことに、最奥の部屋が自室だったと、一階ごとに100人が住む寮の真ん中にあるエレベーターから降りて、50奥の部屋に歩くのは、心底面倒で疲れる。
だが、手続き等遅れてしまったのは自分の責任なので、文句を言える立場でもないよな、と、歩いて疲れて、それでも不満を一言。
「最悪」
漏れ出るほどの遠さは、夏には地獄だろう。
そんなこんなで着いたのは、教室を出てから7分程度のこと。寮から見える校舎には、流石に生徒たちは見えなくて、娯楽施設もまた見えない。それがなんだか心地良くて、自分は学校に通い始めたのかと、感慨深いものを感じていた。
鍵を探して挿して入室。そして再び気分を悪くする。
然程多くはない荷物。されど荷物はある。ダンボールの中から出してあれしてこれして……想像するだけで嫌だった。
だから制服を脱いで、昨日まとめたタンスから服を取りだして、寝巻きを用意して向かうはお風呂だった。入浴ではなくシャワーでいいやと、もう暖かくて風邪も引かないだろう時期に甘えて、優先は昼寝だと決めてレッツゴー。
久しぶりの学校に、慣れない人たち。あれこれが新鮮だったから疲れを倍に感じた今日。明日が休みで良かったと、それだけは確かに喜べた。
暫時、ドライヤーも終えた遥はベッドにダイブした。
「一旦寝よう……そうしよう」
自分に言うと、睡魔も気持ちよく襲ってくれた。身を任せて寝るのは何日ぶりだろうか。疲れて寝ることはあっても、達成感と共に寝れたのは、きっと初めてだった。
――それから遥が起きたのは18時を少し過ぎた時間帯。思ったより寝なかったな、と思いつつも、すっかり元気の戻った精彩な自分に適応力を感じていた。
「……おはよう」
起きてどこ見ても視界に入るダンボール。お手伝いを呼べる仕様にならないかな、なんて贅沢もほどほどに、このままでは腐ってしまうと言い聞かせて動き出す。
「1時間で終われば良いけど」
隣の部屋に申し訳なく思い、一応防音室のように音は通らないと噂の寮でも、少しの音漏れを気にして気持ちだけ謝罪して作業を始めた。
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