どう思う?

 仕方ないかと思いつつ、右手に持ったリュックを掛け直して座る。正直欠伸を連発することから寝不足は実感していて、実は帰宅してから睡眠も視野に入れていたので、帰れないことを若干悲しがったり。


 「いやー、助かるよ。色々と気にするタイプだから、ワイワイして楽しむには印象って大切でしょ?それに付き合ってもらえるのは感無量だよ」


 「それは良かった」


 「私は一瀬逢いちせあい。よろしくね」


 「六辻遥。よろしく」


 握手を求められているのだろう。伸ばされた乳白色の手を見て綺麗だと思いつつ、そっと握った。今どき握手する人もいるんだと、珍しい邂逅に多種多様の言葉の意味を反芻させられる。


 「六辻くんって呼ばせてもらうけど、六辻くんって、1人が好きなタイプ?失礼だったら何回目かの謝罪をするつもりだけど、そんな雰囲気がしたから」


 一応の配慮というか、蔑みたくて聞いてるんじゃないよと教えてくれるのは善人の性だ。その上で興味を抱いて、頬杖ついて桜しか見ないような変人を、ただの変人とかボッチだったんだろうなと見限って話しかけないのも善人のそれだ。


 それ以上に自分への印象を気にしたのかもしれないが。


 「そうだよ。騒がしいのは好きじゃなくて、慣れようとも思わないから、自分から仲良くしようと動くことはそんなにないかな」


 「そっか。だったら帰ってゆっくりしたかったの、邪魔してごめんね」


 「いや、隣の席なんだし、遅いか早いかの違いだけ。それに話しかけてくれるのは、今言った理由から助かるし」


 受け身が楽だ。自分から向かって失敗して悩み込むより、その懊悩すら持たないよう受け身で居る方が幾分か楽に人生を生き抜ける。時には挑戦や可能性信じて一か八かの勝負を選択することも必要だろうが、大抵は受け身で事足りる人生だ。


 だから正直残念なことも、今後の接触を考えると良かったと思えていた。


 「優しいね」


 「ありがとう」


 否定はしない。彼女――一瀬がそう受けとったのなら、建前だとしても受け止める。謙遜なんて遥にとっては面倒だから。


 「ところで、六辻くんから見てこのクラスどう思う?」


 「どう、って?」


 「可愛い子とかカッコいい子って居る?」


 お前視点ではどう見えてる?ということは、顔面の善し悪しについてらしい。それなら既に決まっている。


 「飛び抜けてって人は居ないけど、多い方なんじゃないかな」


 誰もが共感するその存在は居ないが、精緻な顔を持つ者は多いと感じた。これもまた恋愛に関しているのかと思うが、圧倒的を作らないことで、平均的な見た目に色欲をそそらせたりしているのだろうか。


 「だよね、私もそう思う。相性って顔のことも含まれてるのかな?」


 (やっぱり知らされてないのか)


 「どうだろう。俺には仕組みを理解するのに限界感じてるから、そこら辺の相性についてはまだ理解が進まないかな」


 「恋愛専門って言われるくらいだし、少なくともそういう男女間の相性もありそうだけどね」


 「かもね」


 「あれ、そういうのにも興味ない?」


 取り敢えず何も考えず思うままに発言しているが、それが無感情だったのが引っかかったのか、一瀬はこちらを見て探るように問うた。


 「恋愛は興味ないかな」


 恋愛「も」が本心だが。


 「へぇ、やっぱりそうかぁ。面倒そうだもんね。私もそこまで興味ないんだけど、明日明後日に付き合ってる子たち居たら、流石に私と相性のいい人探すよ」


 ははっと軽く笑って遥と似たように興味のなさそうな本心を見せる。もしかすると、一瀬が自分と相性の良い生徒なのかと思うが、心動く気配は微塵もないから違うと帰結する。


 いや、そもそも相性の良い生徒は唯一居ないから当然だが。


 「それはないんじゃない?出会って2日で、なんて」


 「入寮日が早くて、既に一週間以上の関係なら有り得なくもないよ?」


 「あぁ、その可能性もあるのか」


 遥は昨晩ギリギリの入寮。しかし早い人は4月1日からなので、実はその時点で差は生まれている。隣の部屋の人と仲を深めることは、人によっては容易いのだから。


 「まっ、誰がどうしようと私に不幸がなければどうでもいいけど」


 (間違いない)


 「それよりさ、見てこの髪型。私常にショートカットなんだけど、来た時確認したら私含めて3人しかいなかったんだ。20人も居るのに3人って希少じゃない?」


 黒ではなく茶色の髪色をふさふさと揺すって、ショートカットを見ろと視線誘導をする。地毛っぽいのは根元まで同じ色だから分かる。艶もあって手入れは大変だろうと共感もできないことに感心して言う。


 「そうだね。意外とショートカットは人気ないのか」


 「女の子ならボブとかロングにしたいって子が多いのかも。スポーツとかしないと邪魔じゃないし、髪型変えたり飾れるしね」


 「ってことは、一瀬さんはスポーツしてるの?」


 「どう思う?」


 「してそう」


 「正解。中学はバドミントンしてた」


 初めて一瀬の名前を呼ぶが、新鮮とか恥じらいとかなく、遥らしく無のままに呼んだ。それに気づいたような一瀬は、しかし何も言わなかった。


 「印象に合ってる」


 「そう?」


 「なんとなくだけど」


 「なんじゃそりゃ」


 本音を言えば、握手をした時に、妙に手の皮が厚かったような気がしたのを思い出していたから、テニスとかバドミントンとか、ラケット使うスポーツなのは範囲内だった。

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