帰宅の阻止

 理由は単純で、不必要な相性への干渉を除くためらしい。


 敷地外に出て自由となり、もしそこで全く無関係の人と仲を深めたなら?他校の生徒と交流を持ってしまったら?単純計算で退学含めず600人の生徒が存在するなら、1人くらいその過ちを犯してしまうこともあるだろう。


 そうなれば、折角集めた生徒の相性も全く白紙になる。過去外出が制限されていなかった時、実際起こったこともあって、今では完全に外出は許されはしないのだとか。しかし、それに誰もが納得したから入学しているため、きっと不満を持つ者は今のところ皆無と言っていいだろう。


 「それでは、私の駄弁も退屈しのぎにはなりませんので、本日はここで終わりとします。改めまして、今後ともよろしくお願いします。後日の予定はスマホにて連絡するので、明日からの土日を挟んで月曜日、会いましょう。――では」


 来た時より深く頭を下げ挨拶を終えると、風早は満足したように相好を緩めて退出した。挨拶係は決めてないし、今は初対面が集まる場。無理に号令をする必要もなかったのだろう。


 扉をスライドし、退出した風早。それを目で追って確認した生徒たちは、蝉のように1人が喋り出すと連鎖して話し出す。あっという間に喧騒が戻ると、そこでハッキリと分かれた。


 帰宅せず会話を楽しむ者と、帰宅のために片付けをする者。大きく2つに分けるなら、圧倒的に帰宅の準備は少ない。大半が歓談に興じていて、既に連絡先の交換も行われている。


 隣のクラスからも声が聞こえ始めるのを確認すると、終わるタイミングは変わらなかったようだ。


 (抜け出しにくいな……)


 窓側なら余裕。しかし今は最も廊下に遠い席。そこに行き着くまで、何人の視線を浴びるだろうか。気にすることではなくとも、他人の視線を集め、更には帰るの早いと話題にされるのは好ましくない。


 約2年間の引きこもり生活もあって、客観的にオドオドしたり挙動不審な態度は見せないが、やはり精神面で気にする事はあった。


 何より、そうなれば面倒だと強く思っていた。


 顔こそ真顔で、それはそれは端正に近くも遠くもない優しそうでクールな風采を纏う遥らしく未だ桜を眺めているが。


 (まぁでも……片付けと荷解きあるし、夜はゆっくりしたいし)


 様々なことが過る結果、遥は帰宅を選択した。今でなくても、どうせ会い続けるのだから今日仲を深めなくても今後に支障はないだろう、と。


 決めてからの行動は早い。桜を見終わって背伸びして、見られないよう欠伸をした遥は、机横のリュックに手を伸ばしていた。


 (どうせ誰も盗らないだろうし、置いたままにするか)


 怠惰を極めた元引きこもりは、少しでも楽をしたかった。自室にもペンはあるし、課題も出されてないなら持ち帰る意味はない、と。


 だから渡された教材も、持ってきた筆箱も置いた。置き勉というやつだ。


 そうなると、持ち帰る物と言えばリュックだけ。結局手を伸ばした引き出しの中から取り出す物はなく、ほとんど空っぽのリュックを片手に、席を立った。


 複数の帰宅を選択した生徒も立ち、全く同時のように右斜め奥の教卓付近の女子生徒も立ち上がった。眼鏡を掛けた大人しめの女子生徒。関わることは然程なさそうで、しかし自分と似たような雰囲気だと、客観的に何度も自分を見直してきた遥らしい思いがささっと頭を通り過ぎた。


 「あっ、ねぇ」


 そんな時だった。帰る気満々で、ようやっと外の桜とさようならをした遥に、突然話しかけようとしたのか、こちらを向いて女子生徒が声を発した。


 思わず自分ではないと思ったから、誰もいない背後に顔を向けてしまった。


 「君だよ君。ってか君しか居ないよ?」


 至極当然の反応。そうかと思って、全く間違えたとか思っていない遥は向き直す。


 「あぁ……俺?」


 「そう、君」


 言われた瞬間に、ふと視線は何故か周りへと向いた。彼女の前の席の子はその前の席の子に取られていて、その隣の男子生徒はやはり前の席の男子生徒と話していて、時に右横の女子生徒とも。


 つまり、彼女は遥と同じく話し相手を確保することに失敗したということなのだろう。先程は前の席の子と話していたが、初対面故に続かなかった、ということか。答えは不明だから考えるのをそこでやめ、視線を彼女に戻した。


 「何か?」


 遥の感性や価値観では、整った顔立ちだが美少女とまではいかない、単なる1人の優しそうな女の子である彼女の第一印象を胸に問うた。


 「いきなりごめんね。帰ろうとしたの止めちゃって。その上で更にごめんだけど、早速ボッチになって、初日から友達作れない悲しい人って印象を持たれたくないから、少し私と話さない?仲を深めると思って」


 どストレートに本心をさらけ出したのか、もはや清々しいとまで言える吐露に、思わず冗談かと思ってしまう。だが本気の目であり、両手合わせてスリスリと懇願されては、演技にしては女優を目指してほしいレベルなので、流石に疑いはしなくなる。


 (えぇ……断りにくいな)


 どうしようと迷い、しれっと時計を確認。まだ正午過ぎだったから、そんな長くないだろうと思って遥は決める。


 「……分かった」


 「ホント?!ありがと!」


 きっと中学生の頃は人気の渦中だったろう反応だ。目の輝きが、何度も何度も繰り返して磨かれた人の、絶対に断れなくする瞳のようだった。

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