入学と幽玄高校での生活方法

 遥が桜を見たのは、記憶上では2年ぶりのことだった。満開に咲き誇り、大半が待ち望む程度の普通の高校入学と比べて、全員が入学を待ち望んだ幽玄高校への一歩は、確かに軽かった。


 思い出す記憶の中にある悲惨な過去。それを拭って踏み出したから、もう幽玄高校の敷地内に憂慮のそれらは持っていなかった。ただ1つ、頑張るという簡素な思いを天に伝えて、六辻遥は、教室の最後尾の窓側に座っていた。


 運がいいのか悪いのか、最も好まれそうな席に座って、慌ただしくしたり人の目を気にする感覚――主に羞恥心の欠如した遥らしく頬杖ついて入学式のホームルームを迎えていた。


 思うことは挨拶が短かったという予想外のことへの驚きと、聞いていた通り、1組は男女共に20人、2組は男子15人女子25人、3組は男子25人女子15人、4組は男子10人女子30人、5組が男子30人女子10人の合計200人が1年生という組み合わせに相性が関係していることへの安心。


 聞いていた通りで良かったと、嘘をつかれてないことに安堵していた。同時に――。


 (隣は絶対女子なのか)


 ――席順は出席番号でもなく、完全ランダムでもないらしい。縦列に分け、男女が挟み合うような席順となっているため、やはりこの時期の恋心を考慮した配置なのだと察する。


 そして喧騒に包まれて、全国各地から集められた生徒故に知り合いが皆無と同等の今、誰もが初めましての状況下で担任が来るまで会話が弾んでいる。隣も前も哄笑していて、所謂ボッチという状態に気づいた。


 が、そんなもんだろうと、窓の外で靡いては散らす桜の木を美しいと思って、遥らしくボッチであることを一切気にしなかった。


 そんな時、ようやっと待ちくたびれるほど待った担任が顔を見せる。本当なら慎也が良かったと思う遥だが、理事長がそんな大胆にも担任を務めることは不可能だと十分理解して、入室した担任のために姿勢を正す。


 そしてざわめきも静寂へと切り替わる。


 「どうもどうも、遅れてすみません。入学式で紹介があったように、本日より1年1組の担任を務めさせてもらう――風早優作かざはやゆうさくです。多分3年間私が担任なので、長いお付き合いよろしくお願いします」


 丁寧に一礼して、それに対して生徒たちは複雑な意味を込めて拍手をしていた。雰囲気良さそうで喜ぶ者、物足りなくて不満な者、もしかしたら担任との相性故に一目惚れした者も居たりするのかもしれない。慎也を信じるなら、生徒の青春は誰にも犯せないということから、教師と生徒の相性は無関係だろうが。


 何にせよ、初手の始まり方はそこそこ順調なのだろう。風早の笑顔を見れば、純真からそう思えているのが何となく伝わる。


 「それでは早速ですが、今後生活するに於いて必要となる重要なことを説明します。質疑応答は一旦受け付けないので、気になることがあれば後に私に聞きに来るか、手持ちのスマホでササッと調べてください。――では初めに幽玄高校ついて。幽玄高校は皆さんも知るように、他人と自分との相性によって決められ選別された生徒が揃う学校です。そしてその仲間と共に切磋琢磨し、苦難を乗り越えていく力を高める学校でもあります」


 遥がそうであるように、幽玄高校には過去に訳有りの生徒が集うこともあるのだとか。全員が初対面故に、イジメにあった子や友達を作れなかった子、家族を失って悄然としてしまった子と相性の良い子を集め、今後の成長を促すという言わば救済のような扱いで。


 「そして同時に、積極性や判断力、行動力や思考力を高めるために2つのことに取り組んでいます。皆さんご存知の、月一度の学校行事、そして相性指令ですね」


 聞いた時慌ただしくも暇のない学校生活だろうと思ったきっかけの内容だ。


 まだ月一度の学校行事は理解できる。仲を深めたり、競い合うことで高め合う頻度も向上させることには、排他的な遥でも頷ける。しかし最も気になってしまう相性指令には、流石に首を傾げた。


 「月一度の学校行事に関しては、成績に直結しない単なる親交を深めたり、気晴らしに行うリフレッシュのようなお遊びです。ですが相性指令は全く別です。成績に直結する重要なテストのようなものですので」


 (確か内申点に関わるとか言っていたような)


 全く内容の掴めないことを言われているが、実際は簡単なことだ。それを分からせるよう、風早は続ける。


 「相性指令は、最先端AIにより完全ランダムで皆さんに指令を出すだけの単純なテスト。その指令通りに行動を行い、達成すれば内申点に加点され、失敗すれば減点されます」


 要は自分の持つスマホに、学校側から相性に関してミッションのような指令が下されるということらしい。入学前、遥が慎也から聞いた話では、これが最も今後を左右する鍵となる仕組みだそうで、【誰々と接触せよ】、【休日買い物に出かけよ】などといった簡単で複雑な指令が出されるのだとか。


 「一度受ければ、それを達成してから二週間は次の相性指令は届きません。然程難しくないですが、時に過酷とも思える内容が送られることもあります。その時の皆さんの対応を見ることも、私たちの仕事であり、皆さんの今後のためとなるわけです」


 過去にそれで退学処分となった生徒もいると聞いていた遥は、実はそんなに楽な学校じゃないのでは?なんて、今更感満載の、後悔に近い念を抱いていた。しかし入学したなら果たしたいという思いは何よりも強大。だから後退は選択外だった。


 「ですが、本日は入学式。皆さんに早速指令というわけにはいきませんので、今回はこの相性指令を送ります」


 風早がそう言って、一瞬にして事前に学校とリンクしていた各自のスマホに通知が届く。遥は通知を鳴らさないタイプ故に音はならないが、大半はピコンと音を鳴らしていた。


 そっと慣れた手つきで取り出して、ロック解除からその内容をチラッと。


 【寮にて快眠すること。達成したなら、下のクリアボタンを押すこと】


 (簡単……)


 幼稚園児向けの内容のような可愛らしい指令。快眠できなくともクリアボタンを押すことで達成を得られるのだから、全く難しくなく確実のクリアが得られる内容だ。


 「達成することを期待してます」


 余裕だろう?と、微笑んで好印象を重ねる風早。更に続ける。


 「さぁ、相性指令について最後に1つ、相性指令は他人に見せることは許可されません。スマホを自分以外に向けることは減点対象であり、その判定は皆さんのスマホのAIが行います。もし他人の目が文章に届いたなら、その時は否応なく減点となりますので、十分気をつけてください」


 入学式前、寮で連絡がきていたのを思い出す。AIをスマホにダウンロードしろ、と。それがこのことかと、最先端も進化し続けてることに人間味を感じていた遥。内カメを見つつ若干情けなくも思っていた。


 「以上が、他校と比べて特出した幽玄高校の説明です。続いて寮について説明します」


 この中できっと何人か気になることはあるのだろうが、今風早の説明している内容は、後でスマホで送られるとのことなので、続けることに不満はなさそう。欠伸をする人やそっぽを向く人も何人か確認できていて、飽きと退屈は感じているようだが。


 「寮に関しては、国が完全支援しているとはいえ、私たち教員が監視することもなく、防犯カメラ以外の室内カメラなどは一切置いてありません。なのでプライベートは完全に守られているのでご安心を。ですが注意点はあります。流石にトラブルが起こった際に仲裁ができないことは困るので、通報を受ければ私たちが止めに寮に向かうこと。そして、寮の扉にも親密度を測定するAIを設置しており、親密度80以下の生徒は部屋の所有者の許可なく入ることはできなくなっているので、乱暴にも入らないこと。以上です」


 相性を重要視する以上、完全寮制故にお互いの部屋に行き来することが普通の学校より増えることが予想されるため、他人に渡せる合鍵が4つあり、その代わり誰が訪問してもいいよう不法侵入を防ぐセキュリティが施されている。流石にそれは当然だろうな、と、勝手に知らない人が入られては心底不快な遥は共感する。


 それにしても、入寮したのは先日の夜故に、内装がまだハッキリと思い出せなくて仕組みも理解しないとな、なんて思う。今はもう自宅に引きこもるだけでなく、外に出て活動しないと生きていけない生活になったのだから、懸念点として今後の改善に役立てようと、外を眺めて決めていた。


 「幽玄高校の重要なお知らせと、寮について、大雑把ですが説明は以上です。繰り返しますが、質問は後に私か手元のスマホに、スマホで幽玄高校専用のアプリから調べる方が手っ取り早いので、オススメはそちらです」


 そうしてほしいとも言いたげだが、来てほしいとも思っていそう。仲を深めたいのは何も生徒だけではない。これから3年間同じ担任なら、生徒と歓談できる仲になるに越したことはないのだから。


 「では最後に、もう何度も目を通し、更には行ったこともあるという人もいるかもしれませんが、この幽玄高校の敷地内には動物園や水族館、遊園地やショッピングモールなどがあります。娯楽施設も多数あるので、気休めにも自由に利用してください。一般の方の邪魔にはならないように、ですが」


 最も幽玄高校の異彩が際立つのが、間違いなくそこだろう。敷地内にある施設は全て利用可能。更には一般客も大勢やって来るという、学校にしては似合わない不適合の規則。それを許されているのだから、入学前から不審に思う者もある程度居るらしい。


 流石に幽玄高校と寮からは、関係者以外立ち入り禁止の看板を基準に中々の距離離れているが、埋立地の上に建てられている以上、同じ敷地にそれらの憩いの場があるのは普通ではない。


 (ホント、変だよな)


 桜の奥に見えたりする……ことはなく、教室からは見えないが、寮に帰宅途中見えるのは少し誘惑される。何とも勉強の害となる建て方をしたものか。


 テストは期末試験があるだけで、中間テストもなければ小テスト抜き打ちテストもないのだとか。相性の善し悪しが判断基準なのは、やはりと言うべきか、そして助かったとも言うべきか。


 とまぁ、様々なことを娯楽施設によって考えさせられるが、それを利用する権利を与えられる理由を知る生徒たちは納得するしかなかった。


 なんせこの幽玄高校、修学旅行などなく、幽玄高校の敷地内から外出することは決して認められないのだから。

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