いいわけ

一河 吉人

第1話 いいわけ


 放課後の国語準備室には、珍しく文芸部の部員が勢揃いしていた。


「では、被告人・檜山刻人こくとの不貞行為についての審理を開催します」


 判事訳の西園寺・ヴァン・デル・カンプ・蝶々先輩が謎ハンマーをカツカツと台座に叩きつけた。まずい、あんな小物まで用意して準備万端、西園寺部長は俺を締め上げる気満々のようだ。


「えー、被告人は源田克帆かほという恋人がありながら、他の女性ともよろしくやっている疑いがあります」


 右手側、原告席で分厚い資料を手に仁王立ちした同級生の見坂颯希けんざかさつきが、早速熱弁を振るった。その隣に座った源田は、潤ませた目を俺に向けていた。


「裁判長、証拠Aを提出します」


 先輩の後ろのスクリーンに、一枚の写真が映し出された。若い男女が仲良く腕を組み、ショッピングモールを歩いている。


「死刑! 閉廷!」


 カツカツン、と先輩がハンマーを鳴らす。


「いやいやいや!!」


 俺は抗議の声を上げた。


「早すぎる! 横暴だ!!」

「何か不満が? もはや事実は明らかでしょう」

「あんたね、この写真見てまだいいわけするつもり?」


 源田克帆モンスターペアレンツが俺を責め立てる。


「確かに、この写真は事実だ」

「死刑!」

「だけど! これはそういうんじゃない。誓ってもいい」


 俺の講義に、弁納がたじろぐ。


「そ、そういうのって、どいういう……?」

「恋人とか、そいうのだ」

「裁判長! 当方も被告人の言葉を支持します」


 左手、弁護人席に座った弁納悟子べんのうさとこが椅子を鳴らして立ち上がり、勢いよく挙手した。


「二人は恋人などではなく、身体だけの関係です!」

「死刑!!」

「弁納テメェェエエエエ!!!!」


 俺は弁護人席へと突撃し、弁納の小さい頭部を万力に掛けた。


「ギブ、ギブ」

「ギブ、じゃねーよ!! 一応俺の弁護人だろうが、何だ今の発言は!!」

「静粛に。 被告人は証人台へ戻りなさい」


 先輩がハンマーを鳴らす。


「いいか! 次変なこと言ったら解任だからな!!」


 俺はしぶしぶ罪人を開放し、部屋の中央に戻った。便納のアホは涙目でこめかみを擦っていて多分話聞いてない。


「……では、被告人とこの女性との関係は?」


 裁判は踊れども、原告側の追求は続く。源田が、固唾を飲んで俺の答えを待っている。


「……それは、言えない」


 俺は源田から目を逸らすしかなかった。


 そう、言えるわけがない。


 あの女が、誰かなんて。


 あんな年甲斐もなく露出した若作りのミニスカ女が、俺のかーちゃんだなんて!!!!


 くそっ、だから嫌だったんだよ! この年で一緒に買物ですら厳しいのに、無駄にベタベタしやがって! 「アタシもまだまだ……」じゃねーんだよ!! 隠し撮りでも隠せない目尻のシワが動かぬ証拠なんだよ!!!!


 とてもじゃないが、あんな痴女が実の親だと言えるわけがない。裁判所に離婚理由として持っていけば一発OKが出るだろう。源田にも、何を言われるか。


 ……だが、このまま、黙秘したままでは源田の心に疑いの雲を生んでしまう。一体どうしたら……。


「裁判長! 被告人は都合の悪い証言を拒んでいます!」

「そうですね、死刑」


 無罪か死刑しか出さない、これがデジタル裁判か。


「だが、言えないものは言えない」


 俺は断固拒否の姿勢を貫いた。浮気疑惑は土下座で住むかもしれないが、恥ずかしい親類は切腹しても取り替えられない。原告側もそれ以上の証拠は出せず、審理は千日手に入った。


「裁判長、提案があります」


 弁納が謎の金属製ヘルメットを取り出した。電極やら電球が沢山付いてる、映画の洗脳シーンに出てきそうなアレだ。


「科学部から新型の嘘発見器を借りてきました。これでけりをつけましょう」



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



「以降の質問は、全て『はい』か『いいえ』で答えてください」


 西園寺先輩が取説を片手に語りかける。


「あなたの名前は檜山刻人ですか?」

「はい」


 ピコーン、とヘルメットの電球が光る。少し眩しい。


「……年齢は、18歳ですか?」

「はい」


 ブブーッ。


「年齢は、17歳ですか?」

「はい」


 ピコーン。


「誕生日は、7月3日」


 見坂も質問で性能を確かめてくる。


「はい」


 ピコーン……もしかしてこの電球、脳波がどうとかではなく正解を知らせるためだけについてるのか?


「あなたは、克帆の恋人ですか?」

「はい」


 ピコーン。ふふ、どうだ。


「身体だけの関係ですか?」

「弁納テメェエエエ! 変な質問してるんじゃねぇよ!!」

「静粛に」


 先輩はハンマーをブンブンと振ったが、台座が無いので静かなものだ。


「質問を変えます。写真の女性とは、恋愛関係ですか?」

「いいえ」


 ピンポーン! という効果音とともに、頭の電球が輝く。


「くっ……」

「そんな……」


 原告側はともかく、裁判長が悔しがったらそれはもう裁判では無いと思う。


「身体だけの関係ですか?」

「弁納ォォォォオオオ!!!!」

「間違えました。あの女性とは、肉体的な関係はありませんね?」


 おいおい、女の子が肉体関係とか……と思ったが、これは重要な質問だ。俺はもちろん、自身を持って答えた。


「はい」


 ピンポーンという音を、俺は満足しながら聞いた。これで決定だ、俺は無罪だ。


「あの女性と、裸で抱き合ったり一緒にお風呂に入ったりおっぱいを飲んだりはしていませんね?」

「弁納ォォオォォオォオオオォオォォォォォォ!!!!!!」


 お前実は全部分かってるだろォォォオオオ!!!!


 人民裁判は続き、俺のいいわけは空を切り、結局全てを洗いざらい喋ることになった。 

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