第3話

 第三日


 彼女といると、なんだか自分の扱いに困る。

 自分が思う以上に彼女のことを心配していたりする。彼女に対して、過剰に反応しているんじゃないかって思う。

 けど、彼女といてそこまでどきどきしたりは、なぜかしない。彼女を、どうしようもなく、好きと自覚しているのに。

 それは、多分彼女といると、なんとなくなつかしいような気がするからだ。

 そもそもなんでほぼなにも知らない、二日前に出逢った彼女に、ここまで想いを寄せてなつかしさを感じるのだろう?

 自分がわからないというよりも、ピースがいくつかたりていない感じだ。

 そんなことを、ぼーっと考えながら、今日も浜辺に向かう。

 やはり、今日も同じ夢を見た。

 いつもと違い、ぼやけた景色を覚えている。

 それは、目の前に人がいるのと、その後ろに広がる緑の風景。

 どうして繰り返しこの夢を見るのかはまだ全然わからない。


 いつもの浜辺が見えて、俺はたち止まってしまった。

 初めて逢ったときと同じように彼女がたっていて、横顔が見えた。その横顔が、あまりにも綺麗だった。悲しそうに遙か遠くを見つめるその顔は、どこか憂いをおび、儚げだった。

 俺は、急に彼女の元へ駆け出した。

 彼女に出逢ってから、俺の体は俺の意思より先に動き出すようになってしまったみたいだ。

 砂にちょっと足をとられながらも、必死で駆ける俺の足音を聞いて彼女が振り返る。その彼女を俺は抱きしめた。

 彼女は俺の胸の中にすっぽりとおさまった。

 抱きしめた時にやっと、ここまで必死に駆けてきた理由に気づいた。

 彼女を失うかもしれないと、どうしようもなく不安になったのだ。

 出逢ったばかりの、名前しか知らない彼女と突然逢えなくなるのは別に不思議でもなんでもない。

 でも、そういう単に逢えなくなるとかじゃなくて、失ってしまう気がしたのだ。なにか得ていたわけでもないのに、失うのが怖くて仕方なかった。

「どうしたの……?」

 しばらく俺に黙って抱きしめられていた彼女が、そうつぶやくようにいった。

「君を失うような気がしたんだ」

 俺はそういった。彼女は理由も聞かずに、黙ったまま俺の背中に腕を回した。

 俺たちはしばらく、ただそうやって抱きあっていた。

 水を抱いているようだった。

 確かに彼女はそこにいて、俺は彼女を抱いている。彼女の体は、最初に握手をした時の手のひらのように冷たく、抱いている実感がなかった。

「失いたくないと思ってくれるのなら……」

 彼女はそこで、俺の顔を見上げた。

「私のことをちゃんと見て、ちゃんと感じて」

 そういう彼女の顔を見つめていると、彼女が顔を紅くしていくのがわかった。見つめあうことに耐えきれなくなったのか、こらえ切れないというように彼女は顔を背ける。

 そんな彼女を俺はたまらなく愛おしいと思う。

 俺は、彼女の顔をのぞきこもうとするが、反対方向に顔を背ける彼女。

 背中にあった手の感触が消え、彼女は身をよじり、俺の腕の中から逃れようとする。

「ちょっと、離して。なんか恥ずかしくなってきた」

 そういう彼女がなんだか、かわいくて仕方なくて、俺はさらに腕に力をこめた。彼女の体と俺の体がぴったりと重なる。

 しかし、彼女の胸のふくらみを感じて、俺のほうがなんだか恥ずかしくなったきてしまった。

 彼女が嫌がっていないかと下を見ると、彼女も俺を見上げている。

 彼女の顔がさらに紅くなっていく。それと同じように俺の顔も紅くなっていっているだろうことが簡単に想像できた。

 俺は腕を彼女の背中から離し、顔をうつむき加減にして、ごめん、といった。

 彼女をちらっと見ると、首を横になん度も激しく振っていた。

「そんなに激しく振らなくてもわかるよ」

 あまりにも激しく首を振る彼女がおかしくて、俺は笑いながらそういった。

 首を振るのをやめた彼女は笑っている俺を見てつられたのか、くすくすと笑った。

 ひとしきり笑ったあと、俺はあることを思い出した。

「そういえば、今日花火大会があるんだよね。暇だったら、一緒にいかない?」

 俺は、つとめてなんでもないことのようにいった。

「花火大会?」

 首をかしげる彼女。

「電車だけでも、三十分ぐらいかかるし、人も多いいけれど、すっごい綺麗らしいから一度誰かといってみたいなって思っていたんだ。どうかな?」

 うーん、としばらくうなった彼女は、ようやく口をひらいた。

「すっごくいきたいんだけど、あんまりここから遠くにはいけないんだ」

「なんで? 親がうるさいとか?」

 まぁそうゆうとこかな、とあいまいに彼女はいって美しい髪を指に巻きつける。

 内心かなり落ちこんでしまった俺だけど、それをさとられないように明るく、

「それじゃあ仕方ないよね」

 といった。

 彼女は、海のほうを向いてすとんっと腰をおろすと、つぶやくようにこういった。

「漱くんと、花火見たかったなぁ」

 その言葉は、あまりにも切実にひびいた。

「見れるよ」

「でも……」

「遠くにいけないんなら、ここで花火を見せてあげるよ。花火大会みたいにすごいのは無理だけど、手持ち花火や、ちょっとした打ち上げ花火ならどこにでも売ってるし」

 そういって、提案したのはいいけれど、そんな花火で喜ぶのは中学生くらいまでなんじゃないかと思い直す。

 しかし、俺のそんな心配は杞憂に終わる。

 彼女がたち上がってやったーと、嬉しそうな声を上げたからだ。

 夜八時にここに来ることを約束した後、俺たちは別れた。

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