第2話
第二日
また、同じ夢を見た。
そして、昨日なんで海にいったのかを思い出す。
それにしても、なんでこう同じ夢を毎日見るのだろう?
また同じ時間に、俺は浜辺に向かう。
昨日、逢う約束はしなかったけれど、今日も彼女にちゃんと逢うことが出来る気がしていた。
だけど、昨日と同じ場所についても彼女はいない。
待っていたらくるかもしれないと思い、俺は砂浜に腰をおろすと、なん度も見る夢について考え出した。
いつも起きたときに同じ夢を見たと思うのに、俺はその夢の内容をほとんど覚えていない。
かろうじて、誰かと約束をする夢という認識があるだけだ。
大事なことのような気がするからちゃんと思い出したいのに、思い出せない。
「漱くん」
背後からの声を聞いただけで、誰だかすぐにわかった。彼女の歌うような綺麗な声は、すぐに忘れられるようなものではない。
振り向くと彼女は俺のすぐ後ろにたっている。
「なにを考えていたの?」
「え?」
俺がまぬけな声を出すと、彼女は鈴の音のように笑い、俺のとなりに腰をおろした。
「私が声をかけるまで気づかなかったでしょ? 静かに近寄ったわけでもないのに」
俺は、あぁといいながらうなずいて海を見つめた。
「夢のことを考えていたんだ」
少し間があいて、俺はなんとなく彼女に話してみようと思い口を開く。
「ここ最近同じ夢を毎日見るんだ」
「ふーん。どんな夢?」
「よく覚えてないんだけど……。どこかで誰かと大事な約束をする夢なんだと思う。誰とどんな約束をしたのかは、全然覚えていないんだけど」
「そうなんだぁ……」
彼女は夢に悩まされる俺のことをかわいそうだと思ったのか、すごく悲しそうな顔で俺を見た。
「たかが夢だよ。きみがそんなに悲しそうな顔をする必要ないよ」
俺がそういうと、彼女は血相を変えて慌てていう。
「たかが夢なんていわないで!」
俺は、彼女のあまりの迫力に一瞬ものをいうことが出来なかった。
はっとした彼女は一度目を閉じると、落ち着いた声でつけたした。
「ひょっとしたらなにか大事な意味があるかもしれないじゃない」
「大事な意味?」
「そう! なにか引っかかることとかない?」
俺は少し考えてみた。
それを彼女は、神妙な顔でじっと見つめる。
あまりにもじっと見つめるもんだから、なんだかどぎまぎして考えることもまともに出来ない。だから、あまり彼女のほうを見ないようにと気をつけてみるが、ちらちらとつい彼女のことを見てしまう。
ちらっと見ては、はっとして、また考える。
それを続けているうちに、なにを考えていたのかあいまいになっていって、ついに、彼女の顔に見とれてしまった。
見ていると、つくづく彼女は綺麗だと思った。
一種悪魔的というか、普通の人とは比べものにならない魅力が彼女にはある。
「ちゃんと考えてる?」
俺がぼーっと彼女の顔を見て、きっと、鼻の下なんかのばしていたからだろう。彼女の声は、ちょっとおこっていた。
「も、もちろん、考えてるよ」
そういったものの、その声に説得力はなく、彼女は疑いの目を俺に向けている。
そうだ俺は、夢についてなにか引っかかることがないか考えていたのだ。今度はちゃんと真面目に考えようと決心し、俺はうーんとうなり出した。
「強いていえば、意味もなく胸騒ぎがしたんだよね」
夢についていえば、ほとんど覚えていないわけで引っかかることなど思いあたるはずもなく、なん度も見ているということも話した以上、無理矢理ひねり出した言葉だった。
こんなことなんの意味もないと思っていったのに、彼女は思いの外真剣で、目が先をうながしていた。
「幼い頃から、ちょくちょく見ていた夢で、今まではなかったのに、ちょうどきみに逢った日のなん日か前から毎日見てて、逢った日には、なんだか胸騒ぎがしてたんだ」
話し終わった俺から目を離し、なん度かうなずくと、彼女はいった。
「やっぱり、なにか大事な意味があるって。だいたい、同じ夢をそんなに見てる時点でなんかありそうな気がするじゃない」
俺が、そうかなぁ?という目で彼女を見ると、彼女は力強くうなずいた。
「だから、その夢のこと大事にして」
それが、心からの願いなんだというふうに彼女はいった。
俺は彼女の目を見て、深くうなずくことにした。
それからは、俺が他愛のない話しをして、彼女が笑っているという感じだった。
今はなん時だろうか? そろそろ一時間ぐらいたったんじゃないか、とぼんやりと俺は思いながら話しを続けていた。
すると、
「うっ……」
と短くうめいて、彼女は胸を押さえた。
そして、大きく息を吐いて、大きく息を吸う。息が荒い。
「だ、大丈夫か?」
突然のことにあわてた俺は、ただあたふたと彼女のようすを見ていることしか出来なかった。
「うん、大丈夫だよ」
息を整えた彼女は、なにごともなかったように俺に笑顔を向けていった。
「本当に大丈夫なのか?」
大きくうなずき、ほほえんだ彼女は、俺の顔を見つめながら
「本当に大丈夫だよ。だから、そんなに心配そうな顔をしないで」
といった。
「でもなんだか、疲れちゃったから今日はもう帰るね」
少し間を開けてそういった彼女はたち上がる。
それにつられてたち上がった俺の顔を見た彼女は、顔を曇らせた。
「もう、そんなに心配そうな顔をしないでっていってるでしょ」
そういって、彼女はほほをふくらませた。
そんな顔も美しいと思いながら、自分ではそんな心配顔をしているつもりはなかったので、自分がどうしてここまで心配するのかが、不思議だった。
「家まで送るよ」
そういったけれど、彼女は首を横に振った。
「本当に大丈夫だから、心配しないで、じゃあまたね」
そういいながらほほえむと、彼女は駆けていった。
途中一度振り向いて俺に大きく手を振ると、後は振り返ることもなく砂浜の向こうへ走っていってしまった。
あれだけ元気に走っていったのだから、本当にたいしたことはなかったのだろうと、俺は思うことにして、尻についた砂を手で払う。
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