第4話
俺は家に着くと自転車に乗り、花火を買いに出かけた。
近くの大型スーパーまでは自転車で約二十分。
急いで買いにいく必要はなく、夜まで時間はたっぷりあるというのに、ペダルをこぐスピードが自然に上がっていった。
スーパーの花火売場に着いて、花火の種類の多さに俺はしばらく呆然とたちつくした。
二人でするには、どれくらいの量がちょうどよいのだろう。
花火は去年もやった。
学校の男友達とそいつらが呼んだ女子と、計六人で、花火をした。
その時は、俺の友達が代表で花火を大量に買ってきて、みんなでやるんだからこんなものなのかなと思っていたのに、花火をし終わるのにかなり時間がかかった。
今回は二人だから少なくて問題ないよな。
そう思って、俺は打ち上げ花火類がはいったのを一つだけ買って、夜に備えることにした。
夜が待ち遠しかった。
時間がくるのが待ちきれなくて、三十分も前に家を出てしまう。
いつもの場所に着き浜辺に腰をおろし、となりに花火の袋とチャッカマンやろうそくをいれたバケツを置いた。
浜辺で海をぼーっと見ていると、五分もしないうちに砂を踏む音が聞こえ、その方向を見ると彼女がこっちに向かって歩いてくる。
俺がたち上がって、ぱんぱんと尻の砂を払い、彼女が近くにくるのを待った。
「これはなーに?」
近くに来た彼女は、俺のとなりにある袋を指差し首をかしげた。
「これ?」
俺は、同じものを指差し確認する。
まさか、花火を初めて見るのか?
彼女の顔を見ると、大きくうなずいている。
「花火だよ。もしかして初めて?」
「これがあの花火なの!?」
興奮した声でいう彼女はさらに続ける。
「お空にばーんと大きくてとっても綺麗なお花を咲かす、あの花火なの!?」
そういって目を輝かせ俺を見る彼女に、違うなんていいづらかった。
「厳密には、あれの小さい版というか、手で持って出来るやつというか……」
彼女をがっかりさせたかもしれないと、顔をうかがうと、きらきらした瞳はそのままだった。
「手で持って出来るの? すごいね! 危なくない?」
今どき手持ち花火も知らないなんてめずらしい子だなぁと思いながらも、こんなに楽しそうにしてくれるとは思わなかったので、なんだか自然と口元がゆるんでしまった。
「とりあえず、してみよう!」
そういって、俺は花火の準備を始めた。
火を消すための水をバケツにくんできたり、袋から花火を出して取りやすくしておく。
彼女は、俺の後ろをちょこちょことついてきたり、やっていることにいちいち感心していた。
とりあえず、打ち上げ花火をしてしまおうと離れたところに、まずは花火の筒を一つ置いた。
この時も彼女は俺の後についてきていた。
打ち上げ花火にはチャッカマンで火をつける。
火がついた瞬間、俺は他の花火が置いてあるところまで走った。
彼女もよくわからないなりに走ってついてくる。
振り返ると、ひゅ~~~ん、ドーン! と花火が上がった。
それと同時に彼女が短い悲鳴を上げた。
なにごとかと彼女を見ると、彼女はてれたようにちょっと笑うといった。
「あぁ、音にびっくりしちゃった。でも、綺麗だね」
それから、花火に次々と俺は火をつけていく。
彼女が火をつけについてきたのは、最初の一回だけで、後は出番を待っている花火の横にたち、俺が花火に火をつけるのをまだかまだか、とまっていたのだった。
彼女は花火が上がるたびに、綺麗だといい、子どものようにはしゃぐ。
打ち上げ花火も底が着き、俺たちは手持ち花火をすることにした。
ろうそくを砂の中に突き刺し、火をつけると、彼女に一本手持ち花火を渡す。
自分も花火を一本持ち、ろうそくに花火の先を近づけ火をつけた。
そのようすをじーっと見ていた彼女は、火がついたときのシュッという音と火花に驚いてキャッと悲鳴をあげ飛びのく。
俺はそのようすを見て、ついくすくすと笑ってしまった。
「笑わないでよ」
笑い声を聞いて、彼女は少しすねたような声を出す。
ごめん、ごめんといいながらも、なお笑ってしまっている自分を隠そうともしないで、
「きみもやってみなよ」
と俺は彼女に、花火に火をつけるようにうながした。
けれども、彼女は火をつけようともせず、俺の顔を真剣に見つめてなにかいいたそうだ。
「……?」
どうしてそんなに俺を見るのかもわからず、とりあえず彼女を俺は見つめ返した。
「私の名前、忘れちゃったの?」
唐突に、しかしあまりにも真剣に聞く彼女。
「ことねだろ? 別に忘れてはいないけど」
俺のその言葉を聞くと彼女はほっとしたように、顔の緊張をゆるめた。
「そう。全然名前呼んでくれないから、また忘れられちゃったかと思っちゃった。ちゃんと名前で呼んでね」
そう笑顔で話しかける彼女に俺はうなずく。
変なとこにこだわりを持っているんだなぁ、とぼんやり考えながら、火花の出なくなった花火をバケツの水のなかにつっこんだ。
もう一本花火を手にし、ろうそくの前に中腰になっている彼女を見ると、彼女は花火の先をろうそくの火につけたり、離したりしている。
「火から離したら、花火に火がつかないよ」
彼女のとなりにたってそういうと、そのままの体勢で俺を見上げた彼女はいった。
「だって、火がつくのなんだか怖いんだもん。熱そうだし」
してみたいけど、ちょっと怖い。そんな子どもみたいな顔が、あまりにもかわいくて、なんだかおかしくなって、くすっとまた笑ってしまった。
その顔を見て、
「また、笑ったぁ」
とまたまた彼女もすねた声を出したのだった。
「なにも怖くないから、火、つけてみなよ」
そういっても、彼女はつけようとしない。
自分がつけることで、なにも怖いことなどないと証明しようと思い、手に持っていた花火に俺は火をつける。
今度は悲鳴など上げずに花火に魅いる彼女は感嘆のため息をもらす。
花火の光に照らされた彼女が綺麗で、自分の花火に火をつけてみなというのも忘れて、俺は彼女の顔に魅いってしまった。
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