第33話【シールがおまけかお菓子がおまけかわからんな】

「あー食った食ったー。歩美あゆみ、、あとで電車の中で食べそびれたお菓子貰うなー」

「え、まだ食べるんですの?」


 夕食後。別荘のリビングでのこと。

 満足気に自分の腹を小狸みたいに叩く篠田に、璃音りおんが呆れるのも無理はない。

 何せコイツは昼に駅前の店で買った特盛海鮮丼を二つ。おやつにはスイカ割りで使った大玉スイカをほぼ一人で平らげ、ついさっきまでの夕飯では100グラム5000円はするであろう高級牛肉を使った焼肉に舌鼓したづつみしていたばかりなのだ。璃音でなくとも呆れるというもの。


「何言ってんだ。風呂上りに食べるお菓子がまたギルティな味がして美味いんだろうが」

「しーぽん、昔っから寝る前に何かつまむクセがあってさ。お菓子なんて全然可愛い方で。いつだか私が家に泊まりに行った時、夜中の12時にホットケーキ焼いて家族全員で食べてた」


「それはもはやつまむ領域超えてますわね......」


 激しく同意。

 

「私が用事で急遽行けなくなった時のヤツか~。一緒に罪深きホットケーキ食べたかったな~」

愛衣あいがいたら二人で分け合って食べたのに。あれで私の体重3キロも増えて、減らすの大変だったんだから」


 単純計算すれば、今日食べた夕飯の高級牛肉の塊がそのまま浅川の体重にプラスされただけの話。

 背が高く線の細めの篠田なのだから、そこまで気にする必要はないと男の俺が思っていても、女子にしかわからない特有の何かがあるんだろうな。理解できん。


「いいなぁーしーぽんさん。ウチは寝る前に何か食べるの原則禁止にされてるから羨ましいです」

「ウチじゃなくて紅葉もみじだけな」

「紅葉ちゃん、過去に何かやらかしちゃった感じ?」


 ソファの一角であぐらをかく日向ひなたが我が家の夜食事情に食いつく。


「小学生の頃、シール付きのウエハースにハマった時期があってな」

「ちょっとお兄ちゃん!?」

「一度湧いた日向の興味からは逃れることはできない。諦めろ」

「ウケる! 私、鮫か特定の日時に出て来る化け物的な存在と同格に扱われてるんですけど~♪」


 ケラケラと笑う度に日向のポニーテールが大きく揺れ、食後の余韻を楽しむ璃音と浅川も俯いてクスクス笑いを堪えるのに必死だ。


「お年玉使ってまでケース買いしたんだ。そこは別に自分の金だから、何に使おうが個人の自由なんだが――お菓子って、意外と賞味期限短いのあるだろ」


「確かに。特に甘い系は早いと1・2ヶ月で切れるのあるから気を付けないといけないんだよ」


 何か思い当たる節があるのか、浅川が強く頷いて肯定する。

   

「ウエハースもその例に漏れなかったんだよ。最初は毎日地道に消費していったみたいなんだが、買った量は2箱・100個分」

「うわ~、結構あるね」

「練乳かけたり味変を試みても、賞味期限最終日の段階でまだ30個近く残っててな。で、追い詰められた紅葉は深夜11時過ぎ。真っ暗闇の自分の部屋で泣きながらひたすらウエハースを食べてた」


「その話はもういいでしょ! 食べ物を粗末にするとお母さんから呪われるって聞かされて

たから、私なりになんとか頑張って完食しようと思った結果なの!」


 あんまりしつこいと紅葉に嫌われてしまうのでこの辺にしておこう。

 せっかくのクラスメイトとの旅行中に口を聞いてもらえなくなるのは兄として辛いし、何より周りに俺たちのつまらない兄妹喧嘩で迷惑をかけてしまうのは不本意だ。

 食後の与太話はここまで。


「なるほど。紅葉さんが夜食を食べない理由には、そのような暗い過去をお持ちだったからなのですね」


 深刻そうな表情で語る璃音だが、単に紅葉が深夜にお菓子をバカ食いして母さんに怒られたって話なんだよな、コレ。


「でも紅葉ちゃん凄いね。未成年で大人買いとは将来きっと大物になるよ~」

「えへへ」


 日向よ、危うく若くして大物じゃなく太物デブになりかけた妹に迂闊なことを言うんじゃない。

 紅葉も後頭部に手を添えて満更じゃないみたいな顔をするな。

 あの事件の第一発見者である俺にとっても軽くトラウマだってことは前にも言ったはずだぞ。


 その後も各家庭の食事情だったり、最近流行りのお菓子について盛り上がれば、時間は既に夜10時直前。

 話し好きな女性陣は放っておけば本当にいつまでも喋り続けてしまう。泳ぎ続けなけれ

ば死んでしまうマグロか。

 文句を言われながらも、俺は早く風呂に入ってくるよう促す。


 この別荘の風呂は床以外が全面ガラス張り仕様。

 2階で虹ヶ咲家の敷地内ということもあって覗かれる心配もなく、開放的なスペースの中で入浴を楽しむことができる。おまけに浴槽も我が家とは比べものにならないくらい広く、脚なんて余裕で伸ばせる。


 そんな快適癒し空間に女性陣は篠田と浅川の腐れ縁コンビ、璃音・日向・紅葉組に分かれて入浴。

 男の俺が広い浴場を一人で占領することに申し訳ない気持ちを持ったのは、ほんのひと時。


『私たちのダシがたっぷり染み込んだお湯、くれぐれも飲んじゃダメだからね』


 と日向から悪戯顔で念を押され、なんとも恥ずかしい想いで浴場に向かう。

 ――結局、日向の言葉が気になってあまり湯舟に浸かることができず、せっかくの絶景を楽しみながらの入浴とはいかなかった。

 

「ん?」


 風呂から上がり、キッチンの冷蔵庫から炭酸水を取り出し自室に戻る途中。

 とある部屋の一角の大きく開かれた扉から灯りが漏れていて、気になって前を通りがてら確認する。


「......あ、お帰り~。こっち来てみなよ〜。星が綺麗だよ~」


 手招きされるがまま、俺はバルコニーで空を眺める日向の隣に並び見上げた。


「ホントだ。こりゃ凄いな」

「でしょ~。私、特に星が好きってわけでもないけど、さすがにこれは見惚れてちゃうね」


 夏の夜空に浮かぶ星々に、日向がうっとりした横顔で頬杖をつく。

 化粧の落ちた日向は、普段よりほんの少し幼く、童顔に見える。

 元が良いのでこっち方面でも男子の人気は出そうだ。


「他のみんなはどうした」

「多分璃音ちゃんの部屋でスマホのゲームでもしてるんじゃないかな。しーぽんは夢の中だろうけど」

「なんだ、あいつもう寝たのか。夜食でお菓子食べるって息まいてたクセに」

「寝る子は育つって言うじゃない」

「とても成果が出てるとは思えないが」

「その言葉、明日のあさイチでしーぽんに伝えとくね」

「勘弁してくれ。うるさいのはセミの鳴き声だけで充分だ」


 波の音と森から聴こえる微かな虫たちの鳴き声に包まれる、夜の静寂の中。

 俺と日向の笑い声がひときわ響く。


「了解――でも黙っとく代わりに、ちょ~っと私の話しに付き合ってくれない?」



         ◆

 ここまで読んでいただきありがとうございます!

 私事ではありますが、現在開催中のG’sこえけんに今年も参加しています。

 現状はボイスドラマ部門のみの参加で「河川敷でエロ本を拾う。失くす。そして隣の席の雛月さんの様子がおかしくなる。」という作品です。

 宜しけれ是非応援の方をよろしくお願いします!m(_ _)m


https://kakuyomu.jp/works/16817330659093879864/episodes/16817330659229676799




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