第7話 徒然なるに藩士(3月26日)

 三月は毎日更新を続けると特典があるということで、走り続けているのだが、こういう時に限って色々な予定が積み上げられて四苦八苦としてしまう。

 異動に伴う歓送迎会や取材をこなしつつ、なけなしのストックを消費して何とか食いつなぐ日々。

 弓折れ矢尽きという言葉が未だによぎる中で、それでも必死に執筆するのは一縷いちるの望みを持ち続けているためである。

 そのような望みは犬にでも食わせておけばよいと言われてしまいそうだが、動物虐待になりかねないので止めておこう。


 ただ、こうやって締め切りに追われるという生活が嫌いかといえば、実は非常に気持ちが入って活き活きとするため大好物といえる。

 KACでの創作も同様であるのだが、何か一つ制限を受けた環境の方が言葉が進むようだ。

 動画についても企画に参加する場合には独特の高揚感があるのに対し、自主作成の動画はどうしても後回しになってしまう。

 そのせいで塩蔵された一年前の動画データがあるわけだが、そろそろお焚き上げをせねばなるまい。

 締め切りに追われるなど仕事の上では大きな恥であるが、執筆という自由業においては程よくあることで生活に刺激が増え、筆が進むようだ。


 そもそも自由という言葉が叫ばれて久しいが、好き勝手に進める中で自分を律するというのは難しい。

 昔であればパトロンが付いて、ゆっくりと物事を進めることもできたのだろうが、今は自力で稼がねばすぐに彼岸と隣り合わせとなる。

 そのような時に尻を叩くように者が周りにあるとは限らず、いや、自由に生きている以上は存在しない可能性が高く、そのまま詰みに至ることだろう。

 筆が止まってしまった時期が長きにわたったことを考えれば、私自身がこの論を証明するものである。


 思えば、徒然なるままにと書き始めたところで、どこか心に飢えたところがなければ文筆が進むのは珍しい。

 どこか気を違えたかと思えるほどの情熱がなければ、書き出しこそはできるものの、締めまで書き上げられぬ。

 音楽や酒や読書で気分を盛り上げようとも、中折れしたままでの完走が旨くいったためしはない。

 「噺家は世相の粗で飯を食い」とも言うが、物書きもまた似たものなのだ。


 取り留めもなく書き続けて、今日も無事に乗り越えられそうである。

 これから飲みに出るためどうなることかと思っていたが、気付けば下世話な日記ができてしまった。

 今日は上げ膳に据え膳であるため、何も気にすることなく酔いつぶれることとしよう。

 食日記が曖昧であれば、良き酒を飲めたと思っていただきたい。


【食日記】

朝:ラムネ7錠

昼:焼肉、サラダ、鰹のたたき、ポップコーン、酒多量

夕:ヌク

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