第53話 沢西暴走

 飛んできたボールは剛速球で、沢西さわにしの胸元あたりで大きく弾けた。


「うっ」


 あまりの身体への衝撃に声が漏れているようだった。すると――


「落とすなぁぁぁ――――――!!」


 咲島さきじまの必死な叫び声が私の耳を刺激した。

 沢西さわにしが地面を滑り込み、自分の身体の少しまえで落ちそうになっているボールのほうへ手を伸ばす。


「っっぶねー……!」


 何とか滑り込みセーフで間に合ったのか、彼の伸ばしきった両腕の先にはちゃんとボールが乗っていた。


 咲島が胸をほっと撫でおろしているのがここからでも見える。


「今度は俺の番だぜ」


 調子を取り戻したらしい沢西が今度は俺の番だ、と腕を思いっきり後ろに振りかぶりボールを放った。

 そしてそのボールが飛んでいった先にいるのはもちろん沙也加だ。


「……いいねえ」


 ボールをキャッチしたあとに、どこぞの悪役が言いそうな言葉を漏らした沙也加さやか


「……くそっ」


 沢西が私たちに聞こえるか聞こえないか、小さな声で呟いた。

 嫌な予感がする……。


 原因不明の胸騒ぎが私を襲ってくる。

 そう思っているのも束の間、今度は最初の男の子からのボールがこちら側に飛んできていた。


 向かった先は沢西――


「……っ!! 間一髪でしたわ……」


 姫川ひめかわさんが私のいるほうにすっと身体を避けて言葉を漏らした。

 沢西じゃない!? 完全に沢西のほうに視線を向けてたのに……。


 これもさっき沢西が言っていた「ノールック」というものなんだと思う。


 相手の外野コートから女子がボールを投げてくる。そして今度も姫川さんがボールをキャッチする。

 こんなにボールをキャッチするのが上手いのに今まで外野にいたのが不思議なくらいだった。


「ボール貸せ! ――ぜってぇに俺があいつを当ててやっから」


 沢西が焦った様子で姫川さんから無理やりボールを奪う。


「何をしているんですの!?」

「いいから見てろって!!」


 姫川さんの言葉を受け流し、沢西がそのまま沙也加のほうに思いっきりストレートボールを投げた。

 けれど、沙也加は涼しい顔でそのボールをスっと避けた。


「チクショー!!」


 沢西の叫び声に合わせてあの芸人さんが一瞬に頭に思い浮かび、頭を振りかぶって何とかそれを振り払う。

 私は大事な試合中に一瞬とはいえ、何を考えてるの!?


「一旦落ちついたほうがいいですわね」


 よく通る姫川さんの声が沢西には届いていないのか、彼は「最悪だ」とか「なんでだよ」とかずっと唸っている。


 そして向こう陣地ではたった今、悠斗はる とくんが投げたボールが沙也加によってキャッチされたところだった。


「もうそろそろ当てる」と沙也加が意気込み今まで見た中で一番大きなフォームで彼女がボールをこちらに投げてくる。


「あっ、はるか避けろ!!」


 沙也加が、しまった、といった表情で自分でボールを投げたあとになぜか私の名前を叫んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る