第6話 遥の弟、風くん
私が洗面所までの廊下を歩いていると、弟の部屋の扉が珍しく開いていた。
「ただいま、
「おかえり、おねぇ……
そっかー。うちの可愛い弟ちゃんも、ついに私のことを「お姉ちゃん」って呼ぶのが恥ずかしくなっちゃったのね。
「どうしたの? 急に私のことを不器用ながらも名前で呼ぶようになっちゃって」
すると、風くんが恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「別に。何にもねぇけど」
もう、言葉遣いまで不良っぽくなっちゃってー。でも、可愛い子が不良の真似したって可愛いだけなんだからね?
「……ならいいんだけど、友達になんか言われたの?」
と、その瞬間、風くんの目がわかりやすいぐらいに丸くなった。
私の弟ながら今のは誰が見ても「あ、図星」と言ってしまいそうなぐらいにはわかりやすい反応だったと思う。
「い、言われてねぇし!」
……ホントにわかりやすい反応。
「わかったわかった。でも、そんなにムキにならなくてもいいのに……」
私がそう言いながら、あからさまにしょんぼりとしてみせると、
「ご、ごめん。ちょっといいすぎた」
なんて優しい子なんだろう……お姉ちゃんは絶賛感動中です。でもこれ以上、意地悪するのも可哀想だから今日はこのぐらいにしておいてあげようかな。
私は首を一度横に振った。
「……ううん、大丈夫だよ。お姉ちゃんがちょっと意地悪しすぎたね。ごめんね」
「いや、全然大丈夫だし」
まあ弟ちゃんと話すのはこれぐらいにして……あ、そっか。風くんに聞いてみれば知ってるかも!
「ねえ、風くん。パパはどこにいるか知ってる?」
すると、風くんは一度「うーん」と唸った末に、
「さあ。平日だし会社にでも行ってるんじゃね?」
そっかー。風くんもどうやら知らないみたいね。
「わかった、ありがと!」とだけ言い、風くんの部屋を後にした。
それにしても、小さい頃は『お姉ちゃ――ん! 待ってよ――!』ってすっごく可愛いかったのに。いつかは反抗期がくるものだと身構えてはいたけど、いざそうなってみると、ちょっと寂しいな。
※※
私は手洗いとうがいを済ませて、ママがいるであろう二階まで階段を駆け上がった。そしてすぐ目の前にあるドアを開けた。
「おかえりなさ〜い」
ママが私のことを見るなり、そう言ってくれた。
「ただいま! ねえママ。パパって今日は仕事じゃなかったよね?」
すると、ママは一瞬驚いたあとに、「ごめんねー」と言わんばかりの目で私を見てくる。
「そのはずだったんだけど、午後から急遽会社の打ち合わせが入ったらしくて会社に行っちゃったわ。その後は、上司から飲み会に誘われて断れなくなちゃったみたいで……ごめんねー」
そっか――本当はパパに話したいことがたくさんあったんだけど、それならしょうがないよね、遥。
「うん、全然大丈夫だよ! ……そうだよね。上司からの誘いならしょうがないってわかってる。うんしょうがない……あっ」
ママが最後の私の声に疑問を思ったのか、首を少し傾げた。
……やばい。最後の言葉でママに私のパパへの好きって気持ちがバレちゃったのかも。
私はそれを誤魔化すように、「ありがとね、教えてくれて」と言ってその場を立ち去ろうと踵を返す。
「遥」
「ん? どうしたの?」
私は身体ごとママのほうに振り向く。
「遥、パパのこと好きでしょ? 本気で」
「……」
えええ。どゆこと? え、冗談で言ってるだけ、だよね……? たまたま、今たまたまそう思って言ってみただけだよね?
「え、うん。そんなわけないでしょ!? え、何を言ってるのママ……」
「ふふっ……」
「なんで笑ってるのよぉー!」
すると、ママは優しい声音で私を諭すように言う。
「まあまあ。そんなに怒んないでって」
「怒ってないもん!」
それでもママは、私に語りかけるように。
「いいのよ、遥。……これはパパにも言ったことないんだけどね。ママも昔は自分のお父さんのことが、本気で好きだったのよ」
「え……っ……ホン、トに……?」
自分が思ってるよりも、声が出ない。
「ええ。ホントよ」
私はママの胸元が急に恋しくなって。
「……ぅ……っ……!」
無意識のうちにママに抱きついていた。
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