第5話 大変機嫌がいい先生
なんで言っちゃうのよ!? せっかく先生にだけはバレないようにしようと思ってたのにー。
「はぁ……わかりました」
先生は一度ため息をついた。
やばいよー、これから説教でもされるんじゃないのかな。このため息は説教をする前準備なのかも……。
先生は先ほど自分の荷物を置いた教壇まで歩いていき、何故か自分の教科書を持って私たちのほうに戻ってきた。
「今日は大変機嫌がいいので、予備の教科書を、特別に! 貸してさしあげます。二人で机でもくっつけて見せあいなさい」
といつもの先生なら考えられない言動をし始めた。私はそのことが信じられなくて、これは何かの罠なのかもしれない、といつも以上に先生に警戒心を抱いていた。
それでも、今私が一番欲しい『国語の教科書』が手に入ったので、横でおどおどしている
先生が教壇に戻ったあとで、「悠斗くん、机くっつけよっか?」と私が言うと、彼も「うん……ありがと……」といつもよりは少し遠慮がちに言った。
悠斗くんと私がお互いに机をくっつけようと自分たちの机を動かしていると、周りが先ほどよりも少々騒がしくなった気がする。おそらく、私と彼が机をくっつけたのを男女ともに冷やかしてるんだと思う。
「悠斗くん、言ってくれてありがと……」
未だに少し気まずいながらもあそこで先生に教科書を貸してほしいという旨を伝えてくれた彼にお礼を言いたかったので、何とかその一言を紡ぎ出した。
「う、うん。どうせ僕も教科書が欲しかったし……」
照れくささを隠すためなのかふてくされている感じではあったけど、私の感謝の気持ちは伝わっているようなので、特にそれに言及するようなことはしない。
この後も、悠斗くんと私はいつも通りの接し方を試みたものの、どうしてもその間にはいつもとは違うぎこちなさみたいなものを感じて、それが最後まで消えることはなかった。
※※
「ふー!」
「きゃっ! ……もう
私が第一校舎に背中を向けて沙也加のことを待っている間にスマホを弄っていたら、その沙也加本人が第一校舎から出てきてすぐに私の耳に息を吹きかけてきたのだ。
「いや~、だって耳が無防備だったものですからぁ~!」
この子はもうホントにしょうがないんだからー、まったくー。
「はいはい。でも、耳が無防備だからって攻撃していいなんて教わってないでしょ?」
「それを言うなら、耳に攻撃をしちゃいけないってのも教わってないんだが!」
沙也加のめちゃくちゃな理論に呆れるとともに、なんて返したらいいか考えあぐねていると……
「はいあたしの勝ち~! これでこれからも遥はるかの耳への攻撃は認められたものと可決されましたー」
なんて自分勝手な……と思いながらも、私は何もこれ以上は思いつかなかったので、今日のところはここで引き下がることにする。
「はい降参です……」
昨日も沙也加には降参させられたなー、なんて思いながらも両手を上に上げる。
「よしっ、下げてよろしい! それはそうとして……今日はもう帰るか!」
沙也加のほうから家に帰るのを提案してくるなんて珍しい。何かあったのかなー? とそれが私の顔の表情に出ていたのか彼女は首を横に振った。
「別にあたしは何もないさ。まあとりあえず、家までの道のりを歩こうぜー」
なんていつもの調子でおちゃらけて言うもんだから、私はそれ以上何も言えなかった。
「――だよなー。……って遥聞いてる? おーい、遥ぁ~!」
「……え? うん、なに? なんかあった?」
沙也加は何故かそこで「しょうがないなー」とばかりに肩を竦めてみせた。
「何かあったのは遥のほうだろ? どうした、一人で抱え込むのが辛いなら私に話してみな。多少はスッキリするかもしれないぜ?」
「うん……」
私が今の段階で沙也加に話せること――
「ごめん。もう少し待ってくれる? 私も今自分の気持ちと向き合ってるところだから……」
沙也加は一度大きく頷いて「うん、わかった」とだけ言ってくれた。そして私はそんな彼女の反応にまたホッとしてしまっていた。やっぱり沙也加は人の気持ちを汲み取ってくれることができる優しい子だな、って。
「今日も私の家まで送ってくれてありがとね。また明日」
「おう。また明日な」
それで、ホントはもっと元気なはずなのに彼女は私のテンションに合わせてきてくれる。
家に入る前にもう一度沙也加に手を振って、家の扉を開けた。
「ただいまー!」
家の二階まで届くくらいの大きな声で叫んだ。すると、なんだか少し心が軽くなったような気がした。
ふと、玄関に並んでいる靴を眺める。
今日ってパパは仕事ないってママが言ってた気がするんだけど、なんでパパの靴がないんだろう……?
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