いいわけ 【KAC20237】

藤井光

第1話

「おとうさーん! やめてー!」

今日もまた子供の泣き声が響いている。


 夫が見ているというから、久々に子供を置いて買い物に出たのというのに、帰ってくるなり子供の金切り声と鳴き声に迎えられるのでは気が滅入る。


「何やってるの。」

「いうこと聞かないから痛めつけてる。」

 家に入った私の目の前では夫に下敷きにされている五歳の娘がいる。

 私に気づいた娘は夫の下から這い出して、泣きついてくる。


「どうしたの?」

「おとうさんが、相手してくれない。」

「相手って。」

「かるた。」

 私は夫に視線を移す。

 夫の視界はすでにスマホに占拠されている。


「相手してあげてないの?」

 返事はない。

 いつだってこうだ。最近SNSを見るようになってからは特に酷い。

「聞いてる?」

「うん。」

「私、今、何て言った。」

「……聞いてなかった。」


「子供の相手してやれないなら、なんで子供みておくからなんて言えるの。」

「いや、みてたよ。」

「スマホを?」

「いや、お前だって助かってるでしょ。子供つれて買い物行くの大変でしょ。」

「買い物はね。けど帰ってきてこうやって子供だっこしてたら、結局ごはんなんかすすみませんけど。」


 朝だってそうだった。

 こちらは子供を園に送り出すために着替えさせて、はみがきさせて、体温を測って連絡帳を書いて。ついでにその後私も出かけるために洗濯機だって今、回しておかないといけないし、朝ご飯の食器はシンクに山盛りだし……いっぱいすることはあるというのに、この伴侶はひたすらスマホを見てニヤニヤしていた。


「そんなに子供よりスマホが大事? フォロワーさんの方が大事?」

「いや、だって子供だってお前がいいって言ってるし。」

この手のいいわけは毎日だ。


「おとうさんみたいになりたい?」

私はつい意地悪に、子供に向かって問いかけてみる。

「なりたくない。」

子供の答えにさすがに夫も驚いた様子でこちらを見る。


「おとうさん相手してくれない。おとうさん嫌い。」

「おとうさん、お前のこと見てただろ!」

「違う。おとうさん携帯ばっかり。」

夫が主張しても子供は反論する。私は子供を信じる。

 じろりとにらみつけると、夫はばつが悪そうにうつむいていた。


 いいわけなど無駄だ。

 普段の態度から、夫のスマホ中毒は十分すぎるほど、私にも子供にも周知の事実である。


 さて、どうしてやろうか。

 夫に相手をされず、しかも体罰のような扱いを受けて私を頼ってくる子供をだっこしたまま、私はこの役に立たない夫をどうしつけてやろうかと、心で模索するのだった。



◆◇◆ この物語はフィクションです。 ◆◇◆

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