ほぼ読まずに削除した

笹椰かな

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 合鍵を使ってドアを開けたら、玄関前に知らない男がいた。肩まで髪が伸びているし、顔が整っているせいで一瞬女かと思ったが、ガタイが良すぎるからすぐに脳がその判断を却下した。

 てか、本当に誰だよ。……もしかしなくても、泥棒!?


 そう思って身構えた瞬間、相手が先に口を開いた。


「アンタ、誰? まさか泥棒?」


 は? 一瞬、フリーズしかけたが、必死に脳みそを稼働させて言い返す。


「いや、そっちこそ誰だよ! ここは島崎タカシの部屋だろ!?」

「そうだけど……で、アンタはどこのどいつなんだ?」

「あんたが先に名乗れよ!」


 妙に冷静なロン毛とは対象的に俺は興奮状態だ。だって俺はたぶん、コイツが何者なのか勘づいているから――。

 ロン毛はひとつ溜め息を吐くと、右手で頭がクシャクシャと掻いてから、「俺は斎藤マサ。島崎タカシの恋人だよ」


 ――やっぱり。やっぱり、そうだった。

 こんなに冷静な泥棒なんて滅多にいる訳ないもんな。それに、タカシは最近よく仕事を理由にして俺と一緒にいる時間を減らしていた。

 合鍵を返してほしいと遠回しに言われてもいた。

 今日だって本当は、一人で部屋の模様替えをしたいからという理由で家に来るなと言われていたんだ。


「……クソッ! 浮気するくらいなら、もう別れたいってさっさと言えよバカヤロウ!!」


 隣どころかここら周辺に響き渡るような大声で怒鳴ってから、踵を返した。乱暴にバンとドアを閉めてから足早にアパートの階段を駆け下りて行く。

 すると後ろからも階段を下りて来る足音が聞こえてきたので振り返ると、なぜか斎藤が俺を追いかけてきていた。


 なんだ!? もしかしてタカシが俺と付き合っていたことが許せなくて、俺のこと殴りに来たのか!?


 もしそうなら面倒くさい。俺はスピードを上げてさっさと階段を下りきってから、歩道を駆け出した。

 追いつかれるもんか! こう見えて短距離走は得意なんだよ!


「おいっ……! 待てって……!」


 だいぶ離れた場所から斎藤の叫び声が聞こえてくる。


「待たねーよ! だってあんた、俺をぶん殴る気だろ!?」


 斎藤に聞こえるようにクソデカ声で叫んでやると、斎藤も俺に負けないくらいデカい声で返してきた。


「な、殴らないよ! なんで俺がアンタを殴……ゲホッ、ゴホッゴホッ!」


 大きく咳き込む音が聞こえてきて、俺は初めて振り返った。


 すると斎藤は足を止め、その場にうずくまって思いっきり咳き込んでいた。

 ふと気管支炎を起こしてよく咳き込んでいた妹のことを思い出して、気がつけば斎藤に向かって駆け出していた。


 斎藤のすぐそばまで行きしゃがみこむと、咳き込み続けている斎藤の背中を優しくさすってやった。


「落ち着いて呼吸しろ、深呼吸」


 斎藤は俺の指示通りに深呼吸を繰り返している。少しヒューヒュー言っているから、喘息持ちなのかもしれない。

 俺は左肩にかけているショルダーバッグの中から未開封のミネラルウォーターを取り出した。すぐにキャップを開け、斎藤の目の前に差し出す。


「ゆっくり飲め。マシになるはずだ」


 斎藤は涙目で数回うなずくと、ミネラルウォーターのボトルを掴んで少しずつ飲み始めた。

 それから少し経つと、斎藤はだいぶ落ち着いたようで、深く息を吐き出してから口を開いた。


「ありがとう、助かった……ええと……アンタの名前――」

「俺は高松。高松ヒデ」

「そうか。ヒデさん、ありがとう。俺、軽度だけど喘息持ちで……本当に助かったよ」

「ヒデさんって、下の名前呼びかよ」

「駄目だったか?」

「いや、だってあんた……」


 俺はあんたの彼氏のもうひとりの恋人なんですけど? なんか調子狂うなぁ、こいつ。

 下を向いて溜め息を吐くと、斎藤は静かな声で話し出した。


「ヒデさん。俺、タカシに恋人がいるって知らなかったんだ。アイツ、なんにも言ってなかったし。俺も全然気づかなかったし」


 顔を上げると、斎藤は苦しげな表情で唇を噛んでいた。


「俺、タカシと別れるよ」

「えっ!? なんで!?」


 驚いて声を上げると、斎藤は不思議そうな顔で俺を見た。


「なんでって……。二股かけるような奴、俺の好みじゃないし。それを伝えたくて、ヒデさんのことを追いかけてたんだよ、俺」

「いやそれ伝える相手、間違えてんだろ。タカシに言ってやれよ」

「だってヒデさん、バカヤロウって叫んだ時、泣きそうな顔してたからさ。タカシのことめちゃくちゃ好きなんだなって思って。俺がタカシと別れれば、ヒデさんはタカシと元通りになれるでしょ?」

「んなワケねーだろ。あいつ俺と別れたがってたんだから。それに俺だって、もうあんな浮気ヤロウと付き合うのはゴメンだわ」


 吐き捨てるように言うと、なぜか斎藤は小さく笑い声を漏らした。


「じゃあ、俺と一緒だね」


 悲しげに笑う斎藤。それを真似るように俺も無理やり笑ってやった。

 ……ったく、歩道のすみで野郎ふたりで何やってんだか。


 こんな意味不明な縁を期に、俺は斎藤と連絡先を交換して友達になった。


 次の日、タカシから言い訳がダラダラ書かれた長文メッセージが届いたが、最初の二行だけ読んですぐに削除した。

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