借りた本に挟まれた騒動 (※あらすじに注意書き有)

 ある涼しい春の昼──木戸番の小太郎と浪人者の昌良まさよしは一冊の本を挟んで座っている。馴染みの貸本屋から昌良が借りた人情本である。


「しかしまァ、おめェもこんなモンを読むンだなァ」

「人に勧められて試しにな……」

「問題はコイツか」


小太郎がおもむろに広げたのは一枚の紙──むつみ合う男女の絵、言って仕舞えば春画である。これが挟まっていたのだと昌良は語る。


「本当に昌良のじゃねェの?」

「違う!」

「いや、男としては真っ当じゃねぇのかなァ」

「……まさかこれはおぬしの」

「ンなわけあるかい!」

「ならばなぜこんなものが……」

「普通にしれっと元通りにしてヨ、返しちまえば良ンだよ」

「それで万一このおれのだと思われたらどうする!」

「思われてもいいじゃねェか。てか、普通に事実を言や良いだろ」

「信じてもらえなければおれはあっという間に破廉恥はれんち浪人として名を馳せるのだぞ」

「ンなわけあるかい」

「だからな、いざ聞かれたらおぬしのものと言う体にできぬだろうかと思ってな」

「今回はお断りだな。お咲ちゃんにバレたらおれがとんだ変態に思われるじゃねェか」

「それについては大丈夫だ、あの花売りの娘はお主のことを助平すけべだと評していたからな、現状と変わるまい」

「ソリャ初耳だ!」


小太郎が天を仰いだ──その時、唐突に小屋の戸が開いた。


「ああ、あったあった、その本探してたの」

「お、お咲ちゃん⁈」


お咲その人である。その視線はまっすぐに絵の方に行って、困ったような笑みを浮かべた。


「ごめんなさいね、それ、うちの兄さんのなんです」

「は?」

「前に本を借りた時に古い絵を栞がわりに挟み込んだのを忘れて返したんですって……ああ、恥ずかし。でも拾ったのが二人でちょうど良いわ、それ、捨ててしまってくださいな」


お咲は言うだけ言ってさっさと帰ってしまった。

 残されたのは、二人の男と一枚の絵。


「……これ、どうする?」


話は振り出しに戻る。

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