言い訳エージェント

夕奈木 静月

第1話

「どうして遅刻したんだ。理由を言いなさい」


 威厳たっぷりに、諭すように中年男が言う。この男は、きっちりしたスーツを着こなし、大人の余裕を醸し出している。


 流行りの髪形をした、しかし誠実そうな若い男が、しどろもどろになって言う。


「その……、自転車が故障してしまって」


「ダメだ! 言い訳になっていない!」


 突然厳しい口調で中年男が怒鳴った。


「あなたはどうして遅刻したのですか?」


 中年男は次に、パンツスーツをビシッと決めた若い女に尋ねた。


 質問されている側は明らかに萎縮している。だが女はキリッと表情を引き締め、自信たっぷりに言い放った。


「子供が熱を出しまして……」


「ダメだ!」


 一刀両断にする中年男。若い女は涙目になる。


「はい次!」


 俺の順番が回ってきた。


 待ってましたとばかりに答える。


「ロケットで月に行ってました。しゃーせんっ」


「よし、合格だ!」


 若い男女はぽかんとした顔で俺の方を見た。


「きみ、明日から来てくれ」


「りょーかいっす」




 今の一連の流れは遅刻して出社した社員たちの言い訳合戦、ではない。


 俺と若い男女が参加していたのは面接だ。


 有給取得率が極めて低い日本において、相談者に上司を説得できる言い訳を提供し、有休をすべて消化させることを目標にする組織、『株式会社言い訳エージェント』の面接なのである。



「いやー、すごかったですね」


 若い男が俺に言う。


「そんなことないっすよ」


 俺は一応謙遜しておく。


「いえいえ、感動しましたっ」


 若い女は憧れの目で俺を見る。


 悪い気はしない。


「それほどでも」


 俺はわざとらしいため息をつきながら煙草に火を付けようとした。


 すかさず女がライターに火をともし、俺の口元に近づける。


「すまない……」


 俺は可能な限り苦み走った顔をして、映画スターよろしく渋い声でセリフを吐いた。





 ふっ……、残念ながら今までのは全て、俺の頭の中の幻想だ。


 現実はこんなに甘くない。


 俺に突きつけられている現実……それはこんな感じだ。


「馬鹿野郎!! なにが『ふっ……』だ!? 何時間遅刻したと思ってんだ!! 言い訳なんていらん。安田、お前はクビだ!!」


 はげあがった頭に血管を浮き上がらせながら上司が怒鳴りつけてくる。これが俺の現実の職場だ。


「あーあ、ついに安田クビか……。まあ、いてもいなくても俺ら何も困らないけどね。はははっ」


「そだね」


 冷めた口調の同期社員たちの声。


 ひどい……、ひどすぎる……。泣きたい……。泣けてくるぅ~。ううっ……。助けてくれ、誰か、誰かぁ~。


「安田さん?」


 その声は女神様? いや、若い女子社員の中村さんか。でも、その優しい声音は、いつだって俺を癒してくれていたね。ありがとう。


 『今までありがとうございました』とか、言ってくれるのかな?


 うんうん、ロクな思い出のない会社だったけど……君に会えてよかっ――


「こんなとこに突っ立ってんじゃないわよ……!! この役立たずが……全く。お茶こぼれるでしょっ!?」


 ふえええええーんっ!! もう帰るぅ~!!














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言い訳エージェント 夕奈木 静月 @s-yu-nagi

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