小悪党ノートと裏切りの少女 8
ノートがシエラとダンジョンへ潜るようになってから、さらに二ヶ月が経過した。
基本的にノートは一人で例のダンジョンへ向かい、仕掛けたトラップを増やしながら自動生産されるドロップアイテム回収を行うことで、楽に小銭稼ぎをしている。
そして、時折シエラにダンジョン探索のイロハを教えている。
アーサーやエレノアの都合やクエストのレベルによって二人に同行できない日は、ノートの元へ行き色々なダンジョンへ潜っている。
ノートが潜れるレベルのダンジョンなので、強くなったシエラには物足りない強さのモンスターしか出てこない。
だが、ノートを見直して尊敬し始めたシエラにとっては十分好ましいことだった。
今日も、二人でダンジョンに潜っていた。
「師匠!私、やっとCランクになりましたよ!」
「はぁ!?お前、個人ではEランクじゃなかったか!?なんでD飛ばしてCになってんの!?」
「それが、実戦試験で試験官の方を倒したら、『Dランクにしておけない』って言われまして……」
「て、照れながら言うけど、内容はエグいな…………」
シエラはアーサーたちの師事、そしてそれに応えることができる才能と努力によって順調に実力を伸ばしている。
それだけでなく、ノートと一緒に潜ってきたことによって、ダンジョン探索の能力も成長が見られ始めた。
「師匠、前方にコウモリのモンスターが四体……まだこちらに気づいていません」
「えっ?………………あ、本当だ。よく気づけたな、こんなに距離あるのに?」
「ふふ、元のパーティでは斥候役をやっていましたからね!」
このように索敵能力は確実にノートを上回っている。
さらに、気配を消す術もノートを遥かに凌いでおり、ノートが敵に見つかってもシエラは見つからず、奇襲を成功させることもあった。
シエラはすでに自分を超えている、とノートは考えていた。
「このまま倒しちゃいますか?多分、すぐに向こうも我々を見つけますけど……気配殺してやり過ごします?」
「そうだな………………っ!いや、もっといいことを思いついた」
そういうと、ノートは魔弓ヒュドラスを構えて弓をひく。
標的はコウモリのモンスター…………ではなく、少し離れた曲がり道だった。
「え?」
全く見当はずれな方角に放ったノートにシエラが理解に苦しんでいると、コウモリのモンスターは音の方向に向かって「キィーキィー!」と威嚇しながら飛んでいった。
「な、なるほど!音に反応することを利用して進路を変え、私たちと接敵しないようにしたんですね!」
「ん〜惜しい。それだけじゃねぇ」
「えぇ?」
どういうことですか?とシエラが尋ねる前に、弓を放った方角から雄叫びが聞こえた。
それはコウモリのモンスターと、さらに別のモンスターの鳴き声だった。
二種類のモンスターが衝突し、戦闘しているであろう音が微かに聞こえてきた。
「あの道から別のモンスターの気配を察知した。
そっちもオレたちのいる方へ向かっていたから、そっちにコウモリどもを誘導して潰し合いをさせたって訳。よし、このまま進むぞ」
「は、はい」
ノートはシエラがすでに自分を超えたと思っているが、シエラはそんなことを思っていない。
むしろ、まだまだダンジョンでの立ち回りはノートに劣ると考えている。
その理由が先ほどのノートの行動だった。
(私は攻撃して倒すか、気配を殺してやり過ごすしかなかった…………でも師匠は、敵同士をぶつけて潰し合わせた。労力の少ない選択肢を取ったんだ)
加えて、シエラはもう一方のモンスターの存在に気づくことができなかった。
コウモリに集中しており、そちらに気を配ることができなかった。
(すぐに『倒せばいい』って思考が顔を覗かせてしまうなぁ…………まだまだ頭が固いや、私)
このように自戒し、ノートを尊敬する。
ノートの自己評価と反比例するように、シエラからの評価は上がっている。
なんだかんだと相性よくダンジョン探索をしている二人だった。
「結構奥まで潜りましたね」
「あぁ。大したお宝も見つかっていないけどな」
「ドロップ品はそれなりに溜まりましたね。普通の袋だったらもう一杯だったのに、師匠の『コンパクトブクロ』ならもっと入るから便利ですね!」
「だろう!よくわかっているな、シエラァ!!………………ところで、師匠はそろそろ止めない?ランク上の奴に言われんの恥ずいんだけど?」
「え、でも色々と教わってますもん。ランクなんて関係ないですよ!」
「いや、もうオレがお前に教えることなんてねぇけど…………」
「そんなことありません!師匠とダンジョンに潜るたびに学びがありますから!!」
「え、いや……う〜ん…………」
純粋な尊敬の眼差しを受け、ノートはそれ以上何も言えなくなる。
ノートの反応で、師匠呼びが許されたと思い、シエラはニコニコとする。
「どうします?もっと潜ります?」
「………………お前はどう考える?」
「え?」
「お前の考えだよ。オレのいう通りにするのは簡単だけど、お前自身がどう考えているのか聞きたいね」
「いや、私の考えなんて…………」
「アホか。ずっとオレと一緒にダンジョンに潜るわけじゃねぇんだぞ?お前が自分の頭で考え、自分の判断で行動をする必要が必ず出てくるぞ?」
「う、確かに…………」
シエラは自分が年下で未熟であるということで、最終決定権を他者に委ねてしまう傾向にあった。
アーサー、エレノア、そして
それではダメだ。
他人に依存し、自立ができなくなる
「いいか?後悔しない大事なポイントの一つは、『自分の意思と責任で選ぶ』。これだ」
「自分の意思……責任…………」
「そう、意思と責任。結局、自分の納得が最優先されるんだよ。それ以外の選択で失敗すると後悔が生まれる。そろそろ、お前も判断力を鍛えるべきだな」
「なるほど………………わかりました」
「うん………………で、どうする?潜るか?引き返すか?」
再びのノートの問いかけにシエラは少し考え、自分の意思を答えた。
「……もう少し潜りましょう。今の我々の実力なら、もう少し深く潜れると思います!」
「なるほどな…………よし、オレは反対!帰ろう!!」
「ちょっと師匠!?さっきの話と違います!!」
「違ってないねぇ!!『反対しない』なんて言ってないからなぁ!!」
「じゃあ何で反対なんですか!?」
「理由は単純!!もう疲れたんだよぉ!今日はお前に合わせてオレにとっては少し上の敵が出てくるダンジョンなんだよ!!」
「でも、戦えていたじゃないですか!?」
「無理してたのぉ!体力的に限界なの!察してくれやぁ!!」
これはわがままではなく、ノートの本心だった。
意外なことにしっかりとシエラを教育しているノートは、毎回自分の稼ぎ場(例のトラップ部屋)や低レベルダンジョンだけでは申し訳ないと考え、今回のダンジョンはDランク冒険者相当のモンスターが出る場所にしたのだ。
実力的にはCランクのシエラだが、まだまだダンジョンに不慣れな点もあるため、丁度いい難易度と考えている。
だが、ノートに取ってはハードなダンジョンだった。
おまけに地形が荒れたダンジョンなので、地面はガタガタ、高低差があり移動に相当体力を消耗する。
戦闘はシエラに全て任せていたが、体力的にも精神的にもノートが通常感じる比ではない疲労があった。
「すぐ帰って、飯食って寝てぇ!」
「私が守りますから!もう少し頑張りましょうよ!!」
ノートとは対照的にシエラはまだまだ余裕がある。
さすが、Sランク冒険者に鍛えられているだけある。
「シエラよ……仲間の状態も加味して判断することも大事だぞ?お前が今後、どこかのパーティに入った時は自分以外のことも考えて判断が必要だ。今、丁度いい思考練習になったな。オレのおかげで」
「何教育している風に言っているんですか!だったら、それも加味して私の判断は変わりません!」
「仲間が足手纏いになっちまうぞ!命の危機になっちまうぞ!」
「自信満々に情けないこと言わないでください!いいから、行きますよ!!」
「ちょ、強引に引っ張るなよ!!………………力強すぎぃ!?」
業を煮やしたシエラに腕を掴まれ、ノートは引きずられるように移動させられる。
少女と思えない力強さに、ノートは叫び喚く。
「は、放せぇバカ弟子ぃ!!」
「師匠も強くなるチャンスですよ!アーサー様やエレノア様もおっしゃっていました!『強敵との戦いが、強者へ近づける道だ』」って!一緒に強くなりましょう!」
「あの怪物どもの言葉をオレにも適用させんじゃねぇよ!………………や、やめろぉ!!?」
結局、ノートの慟哭も虚しく、シエラに引きずられてさらに奥へ潜っていった。
その日、さらに一時間ほど潜ってダンジョン探索を続けたのだった。
*****
キルリア王国 ウィニストリア 酒場『クラフトホーム』――――
ダンジョンから帰ったあと、ノートは酒をだらしない格好で飲んでいた。
シエラは一旦汗を流してから合流するとのことで、今はいない。
ぐったりと机に突っ伏しているノートのもとに、クレアがお酒を持ってきた。
「だいぶお疲れじゃん?無理したの?珍しく?」
「あぁ……シエラが嫌がるオレを無理やり…………」
「そこで言葉止めないでよ。変な誤解が生まれるから」
「あぁー…………疲れた…………モンスターから逃げるのに必死で………………」
あの後、やはりと言うべきかさらに強いモンスターたちが現れて大変だった。
気づかれる前に逃げようとノートはしたのだが、やたらテンションの高かったシエラが自ら突撃していった。
ノートが悲鳴を上げるも、モンスターにすぐ気づかれてシエラは交戦を開始。
一部のモンスターがノートにも向かってきた為、ノートは必死で逃げ続けた。
ちなみに実力差を察知して早々に戦うことは諦めていたノート。
結局、シエラが助けてくれるまで逃げ続けることに成功したが、体力の消耗はここ数ヶ月で一番となった。
「くそ……疲れ過ぎてメシが腹に入らねぇ…………」
「なるほどね、だからやたらエールを飲み続けてるのね、はい」
クレアが置いたエールを一気に飲むノート。
そしてすぐに飲み干しておかわりを頼む。
「あまり一気飲みすると悪酔いするよ?」
「うぅ〜…………水と酒お願い、クレアちゃ〜ん」
ため息をついてクレアは一度厨房へ戻り、水だけを持ってきてくれた。
「お酒は後ね。とりあえずこれ飲みな」
「えぇ〜?酒なし〜?」
「あんた、空腹で酒飲み過ぎ!本当に体調崩すよ!」
「んんー…………」
クレアの言うことには逆らえない。
ぶすっとしながら水を飲みながノートはテーブルに突っ伏している。
すると、馴れ馴れしくノートの背中を叩くものが現れた。
「やぁ親友のノートくん!お疲れのようだね!!」
「…………何でテメェはいつも嫌な時に現れんだよ、アーサー」
いつものように、アーサーだった。
ノートの隣の席に座り、肩をポンポンしてくる。
その後ろにはエレノアもいる。
いつもセットの二人だ。
「お久しぶりですね、お二人とも」
「やぁクレアさん。そうだね。最近はシエラと自分たちのクエスト、あとは王位継承のための根回しとかで忙しいからねぇ」
「特に根回しは気疲れしてしまうからねぇ」
アーサーとエレノアも少し疲れたような声色だった。
クレアは二人のために飲み物を取りに厨房へと再び向かっていった。
「今日はシエラとダンジョンに潜る日だったよね?どうだった?」
「…………見ての通り、疲労困憊。お前、あいつに変なことを吹き込むなよ」
「変なこと?………………何だろう?」
「『強敵との戦いが〜』ってどうこう言ったらしいじゃねぇか!そのせいで、あいつが強敵を求めて深く潜るから、それに付き合って疲れるの!」
「おぉ!しっかりと僕の言ったことを守ってくれているのか!?嬉しいねぇ〜!あの子のその素直さは、本当に好感が持てるよ!」
「喜ぶな!ちくしょーが!!」
掴みかかる元気もないので、ノートは突っ伏しながら怒りをアピールする。
だが、アーサーはただ笑顔で受け流し、エレノアはそもそも無視している。
ノートももうわかっているので、ため息を吐いて水を乱暴に飲む。
丁度クレアがアーサーたち用のお酒を持って戻ってきた。
二人はお礼を言って貰った酒を嗜む。
一口含み、味と風味を楽しんだあと、アーサーはノートに笑いかけた。
「ノート、シエラを鍛えてくれてありがとうね」
「あん?何だよ急に?」
「最近、あの子の戦い方や立ち回りに変化が生まれたのよ」
珍しくエレノアが反応した。
「変化?」
「ええ。前は私とアーサーが教えて戦い方の技術や技、魔法をただ使っていただけだったの。能力が高い分、それで敵を倒せちゃっているのが厄介だったわ」
「ただ強く、能力が高いだけじゃいつか壁が立ち塞がる。でも、僕たちもうまく言葉にして伝えられないんだよね〜」
「私たちは感覚でその問題を解決してきたから……」
「ああ〜やっぱりな。そういうことか」
天才であるが故に、シエラに教えることができない問題。
だから
予想通りだった。
「正直、貴方があの子のプラスになることを教えるか不安でしかなかったけどね」
「おい」
「僕は少ししか心配していないよ?」
「アーサーも心配してたのかよ!?」
「い、いや、ほんの少しだからね?」
そこまでしっかりとパーティ活動をしていないし、素行がいい訳でもないので信頼があると思ってはいない。特にエレノアには。
だが、自分を親友と呼んで好感度はあると思っていたアーサーにもそう思われていたと思うと、少しがっくりしてしまった。
「それが、貴方のダンジョン探索に同行させてから、色々と考えて行動するようになったわ。『このモンスターには、この技の方が有効じゃないか?』『この地形を利用すれば、効率よく動けないか?』…………そうやって試行錯誤を続けるようになったの」
「馴れないことをしているから、動きが遅くなってしまったけど、この壁を超えた時、あの子はさらに強くなる。Aランク…………ひょっとすると……………………」
アーサーはそこで言葉をとめ、体を震わせた。
自分よりも若い才能への恐怖か、歓喜か。
エレノアも同じ気持ちなのだろう。
額から汗が流れながらも口元は笑っていた。
「……気になっていたんですけど、シエラちゃんは魔法の才能があるんですよね?剣はどうだったんですか、アーサー様?」
「あぁ……参ったよ。天才っているんだなって思ったよ。彼女は魔法の天才じゃない。
「え、っと…………?」
「要するに、あのガキンチョは剣の腕前もメキメキとあげているんだろ?」
「そう……気がついていたのかい?」
「当たり前だ。一緒にダンジョンに潜っているんだぜ?あの年下でちょっと前まで下位の冒険者だったのに、熟練の剣士みたいな動きと剣さばきしていたんだぞ。そりゃ気づくわ」
そう言ってノートは今日のダンジョン探索を思い出していた。
探索最終盤、自分が逃げるしかないモンスターたち相手に、流麗な動きと舞うような剣さばきで瞬殺をしていった。
涼しい顔でそんなことをやられた時、ノートは賞賛よりも恐怖を感じた。
この場でその刃が自分に向いたら死ぬしかない、という恐怖。
「まるでイストリア流剣術を使っているお前みたいだったぜ、アーサー」
「ははは、まあ僕が教えられる剣術はそれだけだからね。多少の剣技も使えるから、もうイストリア流に相当足を踏み入れているよ」
「…………え、あいつイストリア流の剣技も使えんの?体捌きだけじゃないの?」
アーサーが頷き、さらにノートは固まった。
(それって…………アーサーとエレノアが混じった戦闘人間ができつつあるってことかよ!?)
今はまだ半人前だが、もし歳を重ねて研鑽を続けていけば、とんでもない化け物が生まれる。
そんな想像をしたノートは、固まってしまったのだ。
「加えて、貴方の狡い考えが定着したら…………相当曲者な戦士の誕生、ね」
「きっと僕たちよりも上をいく戦士が生まれる…………楽しみと末恐ろしさで不思議な感覚だよ」
戦いやダンジョンについてよく知らないクレアでも、ここまでの話を聞いたらシエラの将来性の高さに驚くしかない。
Sランクの現役冒険者二人が太鼓判を押すくらいだ。
そんな少女の将来を夢想していたノートたちの耳に、騒がしい怒鳴り声が聞こえてきた。
「答えろシエラ!!な、何でテメェが生きてんだよ!!?」
穏やかじゃないその声に全員がそちらへ目を向けた。
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