小悪党ノートと裏切りの少女 7



「ほい、手当完了!街に戻ったらちゃんと治療を受けろよ?」

「あ、ありがとうございます……」



 ノートの手際良い応急処置のお陰で、シエラは少し楽になった。



「敵の気配もないし、今のうちにここを出るぞ!ほら、背中に乗れ」

「ま、また…………ご迷惑はかけられません。自分で歩けますから!」

「アホか、そんな体でマトモに歩けないだろうが?ならオレが背負って歩いたほうが速ぇし、何かあっても対応できるんだよ。ほら、早くしろ!モンスターが来ちまう!」

「…………す、すみません」



 ノートはシエラを背負って歩き出す。

 少し前、シエラを助けた時のようだ。

 今回はシエラに意識がある点は異なるが。



「「………………」」


 

 沈黙の時間。


 気まずくなったシエラはノートに話しかける。

 ずっと気になっていたことを。



「ノートさん、聞いてもいいですか?」

「あん?何だよ……モンスターが寄ってくるかもしれないから静かにしろよ」

「すみません……でも小声で話すので教えてください」

「…………仕方ねぇな。なんだよ?」

「あの光る魔道具はなんだったんですか?」

「おお、気になるか!?お前、お目が高いなぁ!あれは『ライト&ダーク』っていう自作の魔道具なんだ!さっきの使い方は本来の機能じゃないんだが、あれはな――――」




 そこからはノートの独壇場。

 自慢の一品に興味を持ってもらえて嬉しくなったのか、懇切丁寧に機能を説明する。


 シエラとしては、機能と用途のイメージはよく分からなかった。

 だが、本来とは違う使い方を咄嗟に思いつき、すぐに実行する機転と行動力、そもそもそんな魔道具を作り出す器用さと発想に驚いた。



 どちらも自分にはない力。

 ノートの強みだ。



 (エレノア様やアーサー様はこういう力を学べってこと、なのかな?)



 だからこそ知りたい。

 ノートの考え、その根源を。

 


「……どうしてノートさんは真正面から戦わないんですか?」

「え、なにそれ、嫌味?単純に弱いからだよ…………言わせんなよ!」

「そ、そんなつもりはないですよ!?ただ、今日のコウモリのモンスターみたいに、正面からでも倒せる程度のモンスターからも逃げたじゃないですか?

戦った方が早く済むのに…………」



 奇襲はまだ納得できる。


 格上相手なら有効な戦法だから。

 今日のビッグベアーがいい例だ。


 

 (…………それも私に任せてもらえれば、確実に容易く倒せたのに、とは思ったけど)



 だが、格下から逃げるのは理解できない。

 逃げずに立ち向かうために研鑽を積んできたのに、これでは訓練の成果を活かせない。



「端的に言って、その………………」

「臆病で卑怯…………そう言いたいんだろ?」

「………………生意気言ってすみません」

「あぁ生意気だな!言われ慣れて、もう気にしていないからいいけどよ!」

「………………」



 気まずそうに、居心地悪そうにするシエラ。


 別にシエラに何を思われてもノートは気にしない。

 適当に話を流せば、この話題は終わっただろう。


 だが、ノートはらしくもなく話を続けた。

 アーサーに任された『ダンジョンの先生』としての役目を意識したのだろうか。

 顔は正面を向いたまま、淡々と。



「冒険者にとって、最も守るべきものはなんだと思う?」

「え?えっと…………誇り、とか?」

「違うね。そういうのは騎士や武闘家とか料理人…………そんなプロ意識の高い連中に任せりゃいい」

「じゃ、じゃあ……家族とか?」

「典型的な優等生回答だな………………もっとあるだろ?」

「え、えぇ?」

「おいおい、どんな清い環境にいたんだ?」



 そうノートに言われたが、シエラとしてはそんな環境にいたつもりはない。


 両親を早くに亡くし、路頭に迷いかけていた。

 一時期は物乞いや日雇いの仕事を掛け持ちして働いたこともある。


 だが、幼馴染のヴァレイとその両親に助けられ、マトモな環境に近い暮らしができた。


 厳しい、でも幸せを感じることもある人生と環境だと思っている。


 それを清いというなら、ノートはどんな環境で生き、どう考えて生きてきたのだろうか?



「な、ならノートさんの答えを教えてください」

「決まってるだろ?『自分の命』、これっきゃねぇよ」

「……………………え、そ、そんなものですか?」

「え、お前自分の命を『そんなもの』って軽視してんの?大丈夫かよ?まだ仲間に裏切られたこと引きずってんのか?」

「ち、違いますよ!ただ、自分の命が家族より優先ですか?」

「当たり前だろ?生きてなきゃ何もできないじゃん!」



 あっけらかんと言い切るノート。


 確かに真理だ。

 だが、それでいいのかとシエラは疑問に思ってしまう。


 それを知ってか知らずか、ノートは続ける。



「『命より誇り』『命に代えても家族を守る』。

大事だねー、美しいねー、だから別に否定するつもりはねぇよ。でも、オレはこう思うんだよ。『それ自分が生きてなきゃ叶えられなくない?』って」

「そ、それは…………でも、価値としては命より上になりませんか?」

「ああそうだな、その考えも否定はしねぇよ。だがそれは『価値』の話だ。人によって守る優先順位はあるだろうが、結局共通して言えるのは、自分が生きてなきゃその『価値あるもの』を守れねえ。綺麗事だけじゃ守れねぇんだよ」

「…………」



 いつになく熱弁するノートに、シエラは傾聴する。



「だからオレは生きることを最優先にする。その為には何でもする。逃亡、罠、毒、不意打ち、騙し討ち……生き残るためなら全部やる!」

「そ、そんな堂々と卑怯宣言を…………」

「…………卑怯?違うね、生き残るための創意工夫だ!」

「え、えぇ……?」

「格上から生き残る為……それに格下にも殺されないように、常に慎重かつ確実に生き残れる術を実行する!その為に知恵絞ってるんだ!その先に『価値あるもの』がある!」



 言ったあと、ノートは厳しい視線を向けてシエラを見る。

 力強いその視線は、戦闘能力が上であろうシエラを気圧けおされるほどだった。



「それを『卑怯』と批判している限り、お前はすぐに死ぬ。甘えた考えは捨てろ」

「あ、甘えてません!甘えてないから、日々鍛錬を続けているんです!何者も屈しないために!あらゆる敵に真正面から打ち勝つために!」

「そこだよ、お前の弱点!お前は敵味方関係なく清廉潔白を求めすぎるんだよ!」

「…………?」



 どういうことか?

 それの何が悪いのか?

 シエラにはわからない。


 アーサーとエレノアという圧倒的強者に教わり、才能があることで生まれた弊害か……。

 ノートはそう考えた。



 (あいつら、その事を正すためにオレに預けたのか?ったくめんどくせーな…………まああいつらみたいに単純に強いやつじゃ説得力に欠けるか)



 アーサーたちの考え通りになるのはシャクだが、仕方なく言ってやろう。



「さっきもそうだけど、毎回相手が真正面から来ることなんてそんなにねぇぞ?

冒険は試合や試験じゃない、命の奪い合いなんだから」

「わかっています!だから――――」

「だから?わかっている?いーや、お前はわかってないね。なぜならお前はさっき死にかけた」

「!?で、でもそれはただの油断です。次気を付ければ……」

「さっき死んでたら次なんてねぇだろうが?」

「うっ……」

「『たられば』は言うな。相手も本気で殺す気で来るんだ。次はない前提で動け」

「…………」

「お前が今生きているのは、運がいいだけだ。

実力をつけても、その考え方を見つめ直さなきゃ今日みたいな命の危機はすぐに起きる。それは実力の優劣に関係なく急に訪れる。それを『偶々』とか『油断』とかって軽く考えることはやめろ」



 シエラは理不尽で命の危機に瀕した。

 だからこそ、その理不尽を覆させる実力を求めてエレノアたちに教えてもらっている。


 だが、そもそも理不尽が起こることが稀と考えてる。

 この意識の甘さが問題だ。



「この世は単純な弱肉強食じゃねぇ。弱き者も生きるためにどんな手も使う。

正道ではなく邪道、表でなく裏から、光ではなく闇に紛れて、必然でも偶然でも理不尽でも、人は簡単に死ぬ要素がいつも隣に潜んでいる………………お前の考えは、強者の傲慢だ」

「…………」

「さっきの戦い、オレの戦い方…………そしてお前を生贄にしたかつての仲間の行為。これが普通に起こる世界なんだよ、冒険者稼業ってのは。ダンジョンなんてその最たる例の一つだ」

「……………………」



 黙ったシエラ。

 頭ではわかっているだろう。だが、感情がそれでいいのかと疑問を提示してくる。



「なら……私がいましている訓練は何なんですか?正々堂々……卑怯や邪悪な者にも負けない力を求めることは、間違いなんですか!?」



 詰まる所、シエラの一番気になる……不安になった点はそこだった。


 裏切りから立ち直るために強くなっている。

 そのことを否定されたとき、シエラの心の支えが折れてしまいそうで怖いのだ。


 だからずっとノートに疑問を投げかけていた。


 そんなシエラの本当の問いかけに、ノートは答えた。

 なんてことないように。




 

「は?誰がそんなこと言った?話聞いていたか?」

「えっ……?」

「オレが言いたかったのは、そう言う卑怯とか理不尽が起こるのは多いって話だよ。んで、そういうことをちゃ〜んと意識しろって言っただけだよ。お前もやれ、なんて言ってねー」

「そ、そうなんですか?」



 頭から疑問符が見えそうな程混乱しているシエラ。

 ノートは改めて伝えたかったことを言う。



「お前、頭硬すぎなんだよ!要するに、あらゆる搦め手からめてや理不尽を想定して対処するんだよ。

 例えば、今この時も奇襲を仕掛けるモンスターがいるかもしれないから、常に索敵しよう。でもそんなこと続けたら疲れが溜まっちまうだろ?だから回復薬をたくさん持つとか、定期的に休むとか…………あらゆる危険を想定して、そのすべての対策を考えるんだよ」

「な、なるほど……」

「その対策方法を増やすために、お前は剣と魔法を磨き、オレからダンジョンでの振る舞いや知識を学ぶんだろ?」

「は、はい」

「お前が思った『オレの卑怯な手段』も、お前がとれる対策の一つなんだよ」

「…………」



 色々と話が入り混じったようにシンハは感じた。

 結局何が言いたかったのか、少し頭でまとめ、シエラに伝える。



「まとめると、お前の最も守るべきものは己の命。

 なぜなら、命がなきゃお前の大切なものは守れない。

 命を守るためには、相手が正道邪道どっちでも対処できる力と知識、そして知恵を持てってこと!」



 わかったか!?という言葉にシエラは答えない。

 ノートの言った言葉を頭の中で反芻し、定着させようとしている。


 何も言わなくなったシエラに、ノートは首を傾げたが、特にもう言うことはないので黙って歩き続けた。



 (まだ納得していないのか……それとも変わらず頑固に自分の考えを貫き通すのか…………まあここからはコイツの人生だ。もうとやかくは言うまい)



 そう考えてノートはただ歩くことと周囲の敵への警戒に専念した。



 一方のシエラはというと――――



 (私、なんて固くて浅はかな考えをしていたんだろう…………

人によって様々な選択をとる……当たり前の事だ。そして、その全てを想定できる知識と知恵が私には足りないんだ………………ノートさんはそういう事を考える術を持っていた…………卑怯じゃない、凄い思慮深いんだ!)



 こんな具合にノートに敬服していた。


 きっとアーサーとエレノアが、自分をノートに預けたのはこういう知識と知恵を盗めということが理由と勝手に確信した。


 自分の中で結論づいた事で、シエラの不安は消えた。

 


「これからも色々と教えてください、ノートさん………………いえ、師匠!」

「あん?何で急にテンション上がったんだ…………怖っ」



 シエラの尊敬のこもった視線を急に受け、ノートは気色悪そうな顔になる。


 そして、今後もっと面倒になりそうな予感がプンプンとしたのだった。

 

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