小悪党ノートと裏切りの少女 6



 ノートが渋々シエラにダンジョン探索を教えることになって数週間が経過した。



「それじゃ今日も潜るぞー」

「…………は、はい」



 今回で三回目となるノートとシエラのダンジョン探索。



「今日潜るダンジョンは…………ここです!」

「………………」

「おいおいシエラちゃ〜ん?ここは『おお〜!』とか言って盛り上がる場面だぜ?もっと元気に行こう!」

「…………あの、ここって前に助けてもらったダンジョン、ですよね?」

「あん?そうだけど…………どうかしたか?」

「どうかしたかって…………」



 シエラが不満そうに言うのも頷ける。

 ノートはシエラと潜るダンジョンが、決まってこのダンジョンなのだ。


 多くのダンジョンを潜り、いろいろな知識を得ることができると思っていたシエラ。理想としていた教えと異なっていることに不満を持っていたのだ。



「あの、今日は別のダンジョンに潜りませんか?」

「ダメダメ!ここのダンジョンでも教えることが山程あるんだから!」

「でも…………」

「お前はこのダンジョンのモンスター全て見たのか?トラップ全部見たのか?隠し部屋は?見つけてないだろう?ならば、ここで学ぶことはあるってことだな!」

「他のダンジョンで様々な特性を教えてもらったほうが――――」

「オレのやり方でダンジョン探索の術を教える。これが約束だったはずだ。嫌なら辞めるぞ?」

「…………わかりました」



 渋々シエラはノートに従った。

 教えを依頼したときとは逆の立場になっている。


 ノートの言ったことはあながち間違いではないが、本心でもない。



 (あ、危ねぇ……さすがに不満を持つよな。でも教えを辞めるって言えば当分は文句もねぇだろう………………コイツがいればモンスター討伐を任せられて、オレはあの『狩り場』に集中出来るからな、へへ!)



 結局は自分の儲けを優先するノート。


 ブレアは当分は体力回復に専念して指輪の中でも眠っているために使えない。

 切り札の強力な一撃が使えなのは不安だった。


 入れ替わりで同行してくれたシエラは、ノートにとっては体の良い武器だった。



 (アーサーやエレノアが褒めるだけあって相当強ぇしな。戦闘の実力で言えば、本当にBランクくらいありそうだ)



 ただ、使い勝手よく使った結果、シエラに不満を抱かせてしまった。

 このままではさすがに可哀想か、とノートも申し訳なく思った。



「……ここにお前を何度も連れてきている理由の一つに、マイナスイメージの払拭ってーのもあるんだぞ」

「え?」

「ここは難易度も低く、大したモンスターもいない。この間お前が遭遇したことは稀だ。でもここはお前にとって辛い記憶しかない」

「………………そうです、ね」

「仲間に裏切られ、見たことのない強敵と戦い、死にかけた。その記憶と経験がずっと心の片隅にこべりついているんだよ」

「そ、そうですか、ね?」

「い〜や!そうに決まっている!そういう嫌な記憶はピンチの時になってより思い出しちゃうんだよ!そうなると、体が動かなくなることもあって命の危機に瀕する可能性がある!」

「は、はい……」

「だからこそ!ここを何度も探索し、無事に帰還できるっていうプラスイメージで上書きしてるんだよ!今後の冒険者人生を考えてな!」

「な、なるほど……そんなお考えがあったんですね」

「そういうことだ!わかったなら行くぞ!」

「はい」



 (…………一応は納得してくれたか?まあ少しは本心だし、説得力あったよな?まだちょっと腑に落ちてはなさそうだけど、当分は大丈夫だろう)



 シエラの様子を見てホッとしたシンハは、今日もダンジョンへ潜るのだった。




 *****




 ノートはシエラがまだ腑に落ちていないと思っているが、実際にシエラは思っていなかった。


 その理由はダンジョン内のノートの振る舞いにある。



「む!?少し先に何体かモンスターがいる……わかるかシエラ?」

「ええ、このダンジョンではありきたりなコウモリのモンスターですね。ここは二人で一気に――――」

「奴らは音で敵を見る!ここは静かに息を潜めてやり過ごすぞ!」

「えっ……あの程度の敵なら――――」

「いいから、しっ!」

(あんなモンスター、倒した方が早いのに……) 



 このようにノートは索敵をしても基本的には逃げるか、戦闘を避ける傾向にあるのだ。


 他にもある。



「!?また敵だな…………この気配は、結構大きなモンスターだな」

「このダンジョンで大型のモンスターは、大蛇のキングコブラ、大熊のビッグベアーですね」

「おっ、よく調べてるな!感心感心!」

「ここは一本道……逃げることは困難ですね」

「ああ、戦うしかねぇな」

「どう戦います?私が切り込みますか?」

「いや、まだ相手は気づいていないな…………とりあえずギリギリまで近づくぞ」



 コソコソと物音をたてないように移動し、ついに大型のモンスターが見えてきた。

 予想通り、ビッグベアーだった。


 シエラはいつでも戦えるように魔力を溜めようとする。

 だが、ノートに手を強く握られて辞める。



「待て。折角気付かれていないんだ。ここから仕留める」

「え?でもどうやって……」

「この小型の槍を使う。先に毒が塗ってある。この毒はビッグベアーも昏倒するレベルだ。少なくとも戦闘不能にはできる」

「そ、そんなものをどこで……」

「ダンジョンじゃ武器は沢山持っておくもんだぜ?じゃあそこで見てな」



 そう言ってノートは静かに近づく。

 気配を殺し、慎重に動く姿はシエラも素直に感心する。



 (……私なら真正面で戦うけどね)



 そんなことをシエラが考えていると、ノートはビッグベアーの背後にまわり、一気に飛びつく。


 突然のことにビッグベアーは驚き、ノートを振り払おうとする。


 しかし、その前にノートの槍がビッグベアーの眼球を貫く。

 目から体内へ毒を塗るためだ。


 ビッグベアーは悲鳴を上げてのたうち回る。

 激しく動き、しばらくすると動かなくなった。


 どうやらそのまま絶命したようだった。



「お、ラッキー!思わぬ収穫だぜ!おいシエラ、解体するから手伝ってくれー」

「…………はい」



 ノートの指示に素直に従うシエラ。


 だが、内心は不満で一杯だった。




 *****




「じゃ、オレはこの先に用事あるからここで見張っていてくれ。敵がいたら倒すんだぞー」

「……はい」



 そう言ってノートは天井の隠し部屋へ行く。

 シエラもついていこうとしたが、必死で拒絶された。


 ここはシエラが黒いミノタウロス三体と戦い、ノート(あとブレア)に助けられた場所。


 だからこそ、隠し部屋だったあの部屋の中を見ることができておらず、何があるか気になったのだ。それを隠すノートに不満がある。



「これで私、本当に冒険者として成長できるのかな?」



 不満は不安を招き、心の隙をうむ。



「……!?」



 複数の気配を感じ取り、シエラはすぐに魔法を唱える。


 だが、誰もいなかった。

 気配はするのに、振り向いた先には何もない。



「え………………っ!?」



 背中に激痛がはしる。

 そこには黒く、輪郭が曖昧なモンスターが二体いた。

 手と思わしき部位は鋭く尖っており、それでシエラを攻撃したのだろう。



「し、しまった…………」



 すぐに壁を背にして剣を構える。

 痛みで集中できずに魔法は唱えられない。

 しかも、体を少しでも動かせば痛みがはしる。



「ど、どうしよう……どうすれば…………」



 痛みは思考能力も奪う。

 そんなシエラに、黒いモンスターはにじり寄っていく。





「魔道具『ライト&ダーク』!!」



 シエラの目の前に石が降ってきた。

 そして突如カッと光る。


 前からモンスターが苦しむ声が聞こえる。



「今だ!思い切り短剣を振れ!!」



 声の言う通り、シエラは慌てて短剣を振る。

 何かを斬り裂いた感触と悲鳴が聞こえる。


 やがて目が慣れると、目の前には二体のモンスターが事切れていた。



「影になって潜む実体なきモンスター『シャドウ』だな。このダンジョンじゃ目撃情報が少ないレアモンスターだ」



 声の主はノートだった。


 モンスター……シャドウが消えて、ため息をつきながら説明を加える。



「だがご覧の通り、倒すとすぐに消えるから得るものはない。おまけに光を当てダメージを与えないと物理攻撃が効かない厄介な敵…………運が悪いな〜お前」



 説明を終えると、ノートは指をクイッと動かす。

 シエラが混乱しているからよく分からずにいると、焦れったそうに要求を言葉にする。



「背中、ケガしてんだろ?応急処置するから向けな」

「は、はい……」



 淡々と処理するノート。


 その姿は先程までと同じ人とは思えないほど、頼りがいを感じた。

 

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