小悪党ノートと裏切りの少女 5



 ノートがシエラを救ってから一ヶ月が経過した。



 ノートは結構なダンジョン収入を得たが、マスターへの返済や当日の飲食料金を結局全額支払った為に再び金欠となった。


 最初は駄々をこねたが、クレアが『払った分のツケを免除してあげるけど?』と言われ、渋々支払った。


 ちなみにツケの三分の一程度分と聞いて、愕然としていた。

 当分クレアには頭が上がらないままだ。


 そんな金欠だからこそ、ノートは今日もダンジョンに例の仕掛けをした隠し部屋を訪れて、大金を稼ごうとした。



 しかし、思いの外モンスターたちが復活しておらず、大した稼ぎにならない日が続いた。

 計算外の事態のせいで、ノートの金欠生活は続いていた。



「はぁ〜……金、降ってこないかなぁ……」

「なにアホ言っているの?」



 今日も『クラフトホーム』で一杯ひっかけている。

 ノートの欲深い独り言にクレアが呆れを含んだため息をはいた。



「くそ〜、あの日アーサーに奢らせればよかったなぁ〜」

「あんた、王族に奢らせるって……それにあの日はブレアちゃんがすごい食べてたんだから、ノートが払うのが筋でしょ?」

「あ、あの野郎か…………この間の宴会の後、力を使いすぎたって言ってずっと寝てるし、羨ましい生活してるぜ」

「それより、シエラちゃんはどう?」

「え、『しえら』?………………あぁ、オレが助けたガキンチョか!さぁな、今はアーサーとエレノアが面倒みてるから。オレは知らねぇ」



 あの日、エレノアが急にシエラを魔法使いとして自身の弟子にする宣言をした時は驚いた。


 アーサーの侍従兼冒険者の相棒として、常に側で控えて自己主張をしない人物と思っていた、エレノアの主張。

 アーサーでさえも驚きの色が濃かった。


 理由を聞くと、シエラから魔力の素養を感じたそうだ。

 それも、途方もない可能性を秘めている、とのことだ。



「『私をも遥かに凌ぐ才能です』って言ったのには驚いたね」

「ああ。エレノアはムカつく女だけど実力は本物だ。今までも奴の強力な魔法で助かったことが多かった、紛うことなきSランクの冒険者だ。だから、あいつが言うようにあのガキの魔法の才能は本物だろうぜ」



 当のシエラ本人は、あまりの急展開に追いつけていなかった様子だった。


 だが、少し時間が経過してエレノアの言葉の理解が完了すると、まるで地震かのように大きく震え上がった。

 そして、途端に「恐れ多いです!」「才能ありません!」「ムリです!」と連呼して断り続けた。


 エレノアがいかにシエラに才能があるかを力説しても、シエラは戸惑い恐縮し弟子入りを拒み続けた。


 だが、エレノアはこう言って続けた。





 *****





「見捨てた仲間を見返す…………何よりも、あなたは強くなりたくないの?」

「……!?で、でも私……」

「…………きっと自分に自信を持てないのですね?」

「…………」

「あなたのいた環境、想像しかできませんが辛かったと思います。信頼すべき仲間にいいようにつかわれ、実力を否定され…………挙げ句捨て駒にされた。私だったら最低二回はそいつらを灰にしてます」

「…………具体的な数字が怖ぇな、この女」



 エレノアが言うから冗談に聞こえない。

 ノートの言葉を無視してエレノアは続けた。



「ですが、それ以上に不運だったのは…………魔法を教える人間がいなかったことです。でもあなたは若い。今からでも鍛えませんか?」

「…………どうして、そこまで熱心に?エレノアさんも忙しいでしょうし……こんな他人の子どもに…………」

「ああ、それも気にしていたのですね?それは簡単な理由です」



 エレノアはシエラに笑いかけた。



「そうしたかったからです」

「え……?」

「才能の埋没が許せない、自分の弟子を作りたい、アーサー様の力になる強い戦力を生み出したい…………細かい理由や打算は多々あります。でも、一番はあなたの本当の姿が見たい」

「…………ほ、本当の?」

「想像してみなさい?周りなんか関係ない、自分の思うままに全力をふるって敵をバッタバッタと倒す己の姿を」

「…………………………!」



 シエラは目をつぶって想像した。


 本で見たような大魔法使いが規格外の魔法で敵を倒し、縦横無尽に駆け回る姿。

 この世の全てが自身の意のままにできるかのような、道を極めた者の姿。


 今までは考えもしなかった爽快感に身が震える。



「どう?」

「……………………本当にお願いしていいんですか?」

「あら、話を聞いていたかしら?私が教えさせて、とお願いしているのよ?…………あなたの答えは?」

「…………お願いします!私、強くなりたいです!」



 今度は力強い答え。

 エレノアは満足気に頷いた。




 *****




「あれから一ヶ月……あんた様子も知らないの?同じパーティなのに」

「基本的にオレはソロ活動だ。アーサーがパーティとして勝手に申請してるけど関係ねえよ。だから知らねぇ」

「随分と冷めた答えね。まぁあんなこと・・・・・があったアンタならそう言うわね」

「そういう事。まぁ毎日アーサーとエレノアに連れられてハードトレーニングしてるだろうよ」

「え、あの二人のクエストに!?大丈夫なの?」

「多少ランクが落ちるクエストに連れて行くってアーサーは言ってたな〜。『実戦が最高のトレーニング!』って脳筋なこと言ってたし」

「し、心配ね……」



 そんな会話をしていると、入口から元気のいい少女の声が聞こえた。



「こんにちはー!」

「いらっしゃいませ…………あら、噂をすればシエラちゃん!」

「……?噂ですか?」

「頑張ってるかな〜ってね。お一人?」

「いえ、アーサー様とエレノア様も一緒です!」



 シエラの言う通り、後ろからアーサーとエレノアがやってきた。


 クレアは当たり前のように三人をノートと相席になるように案内してきた。

 ノートは嫌そうな顔をしたが、もはや誰も気にしない。



「やぁノート!調子はどうだい?」

「…………今さらに悪くなったよ」

「そりゃあ大変だね!なら一緒にクエストへ行こう!」

「意味わかんねぇよ!?行くかよ!」

「クエストは冗談として、ダンジョンに潜ってもらうわよ、シェラと」

「あん?シエラと?」



 珍しくノートに話しかけてきたエレノアの意図が分からずに首を傾げる。

 急にどういう意味だろう?



「ここ最近、シエラくんには僕たちのクエストに同行してもらって実戦経験をつけていたのは知っているよね?」

「あぁ。聞いてもねぇのにお前が教えてきたからな」



 ノートの小言を笑顔でスルーして、アーサーは続ける。



「剣が僕、魔法をエレノアさんが教えたんだけど、もう結構な実力になってきた。多分戦闘能力だけで言えば、Bランクくらいはあるかな?」

「……はぁ?嘘だろ?剣も習ってんのかよ!?っていうか、た、たった一月でCランクからかよ!?」

「いや、それはパーティとしてのランクらしいよ。シエラくん個人ではEランクだったんだ」

「オ、オレと同じじゃねぇか!?そこからBって……」

「正式な試験を受けなきゃ分からないけどね〜」



 エレノアが相当入れ込んでいるから才能はあるんだろうが、そこまでとは思わずに驚くノート。


 いずれアーサーやエレノアも越え、冒険者の歴史上でも上位の強さになりそうだ。



「話を戻すけど、それくらいの強さはある。だけど、冒険者として必要なダンジョンの知識が足りない」

「………………嫌な予感……それで?」

「そこでノートが教えてあげてほしいんだ!」

「……………………」



 露骨に顔をぐしゃっとするノート。


 言わなくても心の声が聞こえてきそうだ。

 実際にアーサーは苦笑、エレノアはため息、シエラは残念そうな表情になっている。



「そんな顔しないでくれよ、ノート!」

「そうよ。ただでさえ残念な顔がさらに残念になるわよ?」

「やかましいわ!?」

「だ、ダメですか?ノートさん?」



 エレノアのシンプルな悪口に気がたったが、シエラの純粋に残念そうな表情を見て、さすがに居心地が悪そうになる。


 それでも嫌なノートなのだが。



「お、オレじゃなくても他の冒険者を頼れよ。アーサーならツテとかあるんじゃねぇの?」

「僕たちはクエストをメインでやってきたからねー。同じような冒険者とは交流があるけど、ダンジョンメインの冒険者とはあまりかな〜」

「それに貴方は私たちのパーティでしょ?ダンジョンに何年も潜ってきたし、頼るのは自然でしょ?」

「む、むぅ…………」



 アーサーとエレノアのぐうの音も出ない正論にノートは押し黙る。

 だが、面倒くさいことこの上ない話なのでどうにか断りたい。


 ノートが言葉を探していると、シエラがノートの前にきて熱弁する。

 


「アーサー様やエレノア様からノートさんのお話を聞きました。『亡国の遺跡』や高ランクのダンジョンである『龍眠る呪樹林』でのご活躍も」

「あ、いや、それは別に――」

「それに、この間のダンジョンでも隠し部屋を見つけていましたよね?だから天井から落ちてきたんですよね?」

「それはまぁ……でもたまたま――――」

「それに、あの後も私を背負ってダンジョンを脱出していました!そこまで難しくないダンジョンとはいえ、一人で潜入と脱出を無傷でなんて…………Eランク冒険者なんて信じられないくらいです!!」

「あ、圧がすごいなコイツ…………」



 グイグイくるシエラに後ずさる。ここまで強引な性格だったのか?

 命を救ったというフィルターがかかっているからか、随分と高評価な様子だった。



「そんなすごい人のダンジョン知識と教えを受けたら、今後の財産になると思うんです!」

「か、買い被りだぞそんなの……所詮オレは年上だけどお前と同じランクで燻っている――――」

「冒険者協会では測れないお力なんです!どうか、貴方の知識を少しでも授けてください!ノートさん………………いえ、ノート師匠!!」



 バッと礼儀正しく頭を下げるノート。

 周りをみると、アーサーたちや他の客が見ていて。

 そして、全員の視線がこう言っていた。



『受けてやれよ』



 (こ、これが目的か?衆人環視の前で断れない状況を作ることが!?)



 先程からノートが何かを言う前に、畳み掛けるように話を続けてきた。


 最初の弱っていた時に感じたしおらしさが全くない。

 これが本来のシエラか。



 (…………まぁ実際のところ、周囲の視線とか興味ねぇし断ることは簡単なんだよな〜)



 それでもノートが断りにくさを感じる理由。

 それはシエラの素直さだった。


 この少女はずっと素直な気持ち……本音で語りかけてきていた。

 今もずっと頭をさげている。


 だからこそ、ノートは断ることができないでいた。

 本気でうだつの上がらない冒険者であるノートに教えを請いていた。


 小悪党なノートも、その熱意を蔑ろにすることはできなかった。



「……あくまでもオレのやり方だからな。そこに文句を言わないなら、協力してやる」

「ほ、ほ、ホントですか!?あ、ありがとうございます、よろしくお願いします!!」



 シエラが嬉しそうに再びお辞儀する一方、ノートはブスくれていた。

 意外なノートの回答にアーサーたちだが、その微笑ましさについつい笑みが溢れてしまったのだった。

 

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