小悪党ノートと裏切りの少女 4
シエラの応対をしたクレアは少し眉をひそめるが、すぐに営業スマイルに戻って聞き返す。
「どうかな〜、探してみるけど…………その人がどうかしたの?」
「あ、急に来てこんなお願いすみません!私、その人にお礼を言いたくて…………」
(ノートにお礼?あんな小悪党がそんなお礼される事するかな………………でもこれ以上は詮索しても変ね)
そう考えてシエラをノートたちの卓まで案内するブレア。
「ん?………………げっ!」
ノートはすぐにシエラを思い出し、顔を背ける。
イヤイヤ助けたことがバレて、またクレアやエレノアに小言を言われたくないのだ。
さらに言うと、ノートが作った半自動狩り場の真下にいたので、そのこともバレたくなかったのだ。
「おや?クレアさん、その娘は?」
「はい、どうもノートに用事が――――」
「ちょ、ちょっとトイレ!!」
アーサーとノートの会話を聞いてマズいと思い離席するノート。
だが、それは叶わなかった。
“こりゃ!ワシは酒を待っとるんじゃ!お前が離れたら、指輪に宿るワシも離れねばならんではないか!”
「酒は逃げねーよ!オレの尿意が優先だ!」
“い〜や、酒の鮮度が優先じゃ!酒は逃げなくとも酒精は時間を追うごとに劣化するのだ!よいか、酒というのは――――”
何故か酒に強いこだわりを持つブレアが語りだした。
そんな時間がかかることをすると――――
「あ、あの時の指輪の声……」
“おお、あの状況でわが美声を覚えていたとは!当然とはいえ、良い記憶力だ。褒めてやろう”
「助けてくれてありがとうございます……ノートさんも」
丁寧にお辞儀をしてノートとブレアにお礼を言うシエラ。
ガサツで粗暴な者が多い中、珍しいシエラに好感を持った一同。
ただ、ノートは興味なさそうに手をヒラヒラするだけだった。
なるべく大人しくして、秘密の狩り場の話題に触れられないようにしたいのだ。
「あの、それでお礼をしたいのですが……」
「実に律儀な少女だね!見たところ駆け出し冒険者って感じだけど?」
「そうですけど…………え、あ、あなたは………………!?」
「うん?ああ、自己紹介をしてないね!僕はアーサー!この人は相棒のエレノア!僕らとノートは同じパーティなんだ!」
「アーサーさん……エレノアさん…………ま、間違いない、Sランク冒険者のですね!?わぁ……すごい、本物だ!!」
大興奮のシエラだが、そこである事に思い至りハッとなる。
Sランク冒険者で、なおかつ王族のアーサーとその従者エレノア。
彼らと同じパーティであるノートも只者ではないはず。
そう考えたのだ。
現に、ノートは見たこともない魔法の指輪(呪いの龍ブレアのこと)を持っている上に、実力の底をまだ見せていない……とシエラは思ったからだ。
(索敵には自信があったのに、あのノートさんからはまるで強者特有の濃厚な気配を感じない……私よりも弱そうな力しか感じない。そこまで力のコントロールを、こんなリラックスする飲み会でもやるなんて…………すごい用心深さです……)
最早ノートに畏怖すら覚えたシエラだった。
実際は、単純にシエラより弱いだけなのだが。
「そ、そんな凄い人に私ごときが納得させられるお礼ができるかな…………で、でも、誠意は見せますので、お礼させてください!」
シエラの思い込みとも言える考えがわからないノートは、なぜ急にシエラが恐縮し始めたのかわからない。
ただ、これ以上面倒になりそうな事には首を突っ込みたくない。
「……?よく分からんけど別にいいよ。偶然お前が襲われたところに出会しただけだし、助けなきゃ冒険者として罰則があるからやっただけだ」
「でも……それでも命を救われました!お礼をしなきゃ気が済みません!」
「いや、受ける側のオレが要らねえって言ってるじゃん?もう気にすんなって」
「これは私の気持ちの問題です! 貴方の気持ちは関係ありません!!」
「理不尽!?お礼の押し売りはかえって無礼じゃねえか!?」
お礼する、いらない、というノートとシエラの応酬。
事情はよくわからないが、どう考えても言い争うには小さな理由だった。
呆れて苦笑が漏れるが、このままでは埒が明かない。
そう考えたアーサーは二人の応酬に割って入る。
「まあまあ二人共!このままじゃずっと続きそうだね?なら、ここは第三者である僕が判断して上げよう!」
「あぁ?お前何勝手に――――」
「そうですね!その方が冷静に決められそうですし、アーサー様の判断なら納得します!」
「…………なんだコイツら」
自分を置いてどんどんと話が進んでいってしまう。
当事者なのに、何だか蔑ろにされているようでノートはいい気持ちにはならない。
そうなると、さっきまでの言い争いが嘘のように気持ちが冷めた。
正直もうどうでもよくなってきたノート。
(ここで無駄に意地をはるより、適当にお礼してもらって解放されればいいか。)
そう考えていたが、少し判断が遅かった。
すでに自分以外が盛り上がり始めていたからだ。
「なら、まずはお礼するほどのことか判断するために、何があったか教えてくれないかい?丁度食事が本格的に運ばれてきたし、ゆっくり話を聞こうじゃないか。シエラくん……だよね?キミもよければ一緒に食べながらさ!」
「良いですね。そうしましょうか」
「あ、ならスプーンとフォークを追加で持ってこなきゃ!シエラちゃんは座っててね!」
「あ、ありがとうございます……………すごい恐縮ですけど、そうですね。説明いたします」
そういうと、シエラはそそっと小さく椅子に座った。
その初々しい姿に微笑ましさを感じながら、アーサーとエレノアも座った。
クレアは配膳にもどり、ブレアはマスターが持ってきた酒をガブガブ飲む。
「…………あれ?ここの支払い、全部オレがするの?人助けしたのに?」
そしてノートは一抹の不安を覚えたのだった。
*****
シエラは自分がパーティを組んだ五人でダンジョンに潜ったこと。
途中で謎の黒いミノタウロスらしきモンスターに襲われてしまったこと。
仲間に囮にされて、一人で戦ったこと。
そこへノートとブレアが現れて助けてくれたこと。
一部始終全てを話した。
話を聞いたアーサーたちはシエラに同情的だった。
「随分濃厚な半日を過ごしたんだね……」
「ホントにね〜。仲間に裏切られて、モンスターにも襲われて…………珍しくいい仕事したね、ノート」
「…………クレアちゃんや?褒めてくれるのは嬉しいけど、給仕のキミがなぜここに座ってのんびりしているんだい?」
「休憩中よ。何か問題が?」
「いえ……」
ノートの言葉が終わったとわかると、ふん!と言ってシエラに向き直り、頭を撫でるクレア。
相当気に入ったらしい。
「その冒険者たちは僕からも冒険者協会に口添えしておくよ。シエラくんに悪影響が及ばないようにね」
「え、そ、そんなことして頂かなくても……」
「ダメダメ!王族として、重要な産業である冒険者稼業にも関わることだから、キッチリ対応するよ!」
アーサーが何か動くなら、もう
というのも、ダンジョンの救助義務はただ助けるだけでなく、状況を可能な限り細かく報告する必要がある。第三者の証言として重要であり、今後の冒険者たちの活動が円滑に進められるサポートをするための参考にするためだ。
ノートはその報告を面倒くさがっていた。
だからこそ、アーサーが協会に報告をするなら、自分が改めて報告しなくて済むのではないか?
そんな考えがよぎったことがバレたのか、クレアがジトッとした視線を送ってきていて驚く。
「念の為言っておくけど、後でマスターに報告しなさいよ?アーサー様が動いても、あんたの救助義務が免除される訳じゃないからね?」
「な、何の事かなクレアちゃ〜ん?も、もも勿論わかってるよ?」
「やっぱりサボろうとしてた…………まあいいわ、ちゃんとしなさいね。それよりも気になるんですけど……」
「ああ、黒いミノタウロスだよね?僕も気になっていたんだ」
クレアとアーサーは、シエラの話に出てきた黒いミノタウロスが気になった。
「ダンジョンはまだまだ謎が多い場所で、ミノタウロスはダンジョン固有のモンスターだ。でも、黒いミノタウロスは聞いたことがないね」
「そもそもノートとシエラちゃんが潜ったダンジョンでミノタウロスは出現した報告すらないんですよ。それが三体ってね〜」
「で、でも私実際に…………!」
「あ、ご、ごめんね。シエラちゃんを疑っている訳じゃないの。でも異常事態すぎるから見過ごせないのよ」
そこで言葉を区切ると、クレアはノートをじ〜っと見つめる。
今度は何もやましい事を考えていないのにビクついてしまう。
しかし、クレアが何を言いたいかがわかったので素直にノートは答えた。
「確かに見た目は黒いミノタウロスだったぞ。
「……?随分含みのある言い方をするね?何か気になるのかい、ノート?」
「オレもミノタウロスには遭ったことあるけど、それとはちょっと違う気配?だったからな〜、その黒いミノタウロス」
「それは黒いミノタウロスが特殊な個体だからではないかな?」
「いや、それはそうかもだけど……もっと違う気配というか…………う〜ん…………」
「……ぐちゃぐちゃな気配、でしたね」
「そうそれ!何か気持ち悪い、違和感が強い気配だったんだよ。今まで見たダンジョンのモンスターとは違うね!」
「…………どういうことだい?」
「知らねぇ」
結局は謎のモンスターであることしか分からない。
ただ、二人……おそらくシエラのパーティも遭遇しているから、実際に存在するモンスター。
非常に不気味だった。
「これは調査が必要か…………これも冒険者協会に打診しておこう」
「………………」
「……?エレノアさん、さっきから黙ってどうしたの?」
アーサーのいうように、先程からエレノアはずっと黙ったままだ。
静かに、シエラをみていた。
その視線にようやく気がついたシエラは、何か粗相したのか気になってソワソワしてしまう。
「あ、あの……その、私何かお気に触ることを…………?」
「…………あなた、普段はそのナイフで戦っているの?」
「え?は、はいそうですけど……」
「…………魔法は?」
「そ、そんなのないです!私魔法を使えないので!」
「使えない?そんなこと…………今まで魔法の訓練とかは?」
「えっと、同じパーティに魔法使いがいて、たまに訓練のお手伝いはしましたけど……私自身はなにも」
「な、なんて勿体ない……」
「勿体ない?エレノアさん、どういうこと?」
エレノアは席を立ち、シエラに近づく。
詳しく何も話さないエレノアに、シエラは少し怯える。
さらに、エレノアがシエラの両頬をそっと包んで目を見つめるから、緊張感も増してくる。
その状態のまま、エレノアは全員に告げた。
「この子、私が魔法使いとして育てます」
「「「は?」」」
ノート、クレア、アーサーが思わず声を漏らした。
だが、エレノアは静かにシエラの目を見ている。
当の本人のシエラは声すら発せられずにポカンとしたままだった。
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