小悪党ノートと龍の秘宝 17



「ぼ、亡霊?………………て何?」

「よ、要するに死霊系のモンスターですね!?」

 “ちょっと違うな。死霊系は強い想いの個人・・がモンスターになる。だが、亡霊は複数人・・・の強い想いが集まってモンスターになる。当然複数の想いが集まったため、相当強いぞ”

「複数って……マルコさんの怨念しか吸収していないのでは!?」

 “さっき言ったじゃろう? 吸収前から石っころ…………人間で言う『宝物』にも怨念が宿っておった。そいつらも合体したんじゃろう”



 亡霊は悍ましい雄叫びを上げながら、ギーク村長に飛びかかった。



「ヒッ!?い、いやだ、イヤだぁぁぁぁぁぁああ!!?」



 必死に逃げようとするギーク。

 だが、亡霊はその青白く細い腕を伸ばしてギークを捕まえる。



「は、離せ!! わしが何をしたのいうのだぁ!! ただ、か、か、金を稼いだだけだぁあああ!!!?」



 目や鼻を大量の液体で濡らしなが喚き散らすギーク。


 だが、そんな汚い大声は誰にも響かない。

 ましてや、亡霊には耳障りなだけだった。



「が、がぁああ!? い、痛い痛い痛い痛い!!!! や、やめて…………グゥぇ!?」



 亡霊はギークを握りしめる。

 じわじわと力を込めて、なるべく苦しむように握りしめる。


 か細い腕からは想像もできない力。


 ギークは最初痛がるような声をあげたが、徐々にそんな声も出せなくなる。



「ぁあ…………ぇて、く…………ブゥエ………ッ…………………」



 骨が折れ、肉や皮膚を引き裂く。

 口からは大量の血を吐き出し、徐々に鼻や目、耳……あらゆる穴から血を吹き出しながら絶命した。


 亡霊はそれでも握りしめることをやめなかった。

 やがてギークはぐちゃぐちゃな肉塊に変わり果て、最後は完全に握り潰される。


 亡霊が手を開いた時、もはや何も残っていなかった。

 この世に『ギーク村長』という存在を消したい、そんな怨念を感じた。



 だが、これで亡霊は止まることはない。

 次の標的としてとロビンとジェラを見る。



「ヒッ!? ヒィイいい!?」

「お、俺は何も知らない! 関係ないぃいい!!」



 一目散に逃げ去る二人だが、急に体が動かなくなる。

 亡霊の術――金縛りだった。



 ゆっくりと二人に近づく亡霊。

 二人は悲鳴も上げられない。

 ただガタガタと体を震わせて青白く怯えるのみだった。



「流石に見過ごせないねぇ!!」

「多重魔法陣展開……『プロミネンス』!!」



 エレノアの魔法による豪炎の火柱が亡霊の真下から炸裂する。

 悲鳴を上げながら亡霊は火柱から離れるが、離れた先でアーサーが剣を振るう。



「イストリア流剣技 『虚断』」



 青白い光を放ちながら、アーサーは亡霊の腕を斬り飛ばす。

 本来触れることができない『霊体』である亡霊に干渉できるようにする剣術のようだ。


 片腕を失った亡霊は悲鳴をあげ、そして奇声をあげてアーサーにつかみかかる。

 しかし、素早いアーサーを捕まえることはできず、むしろアーサーの剣で全身を斬り刻まれる。


 亡霊は痛みにのたうち回る。

 この隙にアーサーは一旦亡霊から離れる。


 攻撃を止めて休憩に入った、と思った亡霊は「今度は自分の番」と言わんばかりにアーサーに迫る。



 だが、亡霊の番は来なかった。



「清浄なる光の嵐………………多重魔法陣展開! 神聖魔法『ホーリレイ』!!」



 聖なる閃光が亡霊を襲う。

 悲鳴を上げながら亡霊は全ての閃光を受ける。



「おぉ!! 亡霊が分散していく!」

「やりましたよ、アーサー様!………………え?」



 亡霊は確かにホーリーレイによって体が分散した。


 だが、分散しても亡霊は終わらない。

 亡霊は分散したまま、それぞれが別々の個体として行動を開始した。



「おいおい! エレノアのせいで増えちゃったじゃん!」

「私のせいにしないでくれる!? こんなの想定できるわけないじゃない!!」

「ケンカしてる場合じゃないよ!? 早く何とかしよう!」



 そう言ってアーサーは飛び上がって分裂した亡霊に斬りかかる。

 だが、分裂して小さくなった分亡霊の移動速度が格段に上がった。


 剣が当たる前にひらりとかわされ続ける。


 そして、そのまま亡霊たちは、なんと村人たちを襲い始めた。



「う、うわぁああ!?」「な、なんで俺たちまで……!?」「た、助けてぇ!!?」



 村中から悲鳴が聞こえる。

 だが、村人たちはなす術なく亡霊に襲われて倒れる。


 アーサーはすぐに近くの村人に近寄る。

 白目をむいて痙攣しているが、息はある。



「よかった、とりあえず生きているね」

「アーサー様! こちらも大丈夫です!!」

「こ、こっちもです!!」


 

 エレノアとセリオも近くの人たちの安否を確認してくれたようだ。

 だが、無事ではない者たちもいた。



「ひ、ひ、ひぃぃいいいいいい!!?」

「た、助けてぇえええ!!!?」



 ロビンとジェラだ。

 多くの亡霊が集まってロビンとジェラを襲う。


 亡霊が集まって姿は見えないが、悍ましい悲鳴を上げながら血飛沫や肉片が宙を舞っている。


 やがて声が聞こえなくなり、亡霊が去っていくと、そこには赤黒い液体だけしか残っていなかった。



「早く亡霊退治をしよう!」

「私も魔法で応戦します!」

「わ、私も…………!」

「セリオくんはマイさんの傍にいてあげて! 気絶しているし、守ってあげな!」

「し、しかし………………わ、わかりました。すみません!」

「ノート! キミも手伝って………………あれ? ノートは!?」



 ノートを探してキョロキョロと探したが、その間にも亡霊は村人を襲っている。

 それだけでなく、外部からきた龍水祭に参加した観光客も襲い始めている。


 アーサーは、ノート探しを早々に切り上げて亡霊退治に向かった。




 *****




 急にいなくなったノート。

 そのノートは、村長邸から離れて村の内部へ戻ってきていた。


 村の内部は先ほどまでの騒動のせいでほとんど人がいない。

 ノートにとっては好都合だった。



「よ〜し! 予想通りほとんど人がいねぇ! 今なら家に侵入しても、誰にもバレないな!」



 なんと、ノートはこの混乱に乗じて空き巣をしようとしていた。



「この村で起こったイザコザのせいで、オレは入手したお宝を失ったんだ。その補填を村人たちから拝借しても、バチは当たらないよな!ヒヒヒ……」



 自分勝手な解釈をして空き巣を肯定するノート。

 当然罰当たりな行為である。良識ある人間なら、当然やらない。



「へへ! やっぱりまず訪れるべきは…………やたら裕福な家!」



 ノートの言う『やたら裕福な家』――それは、生贄になった人の家族だった。


 ルンルン気分でその家へ向かったノート。

 スムーズに到着して軽く敷地内を確認すると………………絶句した。



「ぼ、亡霊がここまできてんのかよ!?」



 咄嗟に物陰に隠れるノート。

 そして、慎重に中を確認すると――――



「ぎゃぁぁあああ!?」「やめてぇええ!!?」「ぁぁぁぁあああっ!!」



「……げ、げぇ、グロすぎる…………」



 生贄になった者の家族たちは全員が亡霊に殺されていた。

 どこの家族も、漏れなく亡霊に殺されていた。



 ――ナゼステタァアアア!――



「……なんか喋っている?」

 “うむ、ナゼステタ…………なぜ捨てた、と言ったところかの?”

「ああ〜そういう恨みか……………………………………っえ?」

 “む? どうした?”

「な、なんであんたがここにいるんだよ!?」



 いつの間にか隣にいたカーズドラゴンのブレア。

 存在感が大きいはずなのに、全く気づかなかった。



 “貴様が気配を消して移動をしているのが気になってな。暇だしついてきちゃった”

「そ、そんな暇つぶしみたいな理由で…………ていうか、気づいてたのか?」

 “へっぽこの癖に、気配の消し方は見事だな。ワシも真似してみたんじゃがどうじゃ?”

「あ、ああ、いいんじゃないんですか?」


 (ふざけんなよ!? ダンジョンで生き残るために必死で身につけた気配の消し方…………絶対の自信があったのに、この龍にはバレてたのかよ!? 挙句簡単に模倣されるとか…………どうかしてるぜ!!)



「ところで……亡霊って喋れるんだな」

 “余程伝えたいことがあると、喋るんじゃろうな”

「なら、あの亡霊は『なぜ捨てた』って伝えたかったってことか。つまり…………」

 “うむ、あの家族の関係者だろう”

「っていうか、生贄になった人間たちだろう」



 生贄になった家族たちは、村長から大金をもらった。

 さらに、仕事でも優遇されていたようだった。


 だから、生贄については何も文句を言わなかったのだろう。

 中には、何らかの都合で消えて欲しい人間を生贄として売った者もいたそうだ。


 生贄になった人間のことは忘れ、残った者たちは大金で幸せな暮らしを送っている。



 ――そんなこと、許せない――



 亡霊がそう思ってもおかしくはない。

 だから、亡霊は真っ先に家族や依頼者を恨み、命を奪いに行く。



 “だが、恨みを晴らしても亡霊は浮かばれん。一生亡霊のままじゃ”

「哀れだね〜。まぁ復讐でスッキリできて満足して、多少は報われているのかもな」



 まぁどうでもいいけど――

 それがノートの感想。それ以上でもそれ以下でもなかった。



「でもここはダメだな。亡霊がいる限り危なくてしょうがない」

 “おおう? ならば次はどこへいくんじゃい?”

「元村長たちの家! 家宝とかのお宝を持ってそう!」



 実際のところは、元村長たちは流行病による治療費の捻出で金目のものはもう売り払った後なので、何もない。

 しかし、ノートはそのことを知らない。


 亡霊に襲われないように慎重に走りながら元村長宅へ向かった。



 だが、行ってみてノートは後悔する。



「おいおい…………ここも亡霊どもがウジャウジャいるじゃん! でも、何か様子がおかしいな?」

 “む? あれは…………”



 亡霊は流行病で伏せている者から何かを吸収していた。

 その傍には、すでに殺されている家族と思われる者たちもいる。



「な、何をやっているんだ?」

 “倒れている人間につけていた『呪い』を回収しているようじゃのぉ”

「呪いをつけていた・・・・・?」

 “うむ、人間どもが騒いでおった流行病とやら…………あれは生贄で死んでいった者たちの『呪い』が原因だったらしいのぉ。その呪いを回収して、自身の怨念にして、パワーアップしているようじゃ”

「呪いの龍じゃなくて、自分たちの身内に呪われていたとは……」



 流石のノートも哀れに思える。

 伝説とは違ったが、流行病の原因は確かに『呪い』だった。


 ただし、原因が生贄の怨念であるために、生贄を出すたびに強力になっていく。

 この村が自ら生み出した負の連鎖。

 自業自得で、哀れに思ってしまう。



「…………っていうか、パワーアップするならここにいたら危ないじゃん!? さっさと逃げよう――」

 “遅かったようじゃな”

「えっ…………げぇ!?」



 亡霊がノートに気づいた。


 耳障りな奇声を発しながら、猛烈なスピードでノートに迫る。

 腕を振り下ろして、ノートの命を奪いにくる。



「ひ、ひぃ〜〜!!?」



 すぐに走って逃げ、亡霊の攻撃はかわすノート。

 反撃として、石を拾っては投げるが、当然亡霊の体をすり抜ける。


 魔法も、アーサーのような剣技も使えないノートには、攻撃の手段がなかった。

  

 だが、亡霊も手こずっている。

 何度腕を振るっても、ノートは上手いことかわし続ける。


 すると、亡霊は目を光らす。



「ギィ!? か、体が…………動かねぇ……!?」



 亡霊の術、金縛りだった。

 走るポーズで固まって動けなくノート。


 動くことは動くが、身体中がロープで縛られているかのように動かしづらい。


 何とか腕を動かして石を拾う。

 が、亡霊はすぐそこまできていた。ノートには何もできない。


 亡霊は、今度こそ仕留めるとばかりに……ここで確実にノートの命を刈り取れるように、目一杯勢いをつけて腕を振るう。



「ぐぎぎ…………こ、れでも…………くらえぇ………………!!」



 ノートは動きづらい体を必死に動かして、石にライトを照らす。


 すると、手元の石はカッ!と紫色の光を発する。

 淡い光だが、強めの光。

 特殊なインクとライトによってインクが光る自家製魔道具――――ライト&ダーク。


 咄嗟にノートは拾った石にインクをありったけぶちまけ、ライトで照らしたようだ。


 そこまで強い光ではないが、亡霊にとっては効果はあった。

 悲鳴を上げながら、痺れたかのようにその霊体を震えさせている。



「お、体が自由になった! 辞書視でみた情報の通り、微かな光にも弱いんだな!」

 “ほぉ、変な透明な板から微量の魔力を感じたが、あれで観察と分析をしたのか。なかなか小賢しいな〜”

「素直に賢いって言えよ! それに『変な透明な板』じゃなくてモノクルだよ!」



 そう言って急いで離れるノート。

 だが、それも一瞬。すぐに亡霊は回復し、再びノートに襲いかかる。


 再び目を光らせて金縛りに合わせようとするが……



「へへ! それはもう対策済みだぜ! その光を浴びなきゃいいって辞書視で知ってんだよ!」



 ノートは羽織っていたローブを脱いで全身を覆う。

 亡霊の目の光を浴びないようにするためだ。


 結果、金縛りを受けなかった。



「どんなもんじゃい! それじゃさっさと逃げ――――げぇ!?」



 なんと、ノートの目の前に別の亡霊が迫っていた。

 完全な挟み撃ちとなった。



(嘘だろ!? くそ、こいつの相手してて気づけなかった!! や、ヤバい!?)



 ノートは何とか強引に方向転換して転ぶ。

 何とか二体の亡霊の挟撃は回避できたが、すぐに追撃がくる。


 流石のノートも覚悟を決めた。

 その時――――



 “フンッ!”



 ブレアが二体の亡霊を思い切り殴りつける。

 中級の、それも名前をもつ龍種のパンチは強力だったようで、亡霊二体は共に殴り消される。



「な、ど、どうして?」

 “貴様はへっぽこの癖に見ていて飽きぬ。思えば、ワシの攻撃も回避し続けたし、妙な道具に小賢しく立ち回るその姿は見事だ。ここで死ぬには惜しいと思っての”

「そ、そうっすか。とりあえずどうも。…………ってか、普通に霊体を殴れるんだな」

 “ワシ程の実力者になると、魔力を拳に纏うことなんぞ造作もない! ガッハッハ!!”



 流石、規格外の存在。

 さらに味方になってくれたのは心強い。ノートはホッとしたが、ブレアは訝しげだ。



 “じゃが…………こりゃマズイのぉ”

「え、なんで……………………はぁ!? 嘘だろ!?」



 驚く視線の先には、先ほどブレアによって消された亡霊が復活していた。

 そして、他の亡霊を呼んで、この場に集結していた。



 “このままじゃ復活し続けて埒があかんのぉ”

「な、何か策はあるか?」

 “…………こりゃぁもう大元を絶つしかないのぉ”

「大元って…………」

 “あの木箱と石っころじゃよ。あれが怨念の依代じゃ。あれが存在する限り、亡霊は生まれ続ける”

「マジかよ……」

 “っと言う訳でさっきの場所へ戻るぞ。このままじゃワシのマイホームにも悪影響じゃ。さっさとこの亡霊どもを消すぞ!”

「え、い、いや、オレはここでやることが――――」

 “そんなの後じゃ後! ホレ、舌を噛まんように気をつけろ〜”

「え、それって…………またオレを掴むのかぁアアアアア!?」



 ブレアはノートを鷲掴んで飛び立っていった。

 その後ろを、亡霊たちも追っていく。

 

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