小悪党ノートと龍の秘宝 16



「人身売買…………」



 ノートの言葉を復唱するアーサー。

 そして静まり返る村人たち。


 ギークはただ震えている。

 マルコ、ロビン、ジェラも怯えたり冷や汗を滝のようにかいている。



「ああ、気絶した人間は奴隷とか、死んだ人間も死体の偽装とか、そういうモノ・・を好む変態とか、いろんな用途があるらしいからな。そんなこと、なかなか簡単には用意できない。だけど需要はある。だから、いい金稼ぎができただろうよ」

「そんな、ひどい……」

「じゃ、じゃあマイももしかして……」

「まあ、商品・・になっていただろうな」

「ひっ……」



 ありえたかもしれない残酷な未来を想像してマイは顔を青白くさせてフラッと倒れる。

 慌ててセリオが抱き止めて介抱をする。



「でも、仮に生きて売られた村人たちの中には、このことを国や然るべき機関へ訴えかける人物がいてもおかしくないんじゃないか?」

「さぁ? そこまでは知らんよ。オレは真実究明がしたいわけじゃねぇし」

「……まぁそれは改めて国で調べよう。………………で、ギークさんどうする? まだ何かいうことある?」



 もうギークたちはおしまいだった。


 仮にここで無実を叫んでも、もうアーサーは自分たちを徹底的に調査するだろう。

 国の総力を上げてくるかもしれない。


 そうなると、もう隠し通すことはできない。



 ギークの中で、何かが切れる音がした。



「ああ…………ああ、そうだよぉ!! 全部うそだ! 生贄も、神のお告げも、全部嘘だよ!!これでいいだろう! その木箱、返してもらおう!!」

「村長!?」「嘘だろ!?」「最悪だ……この犯罪者!」



「黙れぇええええっ!!!」



 完全に開き直ったギークがついに白状した。

 村人たちは当然糾弾するが、それを大声で黙らせる。


 目は血走り、瞳孔が開いている。

 そして、なぜか口元は笑みを浮かべている。



「生贄、そして呪いの龍の伝説があったからブレア村は栄えた! 呪いによって龍水祭が存在し、多くの観光客や商人が金を落としてくれ、莫大な収益を得られた! それがなければ、こんな辺鄙な田舎に価値はない! 貴様らは、呪いのおかげで潤った生活を送れている!!」

「「「……っ!?」」」

「でも、流行病や生贄に選ばれた家族は辛いだろう?」



 アーサーの指摘にもギークは狂ったような表情を浮かべて叫ぶ。

 口からは涎が垂れて、もうイカれた人間にしか見えない。



「その分は金で補填している! 生贄の家族には手厚い金…………もし生贄として売った奴らが帰ってきても口止めをするように大金を払っているし、仕事も融通してきた! 流行病に関しては…………自業自得だ! 歴代の村長も甘い蜜を吸ってきたんだからな!!」

「つまり、この生贄という人身売買は、歴代の村長から始まったのかい?」

「ああそうだ! 初代から続くこのブレア村伝統の『産業』さ!!」

「伝統産業って……な、なんて恐ろしい…………」



 ヒヒヒ……と笑いながら、ギークは次々と真相を話し出す。



「初代の村長は、元々わしと同じ裏稼業をしてきたらしい。ある時、呪いの龍がこの樹林に住んでいると知って、ここに目をつけた」

 “…………ぅむ? 呼んだかの?”

「……とりあえず寝てな」

 “そうか………………”

 


 人間どものゴタゴタになんて微塵も興味がないブレアは、暇そうに眠っていた。

 ……話題に上がって一瞬起きたようだが。



「ここならバレても龍の呪いのせいで死んだとか、精神が壊れたなどの理由で人間が転がっていてもおかしくない理由づけができる! そう考えてここを人身売買の受け渡し場所にした! それがうまくいくと、いちいちここまで来て取引を行うことが面倒になってくる……だからここに村を作った! 名前がまさかその呪いの龍からつけられているとは知らなかったがのぉ」

「そ、そんな昔から続いているのか!?」



 あまりにも長く続いた事実にアーサーはもちろん、住んでいる村人たちも驚く。

 そして、嫌悪感と寒気を感じた。



 犯罪者が犯罪をするために作り出された村――

 それがブレア村の正体だったからだ。



 村人も知らない、おそらく歴代村長に伝えられてきたのだろう。



「生贄もその時から……」

「いや、生贄はわしがこの村にきた時に考案した。わしのオリジナルじゃよ」

「ギ、ギーク村長が!?」



 ギーク村長が得意げな表情で笑っている。

 だが、当然他の人間は尊敬した視線なんてギークに向けない。


 嫌悪、恐怖、絶句。

 負の感情しか向けられない。



「わしがまだ若い頃、王都で裏稼業を行なっていたが、ある日国にバレて夜逃げした。それからは次の稼ぎ場を探していたときに、この村のことを聞いた」

「それで?」

「すぐに村長に取り入って、人身売買に噛ませてもらおうと画策した。その一つが『呪いの龍の伝説』と『生贄』だ。呪いの伝説を作り、生贄の理由をつけ、人身売買の隠れ蓑にした。そして、わしの紹介の伝手で裏クランの人間と契約して回収してもらった。ある意味回収業者の身元がはっきりできる…………信頼できる業者っと言ったところじゃな」

「……何が信頼だよ、反吐が出る」

「フン、温室育ちの王族にはわからんだろうさ。裏社会でしか生きれない辛さは」

「あ、あなたは……っ!?」



 自分の代わりに怒ってくれるエレノアを手で制するアーサー。

 そして、大丈夫であることを笑顔で伝え、ギークに続きを話すように促す。



「そうやって先代の村長の信頼を勝ち取り、次の村長になった。そんな時にわしに借金があるロビンとジェラがこの村に来た。そして、どこで知ったのか、この村での『仕事』を餌にわしを脅迫してきた」

「えぇ…………医者と学者のくせに、クズって……」

「アーサー、賢そうな職についてるからってクズじゃないなんて思うのは偏見だぜ?」

「……うん、そうだね」

「まさに今回がそのいい例ですね」

「「ぐっ……」」



 そこら中から突き刺さるような冷たい視線を感じ、縮こまって震えるロビンとジェラ。



「正直面倒なことと思ったが、逆にこいつらにある程度の金を払って協力してもらおうと思った。そして、妙な動きをしないように、こいつらの監視役、そして仕事のサポート役としてかつての部下であったマルコを呼んだ」



 名前を呼ばれたマルコだが、顔を伏せていて表情は見えない。

 それが非常に不気味だった。



「なるほど、これで主犯四人が完成ってわけだね」

「でも、それだけ儲けていて、なぜ今までバレなかったのですか!? 明らかに豪邸に住んで、いい暮らしをしているのに、それにしては税収が少なすぎます。今までの徴税官がそのことに気づかないのは…………」

「…………え? セリオ、あんた本気でそれ言ってんの?」

「え? の、ノート殿はわかるのですか?」



 王都にいるエリートっていうのは皆こんな感じなのか?

 そうノートは呆れる。



「そんなもん、徴税官もグルに決まっているだろ。村長たちが賄賂なり接待なりで買収しているに決まっている」

「「え!?」」

「アーサーも驚くなよ……」

「私はなんとなくわかりました。正直信じられませんが…………」

「だが、前任者は脇が甘くて不正がバレた。だからクビになって、セリオ、あんたが選ばれたって訳」

「そ、そんな…………じゃ、じゃあもしかしたら、私も…………」

「間違いなく、あの手この手で懐柔しようとしてきただろうね」



 ノートがそういうと、ギークはヒヒヒ……とまた気味の悪い笑い声をあげてノートを見つめる。

 口元は笑っているが、目は射殺さんばかりだ。



「どうやらアーサー王子のお仲間は厄介ですね。殺せなかったのが実に悔やまれる!『デーモンロード』なんて大袈裟な名前の割に、役立たずな刺客しか送って来ないとは……」

「デーモンロード…………それが裏クランの名前だね」



 アーサーがそういうと、エレノアに目配せする。

 エレノアはすぐに記録する。王都に帰った後に調査するつもりなのだろう。


 洗いざらい全てをぶちまけてスッキリしたのか、ため息を吐いてドカッと座り込むギーク。


 すると、今まで黙っていたロビンとジェラがギークに詰め寄る。



「ギーク、な、なんで全部いっちまうんだよ!」

「そうだ! おれたちのことまでいう必要なかっただろうが! 破滅するならあんただけ破滅すればいいんだ!!」

「うるさい! わしに借金があり、あまつさえ脅迫したクズのくせに! 死なば諸共…………道連れじゃ!」

「ぐっ…………な、ならなんで今回マルコの娘を生贄にしたんだ!」

「そ、そうだよ! そんなことしなければ、こんなことにはならなかったのに……」

「こいつらを呼んだのはあんたのせいだ! 俺たちの未来を滅茶苦茶にしやがって!!」



 なんとも醜い言い争い。

 それを冷めた視線……いや、呆れるばかりの村人たち。


 もうこいつらには頼れない、そう考える者たちも現れ、この場を立ち去ろうとする者いる。


 今後の自分達の身の振り方を考えるためだろう。

 もうこの村の未来を思い描けない者たちばかりだから。



「なんだか随分と身勝手な言い分だな〜」

「なんと醜いんでしょうね…………まぁ王族の継承争いに比べたらまだマシですけどね」

「ははは! 言えてるね!」

「お、王族の方々はこれ以上の争いを?」


 

 セリオは若干引いている。

 しかし微塵も興味がないノートはさっさと宝を持ち帰りたいとしか考えていない。



「なぁもういいだろう? 生贄騒動はこれにて一件落着! もう生贄を出そうなんて思わないだろうからさ、帰ろうぜ?」

「う〜ん、まだ彼らの処遇や今後の村の運営方針とかを決めてあげないと」

「ええ、結局生贄を続けるしか生き残れない、なんて結論を導いたらここまでの行動が無意味です。ある程度我々でいい方向へ誘導するまでは帰れません」

「えぇ!? そりゃ王族あんたらの仕事ってことだよな? オレには関係ないから帰っていいだろう?」

「でも、帰ろうとしても馬車はどうするんだい? この状況では馬車の定期便は出せないだろう?」



 (確かにアーサーの言う通りか……ちぃ! 早く終われよ!)



 だが、ノートの気持ちを裏切るかのように、ギークたちの言い争いは続く。



「マルコのせいじゃ! やつがわしを裏切って村長になろうと…………部下の分際で水面下で票稼ぎなんて小賢しい真似するからいけないんじゃ!」

「「は、はぁ?」」

「わしが! この村がここまで潤っておるのは!わしの功績なんじゃ! わしが全てのリスクを背負ってやってきたから! 何年も何年も村の収益は上がってきた!これは誰にも文句は言わせない!」

「「そ、それは……」」


 

「あんたの功績じゃないよ、ギーク…………」



 ここまで黙っていたマルコが小さく呟く。



「な、なんだと!?」

「全てのリスクを背負ってきた? ふざけるな……ふざけんなぁ!!!」

「ぐ、ぐあぁ!?」

「ま、マルコさん…………ぐぅ!?」

「落ち着け! 殴るのをやめろ………………ギャァ!!」

「ちょちょちょっと!?」



 突如マルコが怒ってギークに殴りかかる。

 止めようとするロビンとジェラだが、医師と学者という肉体派ではない二人では止められずにむしろ殴り飛ばされる。


 慌ててアーサーが割って入って止める。



「お、落ち着いてマルコさん!」

「お前が! いつリスクを背負った!? お前はいつも私にやらせていただろうが! 昔から……昔からだ!! 人員手配、交渉、クレーム対応! 全部全部私がやった!! あんたは無茶苦茶な指示を出すだけ! 手柄は全部持っていくだけだ!! 汚れは全部私に押し付ける!!!」



 マルコの両目からは涙が停めどなく溢れている。

 何十年も溜めてきたギークへの不満が、今爆発している。


 その鬼気迫る声と表情に、ギークはもちろん、行動を開始していた村人たちも固まってしまう。


 温厚でいつも丁寧なマルコの鬼の形相に全員が面食らってしまう。



「あんたの失敗を私に押し付けて、代わりに私が捕まった! そしてあんたは逃げるようにこの村に来た! 腹立たしかったが、これであんたから解放されると喜びの方が強かった!してもいない罪を償って、普通の生活を送れる! 結婚もして、娘もできて幸せだった!! なのに……なのにまたあんたは私を巻き込んだ!」

「わ、わしは、お、お前が仕事に困っていると――」

「ここに来て今更嘘をいうな! 既に別の職についていたのに、強引に裏で手を回して失業させ、過去の所業で脅して無理やりつれてきたくせに!!」

「「「「………………」」」」

「ぐっ……!?」



 次々とギークのクズっぷりが露呈していく。

 こんなやつが村のトップだということが受け付けられずに、吐き気を催すものもいる。



「それからは、またあんたの言いなりで汚れ仕事ばかり…………生贄の処理のために裏クランの手配やら交渉は全て私がやった!」

「……優秀さが仇になっているね、マルコさん」

「生贄…………そういえば、生贄はどういう基準で選ばれていたんですか?」



 エレノアの言葉にマルコはチラッとアーサーたちを見る。

 そして、その後ギークを見て笑う。泣きたいような、怒りたいような複雑な顔。


 ギークはそこからマルコの覚悟を読み取り、何かを言おうとしたがすぐにマルコは生贄の選定方法にも言及した。

 

 それは、あまりにも非道だった。



「生贄の選定は、基本的に美形の女性だ。そっちの方が需要がある、らしいからな。

 だけどこいつは…………ギークは自分が気に入らない奴だったり、地位を脅かしそうな優秀な人物、極め付けは排除したい人間を生贄に選ぶように大金で依頼されたりもあった。……自分の都合のいいように決めていた」

「な、何だと!?」「だからたまに前例のない生贄がいたのか!?」「男とか、老人もいたもんね!」



 自分で作った呪いの伝説に出てきた『若い女性を生贄に差し出す』前提を崩すとは愚かだ。

 だが、それも可能にするほどの権力と財力があった。

 実際に実行するその心持ちが鬼畜としか言いようがない。


 

「この村に来て、慣れない環境のせいで体の弱い妻は徐々に衰弱して亡くなり、娘のマイしかいなくなった…………マイの健やかな成長だけが唯一の救いだった。マイの存在だけでなんとか心を保てていた」


 でも……っと目を見開くと、先ほどとは打って変わって静かに、呪詛のように呟く。



「あんたがいる限り、本当の幸せは来ない。だから、私が村長になって、あんたをこの村から…………私の目の前から消すしかない。そう思った」

「ま、マルコ…………貴様ぁ……!?」

「あんたがいなくても、何の影響もない。動くのは私ができるからな…………だが、そういう危険の匂いには敏感な小物であるあんたは、私の動きに気づいた。だから私の心を折るためにマイを生贄にした……………………許さない…………ゆるさない……………………」

「ま、マルコさん?」

「ユルサナイ……ユルサナイ……ユルサナイ……ユルサナイ………………」



 それからずっと「ユルサナイ……」としか言わなくなったマルコ。


 心配になったアーサーはマルコの顔を覗き込もうとした。



 その時――――



「ッ――――――――!!!!」

「マルコさん!?」



 人間とは思えない声をあげ、白目を剥きながらマルコは叫ぶ。

 明らかに異様な状態だった。


 アーサーは流石に危険を察知してマルコから離れ、咄嗟に剣に手をかける。

 エレノアも警戒して、魔力を活性化させる。

 ノートはそんな二人の後ろに隠れる。



「な、何が起きているんだ!?」

「わ、わからないよ! マルコさん、どうしちゃったんだ!?」

「ま、まさか…………呪いですか?」



 エレノアの予測に、咄嗟に呪いの専門家であるブレアが答える。


 

 “うむ、相当強力な呪いじゃな。ここまで濃厚な呪い、ワシもなかなか感じたことがないわい”

「あ、あんたが呪ったんじゃないだろうな!?」

 “さっき言うたろうに。ワシが呪えば即死か生きながら腐る……精神を乗っ取ることはできん・・・・・・・・・・・・・

「それって、マルコさんは今呪いで精神を『何者か』に乗っ取られているのかい!?」

 “たぶん、そう思う”



 そんな会話をしていると、ノートにも『ある異変』が起きた。



「……あっっつ!? な、何だこりゃ!?」

「どうした、ノート!?」

「な、なんか木箱が熱くなって、震えて………………あぁ!? どこにいくんだオレの宝ぁ!?」



 ノートの手を勢いよく飛び立った木箱はマルコの元へ行く。

 木箱は開き、中の金銀財宝が宙に浮く。


 宝物たちは、マルコから黒い『何か』を吸収している。



「な、何だありゃ? 何かを吸っているのか?」

 “むむ!? あ、あれは怨念か? あの男の怨念を吸っている………………それに、あの石ころたち自身にも怨念が宿っていたのか”

「た、宝にも怨念が!?」

 “うむ、か〜〜〜なり強力な怨念…………呪いじゃな。こう言う時、生まれるんじゃよな〜”

「生まれるって…………な、何だい?」

 “決まっておろう”



 ブレアが何かを言う前に、黒い『何か』――――怨念が徐々に形を作っていく。


 マルコから怨念を吸収し切ったのか、マルコは倒れ、形になった怨念は声にならない叫び声を上げる。



 ――――――――ィァァアアッ!!!




“怨念の塊であるモンスター…………『亡霊』の誕生じゃな”


 

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