小悪党ノートと龍の秘宝 9



 キルリア国 ブレア村 ――



 マルコの案内で、アーサーたちは村長のギークの家に来た。

 他の村人に比べて規模の大きい家だった。



「かなりいい暮らしをしていそうだね」

「ええ……他の村人は平屋ですけど、ここは二階建てで敷地も三倍くらいありそうですね」



 アーサーとエレノアがギーク村長の家についての感想を話す。

 村人との貧富の差を感じ、村人の間で噂になっていた不正に真実味が出てきた。

 


「ギーク村長! マルコです! 約束通りお話があります、入ってよろしいでしょうか?」



 マルコの声を聞いて、村長宅の扉が開く。

 開けたのは妙齢の女性だった。



「いらっしゃいマルコさん。あら、そちらの方は新しい徴税官の…………」

「お久しぶりです、カリス夫人。徴税官のセリオです」

「ああ、セリオさんでしたね。ごめんなさい、名前を覚えるのが苦手で……」

「構いませんよ。お会いしたのは前回の徴税時……今日が二回目ですから」



 セリオが自己紹介をした後、アーサーとエレノアも前へ出る。

 カリス夫人は、そんな二人を見て少し気後れしている。


 ただならぬ圧を感じているようだ。



「ま、マルコさん、この方々は?」

「あぁ、えぇっと…………急で申し訳ない。この方は…………」

「初めまして、この村の村長夫人……ってことでいいよね?キルリア王国第四王子のアーサーって言います!」

「私は使用人兼護衛のエレノアと申します。」

「まぁご丁寧に…………………………………………アーサー王子ぃい!?」



 まさかの王族の登場に動揺したカリス夫人は、すぐに奥へ引っ込んだ。

「お、お、お父さん!! あ、あ、あ、あ、アーサー様ぁああ!!?」っと絶叫しながらギーク村長を呼びに行った。



「おぉ……思った以上に動揺していたね。これは何か隠しているな?」

「アーサー様…………お戯れもほどほどに」

「ははは、アーサー様に驚いただけですね。まぁ王族が急に現れたら、ああなりますよ」



 すると、奥からドタドタ!っと音を立てて白髪まじりの男が現れた。

 身に纏っている衣装や装飾は、明らかに他の村人の一つ二つ上の上等なものばかり。


 これがブレア村の村長、ギークのようだ。



「こ、これはアーサー様、初めてお目にかかります。ブレア村の村長を務めておりますギークと申します」

「何か驚かせちゃったみたいでごめんね? アーサーです」

「エレノアと申します」

「ええ、よろしくお願いたいします。ここでは何ですから、中へどうぞ」



 ギークの案内で村長邸で話をすることになった一行。

 広めの応接間に通され、カリス夫人が飲み物とお菓子を持ってきてくれた。



「つ、詰まらないものですが…………」

「あ、気にしなくていいよ。こっちが急に来ちゃっただけだしね!」

「そ、そう言われましても…………」

「もう良いカリス。アーサー様もこうおっしゃっているし、後はわしがお相手する。お前はこの後婦人会の連中と祭りへ行くんだろう?」

「あ、そうなの? なら遠慮なく! 僕たちも気にしないので!」



 アーサーの言葉を聞いて、それでも恐縮しながらカリス夫人は出かけて行った。

 ギークはその姿が見えなくなるまで見送る。


 それは妻を見送る良き夫…………ではない。



「さて……マルコ、どういうつもりだ? アーサー様まで巻き込んで何の話があると言うのだ?」



 先ほどまでアーサーを見て恐縮していた姿はない。

 非常に冷たい視線をマルコに向けて詰問をするギーク。


 これにはアーサーたちも面食らった。

 権力者を前にして腰を低くする小心者と思ったが、今はそんな様子はなかったからだ。


 だが、マルコだけは至って冷静にギークに対応する。



「当然生贄の件に決まっています。もういい加減に教えてください! なぜ、急に生贄の儀式と龍水祭を強行したのか! 村のみんなも混乱しています!」

「そっちこそいい加減何度も言わせるな。神からのお告げだからしょうがないだろう」

「なぜ、今回に限って…………マイの時に限って!!」

「たまたま、としか言いようがないな」

「今まで何百年と続いて初めてですよ!? 明らかにあなたの意思が入っているんじゃないんですか!?」



 マルコがヒートアップしているが、ギークはいたって冷静だった。

 アーサーたちも気になったことを聞こうとすると、別の来客がきたようだった。



「ギーク村長! 邪魔するよ!」

「うん? ジェラ、ロビン? お前らとは何も約束していなかったはず…………勝手に入って来られても困る」



 ギークの注意なんて意に介さず、村唯一の医者ロビンと学者のジェラもやってきた。



 (セリオくんの言っていた有力者が勢揃いだね)

 (はい、丁度この場で色々と話が聞けそうですね、アーサー様)



 そんな話題の二人が、ヒソヒソ話をしていたアーサーとエレノアに気づき、頭を下げる。



「アーサー様、お初にお目にかかります。この村で医師をしているロビンと申します」

「私は主に民俗学を研究しているジェラです。かつてはキルリア国の城内で働いておりましたが……」

「そっか、僕は冒険者として世界中を移動していたから知らなかったなぁ。ゴメンね!」

「いえいえ! こうしてお会いできて光栄です」

「ところで、お二人さんはどうしてここに?」



 アーサーの問いかけに、ロビンとジェラは顔を見合わせて頷いた後、ギーク村長を見る。

 見られたギークは、居心地悪そう…………なんてことはなく、静かにお茶を飲んでいた。



「マルコさんから今日アーサー様と一緒にギーク村長と話をすると聞いていたので…………我々も話を聞きたくて来てしまいました」

「マルコよ、勝手に話さないでくれるか? おかげで、我が家に不法侵入者が二人も現れた」

「…………」

「何だと!?」「あんたがおかしいからだろうが!!」



 そこからは長い長い激しい言い合いが始まった。


 ロビン、ジェラもマルコ同様、今回の祭りの開催が急遽決まった理由を問い詰め、ギークはのらりくらりと回答する。

 それに怒る三人がまた厳しい口調で問い詰め、ギークは涼しげに回答をする。


 そんな出口の見えない言い合いがずっと続いた。

 


 アーサーは困った。

 ただギーク村長から話が聞きたかっただけなのに、騒がしくなってしまった。


 現在ブレア村の中枢にいる四人にまとめて話せるのはいい機会になったが、このままでは収拾がつかなくなる。


 アーサーは一旦落ち着けるように、少し冒険者としてのを放出する。





「ちょっと、黙ろうか」





 静かで、いつものように優しい声色のアーサーの声。

 しかし、Sランクの威圧が込められたその言葉は、戦闘とは無縁の村で生きてきた者たちにとっては十分な威力となった。


 全員が黙り込む。

 そして、恐怖に震える。


 数秒後、圧を解いてにっこりと笑うアーサー。

 エレノア以外にとっては、まるで何十分も経過したように体感しただろう。



「よし! ここは僕が進行役をさせてもらおうかな! ただプライベートで来て、挨拶をしに来ただけだったけど、何か妙な雰囲気だったからね! それでいいかな、ギークさん?」

「…………お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」



 もちろん、挨拶だけと言うのは嘘だが、こう言っておけばアーサー達を追い出すことはないだろう。

 ロビンとジェラの乱入を利用して、アーサーが会話の主導権を握れた。


 ここから、呪いの件についての聞き取りを開始した。




 *****




「それじゃ、気を取り直して話を進めようか」



 アーサーを進行役として、村長ギークへの聞き取りが始まった。

 ギークに対して、村長補佐マルコ、医師ロビン、学者ジェラが詰問していく。


 一応セリオとエレノア、進行役のアーサーも質問していいが、他三人の勢いが強すぎるので、一歩引いてしまっている。



「まず、みんなが共通して聞きたいことだけど、『なぜ急に龍水祭を参加したのか?』と言うことでいいかな?」

「ええ……」

「で、村長の回答は?」

「先ほどもマルコには言いましたが、神からのお告げで急遽決まったのです。今回は早めに開催しろ、とね」



 その言葉を聞いて、マルコ以外の二人が勢いよく立ち上がってギークに詰める。



「そんなことで納得がいかん! 今までの龍水祭の歴史を調べ直したが、全てが一ヶ月程度! 明らかに今回は異常だ!!」

「わしに言われても困る。神からのお告げだ、それこそ無視をしたら前代未聞だろう?」

「そのお告げに疑問を持っているのだ!! 本当にそんなお告げがあったのか!?」



 ロビンとジェラが強い口調でそう言うと、ギークが鋭い視線で二人を見据える。



「お告げを疑うのか?…………お告げが嘘だと言うのか! 何百年も龍の呪いから村を守ってきた、神々とご先祖様が嘘だと言うのか!!? アーサー様の目の前で・・・・・・・・・・!!!」

「「!?」」

「……!」

「え、僕?」



 急に名前を呼ばれて思わず戸惑うアーサー。

 エレノアとセリオも、なぜ急にアーサーの名を出したのか分からず、頭にハテナを浮かべている。


 だが、他の三人はギークの言葉を理解したのか、非常に動揺している。



「そ、そこまで言っていないじゃないか……」

「ギークさん、我々は今回の件に疑問を持っただけで……」

「何もおかしいことはない! 今回も神から村長であるわしにお告げがあった。それが今回は早くやるように指示があった。それだけだ! いいな!?」

「「…………」」

「…………わかってくれたようだな。マルコ、お前はどうだ? 娘が選ばれてさぞ心が乱れていることは理解できる。だが、これはわしにもどうしようもない。理解してくれ」



 なぜかギークに反論できなくなったようで、ロビンとジェラはトーンダウンして何も言わなくなる。


 そして、マルコも黙っている。

 唇を噛み締め、言葉を発しないようにしているように見える。


 そんな様子を見たギークは満足そうだった。



「よし、これで全員満足したな! 全く、アーサー様の前でみっともないことを…………申し訳ございません、アーサー様。身内のこんなお見苦しいところをお見せして……」



 ギークはまるでこの場にいる全員を代表して謝罪しているように、大袈裟に振る舞う。


 アーサーは憮然とした。

 まるで利用されたみたいだ。


 (ギーク村長が何かを隠していることは、今のやり取りで察しがついた。確証はないけど、ね。…………でも、これはマルコさんを含めて三人も何か隠しているよな?)



 思っているよりも根深い問題がありそうな予感。

 アーサーはそう考え、小さくため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る