小悪党ノートと龍の秘宝 4




 キルリア王国 ブレア村 マイの家――

 


「申し訳ございません。狭い家ですが…………」

「気にしない気にしない! 冒険者やっていると野宿も多いからね! 屋根があればオールオッケー!」

「そうですね、充分いいお家かと」

「恐縮です…………今お茶を用意いたしますね」

「マイ、私も手伝うよ」

「ありがとう、セリオ」



 セリオとマイは、二人で仲良くもてなしの準備をしている。

 二人の仲睦まじい姿を優しく見守るアーサーとエレノア。


 村のしきたりによって、この二人の仲が、今引き裂かれようとしていると考えると、胸が痛む。



「仲が良いねぇ…………絶対に、何とかしてあげたいねぇ」

「…………同感です」

「くぁあ〜………………ねむっ」

「……あなたねぇ」



 一方のノートは相変わらず興味がないので暇そうにしている。

 エレノアが呆れていると、セリオとマイがお茶とお菓子を持って戻ってきた。



「大したものではございませんが、どうぞ召し上がりください」

「とんでもない! ありがとう!」

「気を使わせてしまいましたね」

「お、結構うまいな。このお茶も…………ひょっとして、龍水ってやつ使ってる?」

「い、いえそんな! 龍水は村の奥の林エリアにいる…………あの龍が持っていますので…………」

「Aランクダンジョン『龍眠る呪樹林』だな……チッ」



 こっそり持ち帰ろうと思ったが、ただのお茶なら、と一気に興味を失ってグイッと飲み干した。

 その様子にエレノアは心底軽蔑した視線を、アーサーはただただ笑顔。

 セリオとマイはノートの性格を知らないのでよくわかっていない。



「さてと、一応確認だけどセリオ君の言っていた生贄って言うのは…………」

「…………はい、このマイです」

「………………」



 マイは顔を伏せている。



「そっか…………そもそもさ、何でマイさんが生贄に選ばれたんだろう? この村の娘なら誰でもいいって訳じゃないんだろう?」

「それは…………」

「私が説明します」



 知らない声が聞こえ、全員が声の方向を見る。


 そこには背の高い男性が立っていた。

 上質な衣服を身に纏い、口髭までしっかりと整えられた渋めな男性。


 その男性に向かって、マイは「お父さん!」と呼んだ。



「マルコさん、お邪魔しています!」

「やあセリオ君、約束通り助っ人を呼んでくれたんだね、ありがとう。しかし、アーサー王子とは驚いたな」

「あ、お邪魔していますよ。えっと…………マルコさん?」

「初めましてアーサー王子。私、マイの父でこの村の村長補佐を務めている、マルコと申します」

「マルコさんね、よろしく! …………それで、生贄の選定についての説明してくれるの?」



 アーサーが問いかけると、マルコは静かに頷き皆の前の空いた席に座る。



「生贄の選定、祭りの時期……全ては村長によって決められます。この村の村長になったものは、代々継承される力があります。その力によって、謎の声から指示が天から降りてくるそうで、生贄と日時を決定します。その決定は、基本的には絶対に従います」

「謎の声? 何だいそれは?」

「詳しいことは…………ただ、村では『神の声』と呼んでおります。故に生贄に選ばれる理由は誰にも……村長さえも理由は分かりません。言って仕舞えば、『神が選んだから』…………これが理由になってしまいます」

「それは……生贄の娘とそのご家族は納得できませんね」



 エレノアの言葉に全員が俯く。

 父マルコに至っては、無意識で握った拳が震えている。



「ええ、そうですね…………それだけなら、納得はできませんが、他の家族も同じ経験をしている。だから、我慢をしなければならない、と言う理性が何とか働きます。ですが、今回は…………納得できなかった!」

「どう言うことだい?」



 マルコは拳だけでなく、体も震わす。



「本来、本人と家族の心の準備ために、生贄の発表の数日前に通達がされるんです。そして、その後一ヶ月くらいの期間を設けて『龍水祭』が開催され、祭りの最後に『龍眠る呪樹林』に作られた祭壇へ、生贄は連れて行かれます」

「うん」



「今回は、村人全員の集会で急遽発表され、祭りもその一週間後に開催されました!」



「えっ……それって、今から一週間前ってこと?」

「…………はい。祭りは三日間あり、本日が二日目なので、実際は九日前です」

「それは急過ぎないかい? 一ヶ月の準備が必要な祭りを、たった一週間で開催っていうのは異常だよ」

「村長はその理由を説明したのかしら?」



 エレノアの問いかけに、マルコは首を横に振る。



「何の説明もありませんでした。私や他の村の運営に携わる者も同じく知らされていません。明らかに今回は異常です。『神の声』ではない、村長の意図があるんじゃないかと思えてなりません!!」

「村長の暴走に生贄という時代遅れな制度…………その対象が私の恋人だなんて耐えられません!これは絶対に何か裏があります!」



  セリオは叫んで立ち上がると、三人の近くに寄って土下座をする。

 唐突な行動に全員が驚いた。



「アーサー様、エレノアさん、ノートさん! 生贄という風習、村長の暴走…………全て古より伝わる龍の呪いが原因です!! マイが助かるためには、この村の根本の原因である、龍の呪いを解くしかないと考えています!! どうか…………どうか、お力を!!!!」


 

 セリオの全力の頼みにほとんどの人間の心が動かされた。

 アーサーとエレノアは決意を固めた表情に、恋人のマイは涙を浮かべ、マルコは目を伏せている。



 ただし、こんな状況で心動かない男がいた。

 無論、ノートだ。


 故に、冷静にセリオたちの無茶な依頼について指摘する。



「改めて聞いても無茶苦茶だな、セリオさんよ〜。何百年くらい誰も解けていない、それも世界でトップクラスにヤベェ生き物である龍の呪いなんて解けるかよ」

「ノート、何弱気なこと言ってるんだい!」

「いや、弱気とかじゃなくてだな――」

「無理かどうかはやってみなければわからないでしょ? 始める前に諦めるから、不可能なのよ」

「綺麗事だろ? 相手は龍だぜ? それも、おそらくAランクダンジョン『龍眠る呪樹林』のダンジョンマスターだ」

「あれ? ノート、呪いの龍の正体を知っているのかい?」



 アーサーの疑問に「コイツ、本当に冒険者か?」と呆れる。

 だが、よくよく考えると、アーサーとエレノアはクエスト主体でダンジョンにほとんど入ったことがないらしいので、仕方がないか。


 ノートはアーサーに説明する。


 

「ブレア村の呪いの話は昔から伝わっている。当然、呪いの龍の話もな。

 腕に覚えのある冒険者や兵士が多く挑戦したが、結果は屍を重ねただけ。さらに、呪いの龍の力の影響でブレア村の樹林も変容して、樹林自体がダンジョンになった。こうして、Aランクダンジョン『龍眠る呪樹林』が完成したって訳。トップクラスの難関ダンジョンだから、冒険者ならほとんど知っている情報だぜ?」

「へ〜そうなんだ」

「ちなみにAランクの理由は、他のSランク以上のダンジョンに比べて、死亡者が少ないこと、そしてダンジョンとしてのギミックがシンプルだかららしい。確かに呪い以外に難しいトラップはないし、生息モンスターもAランクにしては少ないし弱いほうだ」

「確かに、我々も昔から住んでおりますが、村にモンスターが侵入したなんて情報は聞いたことがありません。それくらい少ないのでしょう」


「だが、結局呪いの龍が強すぎるから攻略は難しすぎるんだ。ダンジョンでの死者が少ない理由は、呪いの龍が強すぎて挑戦者が現れないからだからな。ここ十数年は誰も冒険者は入っていないそうだぜ」

「Sランクの冒険者もなの?」

「ああ。だから、実質的な難易度はSランク以上のダンジョンって共通認識だ。Sランクすら避けている」

「おお! 盛り上がるねぇ!! それにしても、よく知っているねぇノートは」

「いや、お前らはもっと調べろよ! 情報収集は基本だろうが! ましてや高ランクのダンジョンだぞ、死にたいのかよ!!」



 ノートのお叱りに、アーサーは「はっはっは!」と笑って誤魔化した。

 そして、気を取り直すかのようにアーサーが話をする。



「まあでも、僕はさっきも言ったけど、冒険者としても王族としても今回の件は見過ごしたくないな〜」

「アーサー様が言うならば、私もお助けするわ。たとえ困難な敵だろうと」

「…………マジかよ。何か策を考えないと無理だぜ? 真正面で呪いの龍に勝てると思えないんだけど?」

「大丈夫! ちょっと思いついたことがあるんだ!」



 アーサーが得意げな様子で話す。

 その言葉に希望を見出したのか、セリオとマイが縋るようにアーサーに迫る。



「本当ですか、アーサー様!?」

「さすがです! 何かお考えがあるのですね!?」

「アーサー様、どのような策が?」



 アーサーは胸を張って策を話す。



「まず、生贄を辞めさせることはできないよね?」

「ええ……村長に何度もお願いしましたが、全く聞く耳を持たず…………親として情けないです」

「お父さん……」



 マイは父マルコの手を握り、気持ちだけ受け取っていた。

 慰めるような笑顔を浮かべるが、その笑顔は無理やり作っていることが明らかだった。



「うん、予想通りだね。多分、ここで僕が出て村長と話しても変わらない。むしろ、何か適当な理由をつけて追い返されるだろうね。僕は王族としては立場が微妙だから、そこまで強く言えないし」

「そうですね。王家に民事介入の抗議でもされたら、他の王位継承権のある方々に蹴落とされるでしょうね」

「メンドウだよね〜! だから、生贄を樹林へ送ることは免られないと思うんだよね」

「…………だから?」



 あまり期待をしていないノートの問いかけに、アーサーがニヤッと笑う。



「だったらいっそのこと、そのまま樹林へ生贄として行ってもらおう!」



 アーサーの言葉を聞いて、セリオとマルコが何かを言いたそうに立ち上がった。

 しかし、アーサーはすかさず「ただし!」と大声を出して二人を制した。



「マイさんの代わりに僕たちの誰かが生贄に変装して行く! そんで、その後に他の二人も合流して、そのままダンジョンにいる呪いの龍を倒す!!」



 おお!! という歓声の声が上がった。

 マイに至っては、目を潤ませて拍手している。相当嬉しいのだろう。


 だが、すかさずノートが疑問をアーサーにぶつける。



「そんな回りくどいことしなくても、直接村長に『呪いの龍は僕たちが倒すので、一旦生贄の儀式を止めてくださ〜い』って言えば?

 (オレは戦う気ないけど、そんな化け物と)」

「そ、それは――」



 ノートが反論すると、大人しくしていたマイが何か話そうとノートを見る。


 しかし、それよりも早くアーサーがノートに回答をした。



 

「うん、僕も考えたけど、『倒せるかもわからない』とか『龍を怒らせたくない』とか言われるかなって思ってさ」

「そうか? 悩みの種である龍を倒すなら、考えてくれるんじゃないか?」

「でもさっきのマルコさんの話を聞くと、村長は日程を早めてでも生贄の儀式をやりたいようにも聞こえたからさ! 理由はわからないけど、生贄の儀式自体をやることが目的かもしれないし」


 (…………意外と考えてたな)


「下手に介入するよりも、一旦順調に祭りも儀式を進ませた方が、妨害はされないと思うからね!」

「…………一理ある、かな?」



 アーサーの話を聞いて、全員が拍手を送る。

 マイも拍手している。同じことを言おうとしていたのだろう。 

 

 全員概ね賛成のようだった。


 

 そうなると、一つだけ問題があった。



「しかしアーサー様、マイの代わりの生贄はどなたが?」



 皆が思っていた疑問を、マルコが代表して話す。


 すると、すかさずエレノアが応える。



「当然、背格好が似ていて、同じ女性である私でしょう」

「……しかないよな! 生贄ガンバ!」

「…………あなたに言われると腹が立つはね、ノート」

「う〜ん…………」



 なぜか、アーサーは考え込むような仕草をしている。

 選択肢は一つしかない。悩む必要なんてないように思うが、何が疑問なのだろう。



「何だよアーサー? 何か不満か? あんたの作戦だぜ?」

「僕としてはね、生贄役はノートになってほしいんだ!」

「「「「「……は?」」」」」



 意味不明な提案に、ノートだけでなく他のみんなも間の抜けた声を出す。


 ノートにとっては、命の危険が急に大きくなることを言われたので、猛抗議を開始した。



「何で男のオレが、女の生贄の代わりなんだよ!? バレるわ!!」

「いえ、生贄は専用の装束を纏うのですが、それは結構大きめで、帽子も目深に被るので体型は何とか隠せると思いますが…………」

「(余計なこと言うなよ、おっさん!)…………い、いや、でもエレノアの方が魔法も使えて、いざとなったら戦えるじゃん!?」

 


 ノートの反発に「う〜ん」とまた唸りながら、答える。



「いや、確かに戦力で言ったらエレノアさんの方が上かもしれないけど、ダンジョン探索としてはノートの方が得意だと思うんだよね〜」

「バカ言うなよ! Aランクダンジョンだぞ!? いや、さっきも言ったけど、本来はSランク冒険者も攻略を避けるから、それ以上の高難度だ! そんなとこにEランクの底辺冒険者が一人で入ったら、即お陀仏だぞ!!」

「そこまで自分を卑下するほど嫌なのね……」



 ノートのいうことも最もだ。それはアーサーもわかっている。

 だが、それを考慮してもアーサーはノートが適任と考えていた。



「すぐに呪いの龍と戦うわけじゃない。僕たちと合流したあとに、龍の下へ向かって戦うんだ。その前に、ノートにはダンジョンの特性を調べてもらって、僕たちが有利なことはないか、情報収集してほしいんだよ。ダンジョンの立ち回りや知識はノート、キミの方が僕たちよりも上だ」

「……確かに、その点はノートのほうが得意そうですね」

「あんたも納得するな、エレノア! ダンジョンに着いて早々に龍が出てくる可能性もあるだろうが!」

「その点は大丈夫だと思います。私、数回だけ生贄をダンジョンへ送り届ける『見送り人』という役を務めたこともあったのです」

「それが何だよ!」

「『見送り人』はダンジョンの入り口すぐに設けた『生贄の祭壇』まで送ります。そこで我々はダンジョンの入り口に待機し、生贄が逃げないように監視します。その後、龍の嘶きが聞こえたら、生贄の受け渡し完了と見做して村へ帰ります」

「……生々しいな」

「その監視ですが、時間差があって一日以上かかることがほとんどなのです」

「あ、なら問題ないね!」

「ダメ! 危なすぎるからヤダ!!」



 そう言ってそっぽを向くノート。

 絶対に曲げる気がない強い意志を感じさせる。……こんなところで、とは思うが。


 ともあれ、どうしようか?



「どうします? ここはやはり私が代わりの生贄役になりますか?」

「ううん。さっきはエレノアさんの方が強いって言ったけど、相手は龍だ。龍は耐久力があるからエレノアさん一人だと分が悪いと思うんだ」

「で、ですがノートのあの様子だと協力は…………」

「大丈夫。ノートの説得は意外と簡単だと思うから」



 そういうと、未だにツンっとしているノートに近づいて小声でアーサーは話しかける。



「ノート、これはキミにとっても悪い話ではないと思うよ?」

「はぁ〜? とびっきりの化け物がいるダンジョンに一人で行くことの何処がいい話なんだよ!」

「だってそうじゃん? 僕たちが合流するまでは、一人でダンジョン探索できるんだよ? これって、見つけたお宝全部ノートが独り占めできるってことでしょ?」

「あぁ! ……いや、それでもダメだ。精々ダンジョンの入り口付近しか危なくて探索できねぇ! そんな入り口にある宝、他の冒険者が掻っ攫っているだろ!」

「そうかな? そもそも挑戦する冒険者が少ないなら、まだ眠っているお宝もあるんじゃない? 高ランクダンジョンだよ?」

「い、いや、でもよ……」

「エレノアさんには黙っておくから…………お宝持っていきなよ」

「…………」



 ノートは考える。



 (……アーサーのいう通り、このダンジョンに挑戦した大半の冒険者は『龍殺し』という名誉と腕試しが目的だろうしな…………宝なんて眼中になくて探索していない可能性はあるな)



 ノートは自身の命の危険と、お宝ゲットの確率を天秤にかけて熟考する。



 そして、ノートは結論をアーサーに告げる。




「…………貸一だ。それで手を打ってあげますよ、アーサー王子〜」

「オッケー! じゃあ生贄役よろしくぅ!!」

「アーサー様…………本当にたくましくなられましたね」



 アーサーの成長を喜ぶべきか、嘆くべきか…………複雑そうな表情のエレノア。



 だが、ノートたちの行動指針は、ここに決定した。

 後は生贄の儀式を待つだけとなった。


 

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