小悪党ノートと龍の秘宝 3


 

 セリオの依頼を受けてから数日後――


 ノートはアーサー、エレノアと共にセリオの操縦する馬車に乗ってブレア村へ向かっていた。


 

「いや〜申し訳ないねセリオ君! 馬車で送ってもらっちゃって!」

「いえ、お気になさらず! この馬車は国が管理する徴税官に配布されたものですので! それに、これから皆様にはお世話になるのですから、このくらいはさせてください!」

「本当にしっかりした人ですね。国家の役人になるだけあるわ」

 


 「それに比べて……」と冷ややかな視線を送るエレノア。


 視線の先にいる人物――ノートはそんな視線を無視して寝転がりながら、何やら道具を触っていた。


 

「ノート、何しているんだい?」

「あん? 新しく作った魔道具の最終調整中。だから邪魔するなよ」

「ほぉ! 興味あるね、どんなものだい?」

 


 言外にあっち行けと言ったが、全く聞く耳を持たないアーサー王子。

 エレノアも気になるのか、チラチラとこちらを見ている。


 ノートは面倒くさそうにしながらも、説明をする。

 

 

「これは『辞書視』って魔道具だ」

「「ジショシ?」」


 

 そう言ってノートが見せた魔道具とは、モノクルだった。


 

「このモノクルに使っているレンズは特殊な細工がしてあってな、お宝やモンスターの情報を視覚的に教えてくれるんだ! すごくね?」

「す、すごすぎるよ!! そんな便利な魔道具聞いたこともない!」

「…………それが本当なら国宝級よ? 何かデメリットがあると思うけど?」


 

 アーサー王子は素直に褒めたが、エレノアは怪訝そうな表情だった。

 そして、エレノアの質問に対し、ノートは渋い顔をする。


 

「デメリットっつうか、このモノクルが教えてくれる情報は、特殊なインクで書いた文字の内容だけだ。つまり、オレがそのインクが入ったペンでメモをしていなかったら、何の情報も映し出さない」

「なんだ……全てがわかる訳じゃないってことね」

「で、でも凄いと思うけど?」

「…………まぁ確かにそうですね」

「あと、メモは常に使用者が身につけなければならない。あまりに遠いと、モノクルが情報の吸い上げができないからな。

 つまり、メモが増えるとその分膨大な量のメモを持っていなければならないから、嵩張って動きづらくなるかもな」

「「…………」」


 

 割としっかりとデメリットがあった。


 エレノアの無言とアーサー王子の苦笑いでこの話題は終わり、ノートは変わらずにモノクルを磨いて自作のケースにしまうと、寝転がって目を瞑った。


 何だか微妙な雰囲気になった。

 その雰囲気を変えるためなのか、アーサーはセリオに話を振った。



「それにしても、セリオ君は優秀なんだね! まだ二十代前半くらいと思うけど、徴税官を任されるなんてさ。僕は政治的な事は勉強中だから詳しくないけど、徴税官って村の財政状況を知って、村の人との協議をするから結構経験と知識が必要って聞いたんだけど?」

「それだけセリオさんは優秀な人間なのね」

「いえ、私がブレア村の徴税官になったのは、偶然なんです」

「ん? どういう事だい?」



 セリオは苦笑いをしながら、アーサーの質問に答える。



「私の前任者は、私の教育もしていた直属の上司だったんですが、どうやら集めていた税を自分の懐に入れていたようでして……」

「ああん? マジかよ!? 横領じゃん! オレたちの血税を奪うなんて、うらや…………クソッタレだな!!」

「あ、聞いていたんだノート」

「…………あなた今、うらやましいって言おうとしなかった?」

「そもそもキミはブレア村に住んでいないから、奪われてはいないだろ?」

「うっせぇうっせぇー! 他の役人も同じことやってるに決まっている! あ〜あ、何かバカバカしくなってきた! 協力したく無くなってきたな〜!」

「い、いや、そんな役人は滅多にいませんよ! 皆己の職務を全うしようと必死で働いていますから!」

「どうだかね〜」



 嫌味を言うノートにオロオロとしてしまい、どう答えればいいかわからなくセリオ。そんなノートの脳天にチョップをするアーサー。


 アーサーとしては軽く小突く程度の認識だったが、そこはSランク冒険者の実力者。ノートにとっては暴力的な威力だった。


 あまりの痛みに声に出せず、倒れて転げ回る。



「コラ、ノート! あまり意地悪しない!」

「……!…………!?」

「い、いえ、気にしていないので…………とにかく、それがバレて上司は解雇され、空いたブレア村の徴税官というポストに私が任命されました。恋人がブレア村にいた関係で、よく村を訪れていて、村人達とも交流があったことが決め手だったそうです」

「うん、なるほどね! でも、キミの基礎能力が高かったから任命されたのは事実だ。もっと誇っていこう!」

「はは、ありがとうございます、アーサー様」



 エレノアも微笑ましそうにアーサーとセリオを見る。

 微妙な雰囲気だったが、少し和やかになって馬車は進む。


 その間、ノートは倒れながら、アーサーのチョップの痛みが引くのをじっと待っていた。

 


 

 *****



 

 キルリア王国 ブレア村――



 徴税官セリオの案内で無事に目的地に着いたノート、アーサー王子、エレノア。


 ブレア村に着いて三人が最初に思った感想は、とても村に呪いが蔓延っているとは思えないほどの賑やかさだった。



「な、なんだか想像と違うね……」

「……喧しい村…………本当に呪いや病に侵されているのでしょうか?」


 

 エレノアは怪訝そうな表情を浮かべ、アーサーもいつもの笑顔が失せて呆然とした顔になっている。


 ノートも同じ感想だった。

 とても呪いに苦しむ村とは思えなかった。


 そのみんなが思っている疑問にセリオが苦笑いをしながら答える。



「今日は『龍水祭』というお祭りの日なので賑わっているだけだと思います」

「『りゅうすいさい』? あ、それが例の?」

「はい。年に一度行われるこの村の祭りです。先日お話しした龍の呪いを抑える聖水……それが『龍水』と言われています。今ではこの村の名産品になっているのですが、この村を代表するイベント、名産品と言うことで、『龍水祭』と名付けられたんです」

「なるほどね〜。それにしても、すごい人だね! 割と主要都市からは遠い村なのに……」

「ええ、結構大規模で、このお祭りを観光に来る客や、多くの人が来ることを見越して来る商人もいます。毎年大盛況ですよ」



 (名前は聞いたことあったけど、そんなに有名な祭りだったのか。ってことは、その龍水って水を他の街で売りゃあ結構儲かるか?)



 水なんて適当にその辺で汲めばいけそうだな、と邪な考えを巡らすノート。

 ニヤニヤと気持ち悪い笑顔を滲み出すノートとは対照的に、セリオは少し沈んだ表情を浮かべる。



「おかげでこの村は意外と潤っています…………ですが、この祭りの始まりは違います。本当は龍水をもらうために差し出す生贄の娘に最期に楽しい時間を過ごしてもらおうとする為の祭りでした」

「え、そうなの?」

「はい。ですが、生贄を必要としない時にも開催し、他の村や街、国から多くの人を呼んだら思いの外盛り上がり、今の形になりました」

「なるほどね。そして、その由来も忘れられていったと…………ありがちな話だね」

「ええ、ここ数年は生贄もないのでただ楽しいだけの祭りでした。ですが、今回は………………」


 

 セリオがそこまで話すと、「セリオ」と呼ぶ声が聞こえた。


 全員が声の方向へ振り向くと、黒髪ロングの美女が立っていた。


 その姿を見たセリオは一瞬嬉しそうな顔になるが、すぐに悲痛な表情になる。

 しかし、その女性がそんなセリオを見て悲しげな表情になると、慌てて笑顔を作り彼女に応える。



「マイ!」

「お帰りなさい。お仕事、お疲れ様」

「うん、ありがとう! …………紹介しておきます。こちらがお話しした私の恋人のマイと申します。マイ、こちらキルリア王国第四皇子のアーサー様、そしてそのお供のエレノアさんとノートさん」

「まぁ! アーサー王子でしたか! このような辺鄙な村まで御足労頂きたいありがとうございます。私、マイと申します。お付きの方々も遠いところお疲れ様でございます」

「ははは、丁寧に挨拶ありがとうね!」

「所作の一つ一つが素晴らしいわね……こちらこそ、よろしくお願い致します」

「…………どうも」



 (オレは別にアーサー王子こいつのお供じゃないけどな…………それにしても、この美女の態度――)



 心の中でマイの言葉に反論するノート。

 そして、そんなマイを見て少し何かが引っかかったが、他の全員は何も気にしなかった。


 そのため、気にはなったがノートも特に言及しなかった。



「セリオ……アーサー様がいらっしゃったってことは、例の件は…………?」

「ああ、協力してくれるってさ!」

「!! ほ、本当ですか!?」

「まあね、困っている民の力になるのは冒険者の仕事、そして、民の悩みを解決するのは貴族の責務。だったら、王族で冒険者のボクが一番の適任だからね!」

「……という建前ですが、実際は単純に好奇心ですので、あまり気に病まずに」

「あ、ありがとうございます! 私……私………………う、うぅ…………」



 アーサーとエレノアの優しさに触れて泣くマイ。

 その背中を優しくさするセリオ。その様子をただ優しく見守るアーサーとエレノア。


 心温まる光景だが、ノートは違うことを考えていた。



(まるで悲劇的な芝居を見ているみたいだな………)



 果たして、この光景は現実なのか、フィクションなのか?

 ノートだけは、そんな穿った見方をしている。



「とりあえず落ち着いてお話ししたいから、場所移そうか!」

「そ、そうですね。それでは我が家へ行きましょう。よろしいでしょうか?」

「うん、そうするか。マイさん、案内よろしくね?」



 そんなノートをよそに、一行はマイの家へ向かうことが決まった。


 

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