小悪党ノートの奮闘記 5 完
「ここが隠し部屋のある場所だ」
「……何もないじゃない」
「隠し部屋だから扉は隠されているんだよ。オレは偶然見つけたんだけどな。
え〜と………あったここだ」
(まさかこんなに早くこのライト&ダークを使うことになるとは…)
ピカッ!
「い、今のは?」
「特殊な光を照らすと反応する目印をつけたんだよ。ちなみに自家製ね」
「おお、すごいね! ノートくん、本当に器用だね!」
「……無駄に凝った魔道具を作るわね」
トラップファインダーという魔道具の出来を思い出し、エレノアが呆れた様子でため息を吐く。個人でここまでの魔道具を作る能力は見事だというしかない。
ただ、それを何種類も持っていることに呆れているようだった。
そしてノートは隠し部屋をイヤイヤ開放した。
「おお……かなり財産があるね」
「多くの冒険者がこの城……いえ、イストリア全体を調べたようですが、ここまでは見つけられなかったようですね」
「みたいだね。……ただ、部屋の規模に対して財産が少ないね」
ギクッ!
「そ、そうか? 将来に備えて広めに作ったけど、そこまで宝が貯まらなかったんじゃないのか?」
「…あなたが何割か盗んだんでしょ?」
ギクギクッ!!
「そ、そんなことないですよ〜? オレはこの部屋を見つけて、すぐにペンダントに導かれて謁見の間へ行ったから! そ、それにオレの荷物見てくれよ! そんな財宝ないはずだから!」
「ノートくんのことだから、大量に収納できる魔道具とか作れそうだね」
(この王子、案外鋭いな!?)
苦笑しながらアーサーが指摘してきて、思わず口ごもるノート。
しかし、アーサーは笑顔でノートに告げる。
「いいよ。もともと僕が欲しい物以外は君に譲る約束だったしね。何も見なかったことにするよ」
「え、そう? なら遠慮なく!」
「……やっぱり盗んでた」
エレノアはまた呆れたため息を吐いたが、もう無視してアーサーと日記帳探しをする。すると、思いの外早く見つかった。
「アーサー様、見つけました!」
「!? 見せて!」
エレノアから古びた本を受け取り、中を確認するアーサー。
見覚えのある文字の羅列に思わず目に涙が溢れる。間違いなく母イレーヌの文字だった。
「間違いない……母上の…日記だ。ついに………ついに見つけた」
大切に日記を抱きしめ、自身の荷物に丁寧にしまうアーサー。その様子にエレノアももらい泣きしてしまう。
一方、ノートはそんな心温まるやり取りに全く興味がなかった。
その間にやっぱりもう少し宝を持ち帰りたくなったようで、自身の普通の荷物に小さめのお宝を無理やり入れていた。
そんなノートの姿をエレノアは少々侮蔑的な視線を送り、アーサーは苦笑いしながら近づいてきた。
「くそ……やっぱこれだけが限界か。もっと大きい荷物を持ってくるべきだった…」
「ノートくん…」
「え、なに? 終わった?」
本当に自分たちに関心がないんだな、とアーサーは驚き、少し感心していた。
もうノートには自分が王族とばれているはずなのに、全く気を使われていない。おそらく、そのことがエレノアにとっては不快なのだろう。
ただ、アーサー自身はその変わらない姿勢に好感を持てる。
「いろいろとありがとう。キミのおかげで僕は真実を知ることができた。
………知りたいことが知れた」
「……不本意だが、筋は通すわ。感謝します…」
「ほんとだぜ! 想定外のトラブルだらけで疲れた。報酬が欲しいくらいだぜ」
「こ、こいつ……!」
「落ち着いて、エレノアさん」
…少し厚かましいというか、図太いというか……。ノートの態度に少しだけアーサーは呆れた。
「もう知っていると思うけど、シーザーという名は冒険者としての名称だ。本名はアーサー。……キルリア王国の第四王子だ。そして、彼女は僕の侍従で護衛も務めるエレノアさん」
「ああ、王族の名前はいくら興味がないオレでも知ってるぜ。王位継承権が下の方ってことも聞いたことある」
「ははは………その通り。僕は王になる可能性はほぼない。………なる気もなかった」
自分が人の上に立つこと、王となって政治を行うイメージが持てなかった。
他の王位継承者もアーサーが王位に興味がないと思っているようで、誰も……王すらもアーサーに興味を持っていなかった。そもそも王族とは距離をとっていたから、王位継承争いにも全く巻き込まれていなかったし、そもそも無視されていた。
「そういう噂を聞いているから、まああんたなら別に媚びなくても王家や貴族に怒られないかも、て思ったから今後もフランクに接するわ」
「……あなた何もわかってないわね。それでも王子に不敬を行ったら、王族全体のメンツもあるから相応の罰を与えるわよ?」
「………え?」
「小賢しい割に意外と抜けてるわね、あなた」
一気に青ざめるノート。これまでのアーサーへの遠慮のない言動を思い出してしまった。
アーサーは笑顔で首を振る。
「別に気にしてないよ。僕が何も言わなけりゃいいだけさ。君は恩人だし、そんな告げ口しないよ」
それを聞いてノートはホッと息を吐く。
「母の遺品も手に入れた。満足の結果だ。………それに、やりたいことが見えたしね」
「あん? どういうことだ?」
「……いや、こっちの話。 ……そうだ、ここの財産とは別に、僕個人でお礼をさせてもらうよ。その代わり、ここのダンジョン制覇は僕がしたってことでいいかい?」
「…?別にいいけど、何で?今更そんな名誉いらんだろう?」
すでに多くのクエストをクリアし、多くの人から称賛されるSランク冒険者。
今のアーサーの名誉に比べたら、小さな成果のはずだ。
「僕がここを制覇したってことが必要なんだ」
そういうアーサーの顔は、今まで見たことがないほど獰猛な顔をしていた。
初めて見る顔にエレノアさえも驚愕した。
(……ひょっとして、とんでもない奴と知り会っちまったか?)
ノートが一抹の不安を抱えてしまったが、こうして亡国の遺跡 ———— 旧イストリア王国攻略は成功で終了した。
*****
キルリア王国 ウィニストリアの街 貴族街 —————
そのとある貴族の屋敷では、二人の人物が話をしていた。
この屋敷の主である貴族と、その執事長……ゲッスウというゴロツキ冒険者たちを雇っていた人物だ。
「執事長よ、例の件はどうなっている? もう数日も音沙汰なしなのは時間がかかりすぎではないか?」
「も、申し訳ございません、ご主人様。依頼していた冒険者と連絡が取れなくなりまして……」
「やはり底辺冒険者ではなく、金を積んででも優秀な冒険者を雇うべきだったのではないか?」
「は、はぁ…」
Sランク冒険者シーザーの暗殺……そんな大仕事、誰も受けねぇよ。
執事長は心の中で自身の主人に毒づいた。
しかし、執事長も気になっていた。
ゲッスウたちと最後の打ち合わせをしてから、もう数日が経過した。
その後、ゲッスウたちを見たという者がおらず、連絡が取れなくなっていたのだ。
正直、ゲッスウたちの安否には微塵も興味はなかったが、シーザー……アーサー第四王子の生死については気になっていた。
それこそが、主人の目的だった。
王子の死 ————
王位継承権の低い王子でも、そんなことになれば大騒ぎになる。
これを口実に王位継承争いを混乱させ、その混乱に乗じて争いに有利な王子についたり、情報操作をする、など………どうとでも動けば利益を生む方法はある。
しかし、行方不明では王族や他の貴族連中が混乱になるほどのインパクトはない。ましてや、冒険者をしている王子だ。冒険中で不在だと思って何も起こらない。
執事長はこんなくだらない作戦を命令した主人に辟易していた。
全くうまくいくとは思っていないからだ。
仮にアーサー王子が死んでも、この主人がうまいこと立ち回って自身に有利となる立場になっているイメージが湧かない。そんな愚物で低俗な貴族だ。
(まぁキルリアはそんなアホな貴族が多いから、成功しないとも言えないが……。いずれにせよ、私は命令を忠実にこなすのみ。果たして、アーサー王子はどうなったのやら………あの冒険者たちがうまくやるとは思えないが)
その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、大量の王族直属の騎士だった。
「な、なんだぁ!? 貴様ら急に入ってくるとは無礼だぞ! 何のようだ!?」
「動くな! これは陛下の命である!貴様らには『国家転覆罪』の嫌疑がかけられている! 留置所まで同行頂く!」
「は、は、はぁああ!?」
大騒ぎする主人。騎士たちが取り押さえにくるが、主人は暴れまくる。しかし、騎士に勝てるわけもなく、あっけなく捕縛された。
「貴様も連行する。大人しくお縄につけ」
「……わかりました。しかし、一つだけお聞かせください。これは本当に陛下のご指示ですか?」
「ああ、その通りだ。ただし、実際に陛下に捕縛の相談したのは
(……ああ、そうか。あの冒険者たちは失敗したのか。やはり私の勘は正しかった………あんな冒険者たちにできるわけなかったのだ)
そんな奴に頼む自分も無能で愚か、この主人にしてこの執事長ありか……。
そう自嘲して全てを悟った執事長は大人しく連行されていった。
*****
キルリア王国 城内 王の執務室 —————
「…以上、報告になります」
「うむ、ご苦労であった。下がれ」
「はっ!」
敬礼と返事をして報告に来た騎士は執務室から去っていった。
報告を受けていたのは、この国の最高権力者 ————キルリア国王。
そして、もう一人この場にはいる。
「これで満足か? 貴様の願い通り、貴様の暗殺を企んだ貴族を捕縛したぞ…………アーサー」
そう、Sランク冒険者シーザー ——————その正体、第四王子のアーサーだった。
「陛下、僕は今Sランク冒険者『シーザー』としてここにいます。そのように接してくださいよ」
アーサーはどこか好戦的な態度でキルリア王と対峙している。
その態度が気に入らず、キルリア王は顔を顰める。
「ふん……で、なぜこんなことをわざわざワシに願い出た? こんな
「情けない、ですか? 国家転覆を謀った貴族ですよ? だったら陛下にお伝えするのが王子の……いえ、国民の務めでしょう?」
「何が国家転覆だ。あの程度の小物にそんな度量がなかろう。どうせ思慮の足らん行為だ」
「ですが、そんな程度の低い貴族を増やしたのは、王族が不甲斐ないせいでは?」
「何?」
キルリア王はここで初めてアーサーの顔を見る。そして驚く。
いつも温厚で、強い態度をとっているところを見たことがないアーサーが、冷徹な視線と冷笑を浮かべて父たる自身を見ていたからだ。
「そうでしょう?目先の利益だけを考えて行動し、将来の国の未来を考えない短慮………今までの王位継承争いの王族の考えを見習っている貴族の蔓延……まさに愚かなキルリアの象徴ですよ」
「……何が言いたい?」
「亡国の遺跡のダンジョンを攻略しました」
「!!」
アーサーの唐突なダンジョン攻略報告にキルリア王は目を見開いた。
亡国の遺跡 ————旧イストリアの攻略を、まさかアーサーにされるとは思っていなかった。よりにもよって
「そうか……どうだ? 母の故郷であるイストリアをモンスターから解放できた気分は?」
王の問いかけに答えず、攻略報告を続けるアーサー。
「………ダンジョンマスターはリッチーでした。しかも名ありの強力なモンスターでした。Sランク冒険者二人がかりでようやく勝てるほどの強さです」
「名あり、だと?」
名ありのモンスターは非常に強かったり、特殊な能力を持っている危険な個体。ダンジョンマスターで名ありのモンスターは少ない。
「ダンジョンマスターの名は………ハルゲン、聞いたことありますよね?」
「な、何だと!?」
「イストリア最後の王、……そして、あなたの父であるキルリアの先王が滅ぼした国の王です」
キルリア王は思わず動揺し、歯噛みする。長い時を経て、今一度その名を聞くとは思っていなかった。
「最期は正気を取り戻し、ほんの少しお話できました」
「なに?」
「あと、これも見つけることができました」
そういうと、アーサーは二つのアイテムをキルリア王に見せる。
「それは…?」
「母の形見ですよ」
そう、ダンジョンで入手したイレーヌの日記とペンダントだった。
「イレーヌの? ………見せてくれるか?」
「………ええ、どうぞ。ただし、破ったり壊したりしないでください」
「……そんなことはしない」
キルリア王はアーサーから日記とペンダントを受け取る。
まずは、ペンダントを確認する。イレーヌの肖像だった。それを見た時、キルリア王は懐かしそうで……悲しそうな顔をした。本当にイレーヌを愛していたようだった。その様子にアーサーも少し目頭が熱くなった。
次にイレーヌの日記を見て………キルリア王は目を見開いた。
そして、アーサーの顔を見る。
「こ、これは本当か? ここに書かれていることは、本当なのか!?」
「やはり陛下は知らなかったのですね……知っていれば母を娶らなかったでしょうから」
そこには現国王すら知らない、キルリア国の闇が記されていた。
それは、イストリア崩壊の原因、反乱軍についての真実 ————
「イストリアの反乱、あれは………キルリアの工作員による扇動、つまりキルリアのでっちあげでした」
キルリア国の先王は、潤沢な鉱石を保有するイストリアを欲しがっていた。
当初は兵力の差で勝てると踏んでいた。
しかし、イストリアの兵たちの質が高く、むしろキルリアが劣勢になってしまった。
先王はイストリアの兵力を何とか弱体化できないか悩みに悩んだ。
その結果思いついたのが、イストリアの内乱による内部分裂だった。
早速キルリアから数名を工作員としてイストリアに派遣し、反乱軍を結成させて暴れさせた。
反乱軍の行動が活発になると、次第にイストリア人の中でも現政権に不満を持つ人間が反乱軍に加わり始めた。
一人が寝返れば、その後は何人も寝返り、その数が増えていくと『今、イストリアはヤバい国だ。ここで立ち上がらなければ自分たちの生活が危ない!』……そんな不安な雰囲気ができる。
イストリアの兵は屈強でも、一般市民は戦争を不安に思っている。
その不安心につけ込んだ作戦。これが成功した。
イストリア兵は自国民の反乱が精神的な動揺につながり瓦解。そして王の死、つまり国の消滅につながった。
その後、イストリア国はウィニストリアの街と名を変え、キルリアの工作員とイストリアの反乱軍の人間による統治が始まる。
しかし、キルリアはさらに残酷な行為を行う。
なんと、キルリアから人員を補強し統治に参加した反乱軍のイストリア人を殺害していった。表に出ないように秘密裏に……少しずつ。
「……こうして、イストリアの人たちの意見よりもキルリアの意向が濃くなった、イストリアの真のキルリア国化………真のウィニストリアの完成ですね」
「父上がこのようなことを………」
あまりにショックな事実にキルリア王を手で顔を覆った。
「イストリアの鉱石や細工技術という目先の利益のために、一つの国を滅ぼす……そこに住む人たちのことも考えない短慮さは、本日捕まった貴族以上でしょう?」
「……確かに酷い話だ。だが、それもキルリア国を思えばこそだ」
「その後、イストリア人が出ていって、鉱山も枯渇して一気に不況になりましたよね? ダンジョンができたから何とか経済が回り始めましたが、もしそんな
「………」
「まともに管理もできずして、何がキルリア国のためなのでしょう?」
キルリア王は何も言わずに目を瞑っている。反論ができないのかもしれない。
アーサーは気にせず話し続ける。
「でも知ってます?ここ最近かつてのイストリア人がこのウィニストリアに戻って来ているんですよ?」
「何? なぜだ? ………まさか、反乱を?」
「ふぅ〜…所詮陛下も先王と同じ思考のようですね。違いますよ」
「何だと? ならばなぜ戻ってきた? 貴様はその理由を知っているとでも?」
アーサーは見下すようにキルリア王を見る。
憐れむかのように、バカにするかのように、蔑むかのように———
「母上が呼んだんですよ。またみんなで暮らしませんかって」
「い、イレーヌが?」
「母上は戦争を生き延びた。
「ちょっと待て! お、王女!? イレーヌはただのイストリア人ではないのか!?」
「………そこは知らなかったのか」
衝撃の事実に驚きっぱなしのキルリア王。
どうやらイレーヌは、自身がかつてイストリアの住民だということは告げていたが、王家の人間だったことは教えていなかったようだ。
アーサーは構わず続ける。
「母上はずっと知りたかったようですね。なぜ反乱が起こったのかを」
自国民の裏切り————
イストリア王族としては、非常にショックであり、何か不満があったのか? どうすれば反乱を回避できたのか? もう後の祭りだが、せめて真実が知りたいと考えたイレーヌは城で働くようになり、やがて王妃の一人になった。
そこで情報収集をしやすくなり、ついに真実を突き止めてこの日記に記したようだ。
「読み続ければわかりますが、母上は真実を知って仕返しをしようと考えたわけではありませんよ? 今更反乱しても返り討ちにあうことは明白ですから」
「……だったらなぜイストリア人をウィニストリアに集めたのだ?」
「…………言ったでしょ? 読めばわかるって。……まあいいや。答えは単純です—————ウィニストリアでみんなと楽しく過ごしたかった。そして、イストリアの血をウィニストリアで絶やしたくなかったんです」
場所が変わったが、かつて母国だった街に母国の血が消えてしまうことは寂しい。イレーヌはそう考えた。だから、かつてのイストリア人を探して説得し、可能な限り呼び寄せた。
「みんな驚いたでしょうね。死んだと思っていた自国の姫が生きていて、一緒に生きていこうなんて説得されるんですから。でも、さすが人望のあったハルゲン王の娘、同様に人望があったので多くのイストリア人は再びこの地へ戻ってきたという訳ですね」
「…なるほどな…………それで、そんなことを言いにきたのか? 真実を告げて、私に何かして欲しいとでもいうか?」
キルリア王は立ち上がりアーサーに迫る。
アーサーはニヤリと笑い、告げる。
「僕は母上の願いと祖父ハルゲンの意志を聞いて決意しました。
——————王位継承争いに参加し、キルリア王を目指します」
「何?」
「母上の願い『イストリアの血をウィニストリアに残す』、祖父の願い『自国民たちの幸せ』………そして今、イストリア人がこの国に集まっているなら、彼らを幸せにするために………僕は本気で王位を獲りにいきます」
まさかの言葉に本日何度目になるのか、キルリア王は目を丸くする。
そして、ある事に思い至り体を震わせる。
その震えは怒りか、恐怖か。
キルリア王はアーサーを睨みつけて言う。
「まさか…この件で自分を王にしろと脅すか!?」
その言葉を聞いてアーサーはヤレヤレ、といった具合に首を横に振る。
そして立ち上がり、キルリア王の眼前まで近寄ると再びニヤリと笑って説明した。
「そんなことできないことくらい分かっていますよ。そもそもが母上の日記だけでは脅しにならない。いくらでも言い逃れできる」
「…? な、ならば、何をワシに望むのだ?」
「
「そ、それで良いのか? 今更争いに参加しても遅いのではないか?」
「大丈夫。僕は結構市民の人気あるんですよ? いろんなクエストを達成してきていますので」
アーサーには他の王子王女たちに比べて圧倒的に貴族たちの支持がない。…というよりも皆無だ。しかし、逆に他の王子王女に比べて圧倒的に勝っている点がある。
それは、冒険稼業を通じて築き上げた市民からの評判だった。
王族は貴族だけでなく、市民からの支持も必要で世論の動向も無視できない。故に貴族の支援者がいないアーサーでもまだ戦える余地は十分にあった。
「あ、本当に邪魔しないでくださいね? そうなると必ず王族は市民から紛糾されますから」
「ふん、ずいぶん自身の人気を過信しているな? 貴様の邪魔をするだけで市民が立ち上がって貴様を王にしろ!と求めるのか?」
アーサーが自意識過剰なことを言ったと思い、嘲笑を浮かべるキルリア王。
その様子を見て「こいつ何もわかってないな…」とため息をつく。
「違いますよ。近いうちに亡国の遺跡で入手されたお宝が売られ、市場へ流出されます……中にはイストリアの技術で細工された宝飾もあります。見る人が見れば、一発でイストリアの宝とわかります」
「……? だから何だ?」
「かつて宝飾で栄えたイストリア……希少性と高い加工技術ですからかなり高額になるでしょう。そのことで亡国の遺跡やイストリアに興味を持つものが増えて亡国の遺跡を探索する人間が増えるでしょうね。そうなると、その遺跡に残るイストリアの真実……キルリアの闇が暴かれるかもしれませんよ?」
「…!!?」
キルリア王の顔が青くなる。
そんなことになったら、旧イストリア人や反王族派が黙っていない。
すぐに亡国の遺跡の宝飾類の買取を禁止しようと、各所への指示のために部屋を出ようとする。そこにアーサーが声をかける。
「安心してください。その宝飾はイストリア人が経営する買取店にしか売れず、しかも上手い事言って買取額を低く見積もるように全店に相談していますから」
「な、何!? うまくいったのか?」
「ええ。『イレーヌ様やハルゲン様の血族のお願いならしょうがねぇ!』っとみんな快く引き受けてくれました。市場へも流出しないと
「ちぃ…」
今の言葉は明確な脅しだった。
今は自分が抑えているが、何かあればその抑えを解き放つ。
そうなった時、亡国の遺跡とイストリアの歴史を知る者が現れるかもしれない。
————すなわち、キルリアの闇の歴史を暴こうとする者。
これでは確かに邪魔はできない。
現王家への糾弾の
今のキルリアの王家と貴族の腐敗をついた、王家の急所をアーサーは握ったのだ。
キルリア王はアーサーを見る。
冒険者として多くの修羅場をくぐり、自身の力に自信があり、度胸もある。
そんなアーサーの才覚から形成される覇気を感じたキルリア王。
それはまさに、王の器だった。
「…好きにしろ」
「あ、他の王子たちへも何とかいってださいよ? あまりあてにして無いけど」
「……わかっている」
「頼みましたよ、
「……一つ聞く。なぜそこまで急に動く気になったのだ? ハルゲン王やイレーヌの意志を知ったからか?」
「…ええ。そして、僕も実現したいと思った夢です。その為に、我慢せずに動くことの大切さを教わりましたので」
そう言ったアーサーの脳裏には、一人の冒険者が思い浮かんだ。
自由でどこまでも自分本位に、やりたい事のために動く小悪党な冒険者を。
後日、冒険者シーザーが、本名のアーサーとして正式に王位継承争いに参加することがキルリア中に発布された。
*****
数日後、ウィニストリアの酒場「クラフトホーム」
このいつもの酒場に来ていたノートは、顔を伏せて気落ちしている。
「…ちょっと、注文しないなら帰ってくれる? 商売の邪魔なんだけど?」
「慰めてくれよ、クレア……」
「だったら何か頼め」
「………エールください」
クレアが持ってきたエールを一口ぐいっと煽るように飲み……少しむせる。
格好がつかない男、ノート・ビル。
これまたクレアが差し出した水を飲んで落ち着いたところで、クレアが尋ねる。
「それで何落ち込んでいるの? ちゃんと稼いできたんでしょ? ツケもちゃんと払ってくれたし………倍は払ってくれなかったけど」
「あれ本気だったのかよ!?………亡国の遺跡のお宝が全然儲けにならなかったから落ち込んでんだよ」
亡国の遺跡から帰還後、アーサーとエレノアと別れ、その日は疲れを癒すためにすぐに眠った。
そして翌日、すぐに宝石店へ向かった。
しかし、一日おいた為に遅かった。
すでにアーサーが根回しをしてしまった後だった為に、亡国の遺跡からの宝と説明すると全員が買取を拒否した。驚くノートだが、折角苦労して手に入れた宝を何とかして金に換えたかった。
ウィニストリア中の宝石、宝飾店を訪ね回った。
そして、一軒だけ買い取ってくれる店を見つけた。ウィニストリアでも一、二を争う有名店だった。
期待を胸に全部鑑定してもらった。
しかし、結果は銀貨三十枚という期待外れだった。
珍しい鉱石ではあるが、今のトレンドではないようで需要がなく、必然的に買取価格が下がるとのこと。
ノートは納得がいかず、残り少ない他店へ行こうとするが、どこも買い取ってくれず、結局この店で買い取ってもらった。
そして、亡国の遺跡に再度出向き残りの財宝も買い取ってもらったが、最終的な収益は銀貨五十五枚………クレアへのツケ分を差し引くと銀貨五枚のみだった。
「あんなに危険なトラップやSランク冒険者と互角に戦うモンスターを相手にしたのに………」
「まあいいじゃない。そんな危険なダンジョンから生きて帰って来れただけ儲け物でしょ? 本来のあんたの実力なら死んでるでしょ?」
「シーザーやエレノアに助けてもらってよかったな、ノート」
クレアだけでなく、マスターも加わってノートをフォローする。
しかし、ノートは全く納得がいかなかった。
「くそ! 流行りじゃないだけであんな宝石が銀貨で収まるのかよ!? 絶対もっと価値あるって!」
アーサーの根回しのことを知らないノートはそう叫ぶ。
その予測は実際に当たっており、本来は一生遊べるだろう金額になった。知らないところで王位継承争いの被害を受けているノートだった。
「こんなことならアーサーに
「なんか言った?」
「…いや、なんでもねぇ」
くだらない下衆なことを考えるノートをよそに、クレアとマスターはノートの話題を切り、別の話題で雑談を始めた。
「シーザーさんといえば、マスター聞きましたか?」
「もちろん知っているさ。まさか王位継承争いに参戦するとはね」
「私はシーザーさんがアーサー第四王子ってことにびっくりです! ひょっとしてマスター知っていました?」
「まあな、シーザー……アーサー王子の母上とは同郷でな。その繋がりから今に至っているんだ」
(ってことは、マスターもイストリア人ってことか)
そんなことを考えながらノートはエールを飲み干して、おかわりとつまみを注文する。
(それにしても……アーサーのやりたいことって王になることか。興味ないって言ってたけど、あの日記に何か書いてあったのかね〜)
まぁ、もう自分には関係ないことだ。今のアーサーと関わると面倒ごとになる可能性が高い。お金をたかりたかったが、諦めよう。
気持ちを切り替えてノートは次はどこのダンジョンに行こうか考えていた時、トラブルがやってきた。
ギィ……バタン
「いらっしゃい!……ってあ、アーサー王子!?」
マスターの声に全員が驚いて酒場の入り口を振り向いた。むろんノートも同じだった。そこにはマスターのいう通り、アーサーと侍女のエレノアが一緒だった。
格好はいつも見かける冒険者シーザーとしての格好だった。
「やぁマスター。久々に来たよ!」
「お邪魔します、マスター、それにクレアさん」
「あ、名前覚えてくれてたんですね!」
「ふふ…もちろん。仕事のできる真面目な人、私好きよ?」
突然の大物の来客に店内がどよめく。
以前来た時は最上位のSランク冒険者としてしか見ていなかったが、今は加えて王子と知って更なる緊張感を持っていた。
ノートはというと、めんぐさい奴がめんどくさいタイミングで現れたとゲンナリしていた。そして、見つからないように視線を合わさず、体を縮こませていた。
「いや〜今忙しいだろうから当分来ないだろうな〜って思ってたよ。元気そうだなアーサー王子!」
「ははは、まあね。おかげで運動不足だよ……だから今日は久々にクエストを受けようと思ってね」
「え、えぇ!? 王位継承争いの最中だろ? 大丈夫なのかい?」
「いいのいいの! むしろクエストは僕にとって最大の武器だよ。他の王族には真似できない。……それに困っている人を放っておけないしね!」
「くぅ〜! 嬉しいこと言ってくれるね! ……なぁお前ら!!」
「「「「「おぉぉお!! アーサー王子バンザイ!!」」」」」
…何か白々しいな、と感じたノート。
これじゃマスターとアーサーが芝居を打って冒険者や民衆の支持を受けるように見える。……というか、それが目的かもしれない。
(この場にそれを理解している奴が何人いるやら……。エレノアは当然知っているよな、何かため息吐いてるし。クレアは……何かポカンとしてるな)
ノートが一人冷めた目で店内を見ていると、クレアがヒソヒソと話しかけてきた。
「……ねぇノート。アーサー王子って意外と計算高くない? もっとほんわりしているイメージだったのに」
「…まぁ王位継承争いなんて謀略渦巻くドス黒い戦いを勝とうとしているんだし、そうならざるを得ないんじゃね?」
「う〜ん……でも何かショック……」
クレアの中のアーサーのイメージが悪くなったようだ。
ノートはそもそもがめんどくさい奴という印象が強いので悪くなってはいない。……良くもなっていないが。
みんながアーサーを応援している中、アーサーはそれに応えつつノートに近づいていく。……やはり気づいていたようだった。
「やぁ、親友のノートくん! 亡国の遺跡以来だね!」
「誰が親友だよ。っていうか何の用だよ?」
「アーサー王子。またこいつに絡んでいるのですか?」
エレノアは相変わらずノートに辛辣だった。ノートとエレノアは亡国の遺跡内で相性の悪さが露呈しており、お互いに毛嫌いしていることは明白なので、この反応も当然だった。
エレノアの発言に乗るのは癪だが、ノートは何とかアーサーを自分から離れるように試みる。……先ほどから何か嫌な予感を感じているからだ。
「侍女様がお怒りだぞ? 他の民衆と交流してこいよ」
「彼らとはまた次の機会にする。クエストにいく前に君と少し話したくてね」
「……何?」
どんどんと嫌な予感が膨れ上がり、逃げ出したくなるノート。
「亡国の遺跡では色々とお世話になったね。だから例のお礼をしようと思ってね」
「え、まじ? 助かるぜ!遺跡の宝がぜんっぜん金になんなかったからな!」
「……ああ〜、そうだったの? 残念だったね」
自身の根回しのせいでそうなることは予想していたが、実際にノートに言われると罪悪感が生まれるアーサー。
しかし、だからこそ、自身が考えたとびっきりのお礼をノートに話す。
「そっか、なら丁度いいね! なら一緒にクエストへ行こうか!」
「……は?」「あ、アーサー様?」
あまりにも突拍子の無いことをいうアーサーに理解が追いつかないノート。そしてエレノアも知らなかったようで驚いている。
「なんでそうなるんだよ! 嫌だよ!」
「なぜだい? 僕が受けるクエストは高額報酬が多いよ? なんせ多くの人が達成できなかったからね!」
「だったらオレも達成できねぇよ! オレの冒険者ランクはEだぞ!?」
嫌な予感が的中して焦るノート。大体なぜそれがお礼になるんだろうか?
「大丈夫! 僕と一緒ならキミを守ってやれる! キミは生き残ることに集中してもらえればいいんだ!それだけで高額報酬を三分の一受け取れるんだよ?」
「え、それいいかも……じゃなくって、それのどこがお礼なんだよ!?」
「アーサー様、荷物になる人物を引き連れてのクエスト攻略は危険です! アーサー様もわかっているでしょう!?」
「そうだぞ! ………ムカつくけどな!」
ノートとエレノアの問いかけにアーサーは大丈夫、と言わんばかりに満面の笑みで答える。
「大丈夫だよエレノアさん! そこら辺の難易度はマスターとも調整するから! それにクエストを受け続ければ、お金も貯まるし、冒険者ランクも上がるし、名声も手に入れられる! これって得しか無いよね?」
「た、確かにそうかもですが……」
「納得すんなよ魔法侍女!? もっと拒否しろよ!」
「変なあだ名をつけないで頂戴!」
「…何がそんなに不満なんだい、ノートくんは?」
アーサーはノートにとってプラスしか無いと考えているため、なぜノートが拒否するのか理解できないでいた。二人の価値観の違いによるすれ違いが発生している。
ノートははっきりと自身の望みを告げる
「オレは別に有名になりたいわけじゃないの! 楽に金稼いで、思いっきり楽に暮らして遊んでいたいの! お前の提案は戦わなくてよくても危なすぎるの!」
「ダンジョン攻略も危ないよ? なんら変わらないよ?」
「お前が受けるクエストの大半はモンスター討伐だろうが! ダンジョンなら戦わずにお宝ゲットできるんだよ! 一緒にすんな!」
「確かに最初は危ないかもしれない……でも大丈夫! すぐに慣れるさ! そうすれば、楽にお金も稼げる!」
だめだ、とノートは思った。
全然意志を曲げるつもりがないアーサー。強引にでもアーサーのパーティに参加させるつもりだ。
なんとか反論しなければ…そう考えるノートよりも早くアーサーは最後の一手を打ってきた。
「キミは亡国の遺跡で僕を助けてくれた! そんなキミが僕とエレノアさんとパーティを組んでくれたら向かうとこ敵なし! 僕たちに足りないところを補ってくれる! キミは僕のパーティの最後のピースだ!………そう思うよね、みんな!?」
急に話を振られて店内の全員がポカンとする。
一体どういうことで、どういう状況なのだろう?
全員がよくわからなかった。ただ、王族であり、自分たちの味方であるアーサーがあんなにいい笑顔で宣言したのだからとりあえず賛同しておこう。
………自分たちに実害はなさそうだし。
全員にそんな長い物には巻かれろの考えが瞬時に思い浮かび、大声で賛同の声を上げた。
その状況にノートは絶望し、そして嘆く。
「くそ! この俗物どもめ! 王族の圧に屈しやがった!」
「しかもSランク冒険者だしね。もう諦めて仲間になりな? っていうかもう詰みでしょ?」
「く、くぅ〜!!」
クレアのいうように、もう詰んでいる。アーサーの仲間になるしかない。
計算でやったのか、それとも天然でやったのか ————
いずれにしても、もう逃げられない。
これからノートはアーサーに巻き込まれていく。
下手をすると自身が言った王位継承争いというドス黒い戦いにも ————。
「く、くそがぁあ!! オレはのんびり、楽にやっていきたいだけなのに〜!!!」
こうして、小悪党ノートの奮闘が自身の意思に関係なく始まったのだった。
————小悪党ノートの奮闘記 完 —————
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