小悪党ノートの奮闘記 4



 —————かつて宝石と鉱石産業で栄えた国、イストリア。

 その最後の王、ハルゲンは武勇に優れた人物としても知られていた。


 イストリア領内でモンスターが確認された時は率先して退治し、

 市民が良い宝飾を作った時は、一緒になって喜び率先して色々な国へ営業に出ていき、市民の生活のために常に何かできないを考え続ける人物だった。


 ある時、国の鉱石を求めて攻めてきたキルリア国との戦争が起こる。


 この時もハルゲン王は常に最前線で戦い、多くのキルリアの兵士を倒し、自ら指揮をして味方の士気をあげ続けた。


 国の規模と財力、そして兵士の数はキルリアが多かったが、

 イストリアに代々伝わる剣術『イストリア流』を操る兵士の質と、鉱石と宝飾の交易や販売で財力を手に入れたイストリアは、キルリアと互角に戦っていた。


 このまま長期化すると思われたキルリアとイストリアの戦争は、イストリア領内の反乱軍の誕生で呆気なく終わる。



 ハルゲン王は、ただ戦争がしたいだけだ!

 戦争にお金を使って自分たち国民のことを考えていない!

 今ここでキルリアに協力して王族を滅ぼし、キルリアに面倒をみてもらおう!



 ……反乱軍の言い分は言い掛かりのように聞こえた。

 しかし、同調圧力なのか、心のどこかで感じていたのか、賛同する声は少なくなかった。


 ハルゲン王の軍勢はキルリアと反乱軍の両方を相手しなければならなくなった。

 結果として兵は疲弊、どんどん倒されて最期はハルゲン王も倒される。


 こうして、イストリアは滅んだ。


 イストリアの街はキルリアに統合されて鉱石と宝飾の街として栄える。

 そして、反乱軍がその街を運営……支配することとなった。



 街の名前はイストリアにキルリアがウィン(勝利)したことから『ウィニストリア』と名付けられた。………イストリアとハルゲン王を慕う者たちにとって、この上ない屈辱の名前だった。

 ハルゲン王を慕っていた者たちはこの名付けを心底不快に感じ、多くの者は街を離れた。

 その中には鉱石の採掘者や加工や細工職人が多かった。



 結果として、鉱石が取れなくなり、宝飾の生産量の減少、質の低下したことでウィニストリアは衰退。街の維持のためにキルリアが莫大な負担をしなければならなくなった。


 キルリア本国は打開する策が見つからず、かといって何もしないわけにはいかなかった。

 そこで実施した施策が海外からの受け入れ……移民を募ることだった。


 移民がくることで、何か変わる。


 こんな博打みたいな思惑を持った、杜撰な政策だった。

 当初は他の街で居場所を失ったならず者たちしか集まらず、非常に街が荒れたのだ。



 そんな時にまさかの事態が起きた。

 ウィニストリア近辺にダンジョンが誕生したのだ。


 そしてウィニストリア上層部は、このダンジョン攻略にならず者たちを雇って攻略へ行かせた。


 何が起こるかわからないダンジョンに兵士は割けないため、いなくなっても問題ないならず者たちに行かせたのだ。


 しかし、これがまさかの成功。

 ならず者たちはお宝を集め、国へ献上した。

 国はこの功績に味をしめて、ならず者たちを冒険者と名付けて全国のダンジョン攻略に派遣するようになった。冒険者となった彼らは順調に実績を作るようになった。



 こうして、ウィニストリアは冒険者の街として息を吹き返した。

 そして、イストリアと名乗っていた頃から鉱山近くに構えていた街は、今では鉱石も取れないためただ不便な場所と化したので、イストリアだった街を捨て、今のウィニストリアの街へ移動した。



 そして、かつてのウィニストリア……いや、イストリアの国は廃墟と化した。

 やがて多くの妄執と悲嘆が溢れる悲しみのダンジョン『亡国の遺跡』に変貌するのであった—————




 *****




「そんな悲しみの国イストリア最後の王、ハルゲン王がこのリッチーだというのですか、アーサー様・・・・・?」

「エレノアさん、もう『シーザー』呼び忘れているよ?……まあいいけどね、誰もいないし」

「あ、申し訳ございません。シーザー!」


 シーザーは苦笑し、リッチー———ハルゲン王に向き直った。

 リッチーは頭を抱えながら『返せ』『娘』という言葉を呟き続ける。


 そんなハルゲン王にシーザーは語りかける。



「ハルゲン王よ、私の名はアーサー。キルリア国の第四王子。そして、あなたの一人娘イレーヌ姫の実子です」



 シーザー————アーサー第四王子の名乗りにリッチーがピクッと反応する。

 アーサーは続けた。


「あなたの娘はあなたの支援者の方々に助けられて生き延びました。その後はウィニストリアで平和に暮らしてました」


 しかし、イレーヌには知りたいこと・・・・・・があった。

 その知りたいことは、キルリアの王城でしか手に入らないと考えていた。


 そこでイレーヌは侍女として王城で働いた。


 そして当時の王子————現キルリアの王に見初められて王妃の一人となった。



「その後、イレーヌ姫は私を産みましたが、その後身体を壊して病気がちになりました。そしてつい先月、亡くなりました……」

「アーサー様……」



“娘の…子?……キルリアの王子が……我が血族?”


 リッチーはアーサーの言葉を聞き、さらに混乱し始めた。


 最愛の娘が生きていてくれた。

 —— だが、もう亡くなってしまった。

 娘に男の子どもができていた。自分の孫、血縁だ。

 —— だが、憎っくき敵国の王子でもある。


 複雑な感情が入り混じる。

 感情のぶつける場所を求め、リッチーは自身の孫たるアーサーに襲いかかる。


 迷いのある一撃はアーサーに通用せず、軽く剣でいなして距離をとる。

 距離をとりながら、アーサーは語りを続けた。



「僕はずっと自身にイストリアの血が流れていることを知りませんでした。しかし、母上が亡くなる数日前に教えて頂きました」



『私はキルリアが滅ぼしたイストリアの王女だったの。あることが知りたくてこのキルリアに来たの』



「あることが何なのかはわかりませんでした。僕は母上に尋ねましたが何も答えず、こう告げました」



『私が調べた全てを日記に記したわ。知りたければ、自分で見つけなさい』



「まるで悪戯っ子のような笑顔でした。おそらく、僕を試していたのでしょう。だから僕はずっと母上の日記を探していました」


 しかし、何も手掛かりが見当たらない。

 母も日記の存在を教えてくれただけで、どこにあるかのヒントも教えてくれなかった。


 途方に暮れながも情報を集めようと、アーサーはあることを始めた。


 それは冒険者だった。


 冒険者として色々な場所に行き、多くの人から情報収集をしようとした。

 王族として動けば、国王である父や王位継承争いをしている義兄弟たち、さらにその兄弟たちを支援する貴族に妨害をされることは明白。

 しかし、冒険者ならば王子の遊びとして軽く見られる可能性が高かった。


 母を支援してくれた人にイストリアの剣技、冒険者の心得や知識を教えてもらい、母の侍従をしていた魔法の達人であるエレノアとタッグを組んで冒険者になった。


「そして遂にこのダンジョンに母の残したお宝がある。そういう噂話を聞きました」

「……ただ、その噂をしていた冒険者がそこに転がっていますけどね」


 エレノアが冷たい視線を向けたのは、先に部屋に入り死体となっていた三人の冒険者だったもの・・・・・・・・・・・・、ゲッスウとその仲間達だ。


 偶然自分たちと同じ日にダンジョン攻略をしようとした可能性もあるが、違和感を感じていた。きわめつけは、ノートが言っていた『人工的なトラップ』の存在。

 この冒険者たちは、アーサーたちを何らかの目的で・・・・・・・このダンジョンに誘い出そうとしていたように感じた。


「…確かにそうだね。でも、今はどうでもいいさ、そんなこと」


 アーサーにも思うことはあったが、一旦そのことは置いておき話を続けた。


「以前にもここは訪れて調べました。母上の故郷ですからね。

 しかし、その時はただの廃墟。調べても鉱石が見つかるだけで何も見つからなかった。もちろんこの城跡を調べましたけど、何もなかった。だからここには何もないと思ってお手あげ状態でした」


 しかし、ゲッスウ達が大声で例の噂を話しているのを聞いた。

 何かの可能性も感じ、藁にも縋る思いで再度訪れた。


「そして今日、あなたに会いました。ハルゲン王、あなたは何か知りませんか?」


 アーサーの問いかけに何も答えないハルゲン王。

 何も答えず、ただただ剣を振るい続けた。


 アーサーも剣で防ぎ続ける。

 お互いにイストリア流の剣術を使っての攻防。激しい衝撃音のみが城内に響く。


「ハルゲン王! 戦いたいわけではないのです! 母の日記に心当たりはないですか!?」

「アーサー様! 戦いに集中してください! 彼はもうダンジョンマスターのリッチーです! 多少意識があっても最早普通ではないのです!」

「しかし!」



 その時、リッチーの剣が急に止まった。



「…?ハルゲン王?」


 アーサーが急なハルゲン王の行動に戸惑った。

 よく見ると、ハルゲン王の視線は上を向いていた。その目は眼球がないが、目を見開くほどの驚愕の表情をしているように見えた。


 何があるのかと、アーサーもハルゲン王の視線を追ってその先を見る。


「……あ」


 視線の先には、柱の後ろに一生懸命姿を隠そうとしているノートの姿が見えた。



 *****



 ————時は少し遡る。


 お宝を回収しシーザーとリッチー————アーサー王子とハルゲン王の戦いの様子を見に謁見の間に戻るノート。


「……しかし、このまま戻っても危ないよな〜。さっきからすごい轟音が響いているし、絶対激しい人外バトルが繰り広げられているだろうな〜」


 城全体が揺れるほどの轟音が響き続けている。

 アーサー王子とハルゲン王の戦いの音だとは簡単に予想がつく。

 相当激しい戦いになっていることが窺えた。


 このまま謁見の間に戻っても、自身が巻き添えをくらって怪我をする可能性が高い。


「他に謁見の間への入り口ってないのか?」


 キョロキョロとあたりを見回すノート。

 すると————



“左に階段————”



「!! な、なんだ!? なんか変な声が聞こえたぞ!」


 自分しかいないはずのこの空間に声が響いてビビりまくるノート。

 謎の声は続けた。



“左の階段、謁見の間の中二階———”



「……もしかして、道案内されてる?」


 なぜそこへ導こうとするのか?

 何かの罠か?行きたくねぇ〜


 疑心暗鬼のノート。声に従って動くことを渋っていると、謎の声がキレた。



“罠じゃないから、さっさと行け! 呪うぞ!!———”



「ヒェ!?……わ、わかりました!」


 そんなこと言われたら怖くて逆らえない。

 ノートは大人しくいう通りに左側にあった階段を見つけて登って行った。


(それにしても、メッチャ短気な幽霊だな…)




 *****




 謁見の間 中二階——————



 短気な幽霊の案内に従って無事に到着したノート。

 謁見の間の戦いの様子を窺うと、丁度アーサーが自身の本当の名を名乗ってリッチーに問いかけている場面だった。


「…やはり、あのシーザーって男はアーサー王子だったのか。あのリッチーもここの王様で、シーザーはその孫にも当たる…複雑で面倒なことに巻き込まれたぜ」


 ただ金稼ぎに宝探しに来たら、王族と関わってしまった。

 王族や貴族と関わると碌なことにならない。ノートは早急に帰りたくなってきた。


「お宝もゲットしたし、もう自力で脱出するか? モンスターは怖いけど、あいつらと関わり続けるとどんどんと面倒ごとに巻き込まれる可能性があるし、あのリッチーが異様に強いし…」


 よし、そうしよう!っとノートは決めた。


 丁度またアーサー王子とハルゲン王が戦い始めたので、今がチャンスと考え、なるべく見つからないようにコソコソと移動を開始するノート。



 しかし、その瞬間ハルゲン王がこちらを向いて、ノートを見つけた。


 ノートも視線を感じてそちらへ目を向けると、ハルゲン王、そして釣られてこちらを見ていたアーサー王子とも目があってしまう。



「……あ」



 思わず声を上げた瞬間、ハルゲン王が猛スピードでこちらに向かってきた。


「ちょ!? なんでこっちくんだよ!?」

「ノートくん!? くそ!」


 慌ててアーサーもハルゲン王を追うが、速すぎて追いつけない。



“返せ……我が『宝』を返せぇええ!!”

「ヒィイ!? なんのことかわかりませぇえん!」



 ハルゲン王は怒っているようで、ノートに剣を思い切り振るう。

 心当たりはありすぎる程だったが、逃げながら知らないと連呼する。



「シーザー! 早くこいつ倒してぇ!」

「だ、駄目だ! 彼には聞きたいことがあるんだ!」

「そんな状況かよ!? 人命がかかってますよぉお!?」


 アーサーは迷いながらも足止めしようとハルゲン王に攻撃を仕掛ける。

 しかし、ハルゲン王はアーサーを無視して素早くノートに攻撃を仕掛ける。ノートは必死で逃げ続ける。

 ノートの頭の中には剣で応戦する考えはとっくに気失せている。敵わないことを瞬時に理解したからだ。



「くっ! エレノアさん、足止めできる!?」

「こう動かれると当てる自信ないけど…『ロックドーム』!!」


 エレノアの唱えた魔法が丁度いいタイミングでハルゲン王の足元に現れる。


 瞬間、ハルゲン王は跳躍してこれを避ける。

 そして、その勢いのままノートに二刀を叩きつける。



 ズガガァアアン!!


「ぐぉおお!?」



 素早く強大な力で振るわれる剣戟をノートはかわすが、剣は地面に叩きつけられる。そして凄まじい衝撃は、地面を抉って大きく揺らす。


 あまりの大きな衝撃にノートはバランスを崩して倒れ込んでしまう。


「ぐえ!? ………いてて…!?」


 ノートは痛いところさすりながら顔を上げると、ハルゲン王が剣を構えて再びノートに高速で迫ってきていた。


(ダメだ! 間に合わねぇ!? こ、殺される〜)


 せめてもの対抗として剣を構えてガードしようとする。

 その時———



“待ってください、お父様・・・!”



 ノートの首から下げていたペンダントから声が聞こえた。


 先ほど隠し部屋で見つけた地味なペンダント。ノートにずっと聞こえていた声。

 それはハルゲン王にも聞こえたようで、剣を止めた。


「ぇあ? ……と、止まった? っていうか今『お父様』って声が……」



 ハルゲン王は震えていた。


 生前よく聞いた声。

 死後も聞き続けたいと願った愛しい声。

 今再び聞くことができた歓喜の感情。



“………イ…レー…ヌ”



 まさしく自身の一人娘、イレーヌの声だった。


「イレーヌ? 誰だそれ?」


 ノートは知らなかった。

 キルリアには第五夫人…つまり五人の王妃がいるため、いちいち全員覚えていない国民も多くいた。

 全く関わりがない一国民のノートがイレーヌの名前を覚えていないことも仕方がなかった。


 しかし、当然アーサーとエレノアは言葉を失うほど驚いていた。


「は、母上の声…!?」

「い、イレーヌ様!?」

「へ?」


 アーサーの母上発言にイレーヌの正体を知ったノートは呆けてしまったが、

 話はどんどん進んでいく。



“おいたわしや…ようやくまたお会いできたのに、そのような御姿……さぞ悔しかったのでしょう。私も同じ気持ちです”


 ペンダントが淡い光を放ち始め、女性の姿が現れ始める。

 その姿を見てハルゲン王は一段と体の震えを大きくし、アーサーも目を大きく開き、エレノアは涙を流す。


 三人がもう一度会いたいと思っていた生前の若く、美しい姿をしたイレーヌの姿だった。



“イ、レーヌ……イレーヌ………!!”

“お父様!”

「ぐぇえ!? ちょ、首締まる…」


 ハルゲン王とイレーヌの幻影が近づいて抱きしめ合う。

 イレーヌの幻影が動いたことで、ペンダントもハルゲン王の元へ動く。

 その影響でノートの首がペンダントで締まったようだ。


 すでに亡くなった二人のあり得ない再会という感動シーンに首が締まってもがくノート、という変な状況になっていた。



 しかし、ノートは全員の眼中にない。悲しき脇役となっている。



“お父様、そこまで国を…民を…そして私のことを思ってくださってありがとうございます”

“すまない、イレーヌ……お前を守れなかった愚かな父で……”


“お父様は愚かではありません! お父様のやさしさは国中のみんなが感じていました! かつてのイストリアの民が私を命懸けで逃がしてくれ、キルリアに併合された後も皆が支えてくれました! キルリアを嫌って出ていったみんなも多く戻ってきてくれましたし、戻れない者たちは定期的に私に会いにきて近況を報告してくれていました!”

「そう、今はイレーヌ姫…母上の息子である私にも続けてくれています」


“…!!”


 イレーヌとアーサーの言葉を聞き、表情を悟られたくないかのように下を向くハルゲン王。


 それは聞きたかった言葉。知りたかったこと。

 生き残った民達の未来————



“………生き残った者たちは…幸せに過ごしている、か?”

“ええ! みな輝かしい明日を生きております! ”

“……イレーヌ、お前は、幸せだったか?”


 ハルゲン王の一番聞きたかったこと。


 王としてはではなく、一人の父としての心配。

 イレーヌはにっこりと微笑んだ。


“もちろんです。イストリアのだけではなく、キルリアの多くの人たちとも交流できました。楽しい人生でした。知りたいことも・・・・・・・知れて満足。……何よりもこんな勇敢な息子を授かりました”


 イレーヌはアーサーに近づき、抱きしめた。

 ………再びノートは引きずられて苦しそうだ。どうやらペンダントの紐が絡まってとれないようだ。



「母上…」


“アーサー…よくここまで辿り着きました。ここに私の全てを残しました。…あとはお前の好きにしてかまいません。……あなたも幸せな人生を送れるよう、好きに生きなさい”


「母上!」「イレーヌ様!」


“エレノア、アーサーを支えてくれてありがとう。あなたのような臣下……いいえ、友人を持てたことも幸せでした。これからも、可能な範囲でアーサーを支えてあげてね?”


「無論です! 私は生涯イレーヌ様とアーサー様の味方です!」



 満足した表情のイレーヌ。

 思い残すことがなくなったのか、イレーヌの体は徐々に透けていき——



“あなたの思う人生を歩みなさい、アーサー。心は常にあなたと共に……”



 そんな言葉を残して消えていった。



「母上……」


 アーサーの脳裏にイレーヌとの思い出が駆け巡る。

 そして、目から流れた一筋の涙を拭いハルゲン王に向き直る。


 ハルゲン王の戦意は完全に失せていた。

 二刀の剣は手から離れ、呆然とした様子で天を仰いでいた。


「ハルゲン王……」


 アーサーの問いかけにハルゲン王は視線をアーサーに移した。そして、じっと見つめてくる。

 骸に表情はないが、穏やかな笑みを浮かべているような雰囲気を感じる。



“お前たちのおかげで心残りがなくなった。娘や国の民のその後が知れた。キルリアに思うことはあるが、もう充分だ………”



 次第にハルゲン王の体から光が溢れていく。

 アンデット型モンスター特有の消滅方法、浄化による消滅だった。


 本来は聖なる魔法による浄化で発生する現象だが、ハルゲン王自身に未練がなくなったことで、自ら浄化されたのだろう。



“世話になったな…達者で暮らすのだぞ…………我が孫、アーサーよ。”


「ハルゲン……お爺様」


“貴様が幸せに生きていくことが、私やイレーヌが生きた証。そして、キルリアへの復讐になろうぞ……”



 こうして、ダンジョン『亡国の遺跡』のダンジョンマスター、リッチーのハルゲンは天に召された。


「お爺様……天国で母上とお会いしていることを願います」




 *****




「ゲハ、ゲホォオ!……メチャクチャ首締まったぜ」

「ご、ごめんノートくん。全然気づかなかったよ……」



 母のイレーヌ、祖父のハルゲンを見送ったアーサーが次に見つけたのは、ベンダンとの紐で首が長時間締まり、昇天しかけていたノートだった。


 慌てて紐を切って何とか一命を取り留めたノートが呼吸を整えている。



「なんでアナタがイレーヌ様のペンダントを持っているのか…説明してもらおうかしら?」


 エレノアがノートへ問う。

 相変わらず険のある言い方だが、何故イレーヌと縁もゆかりもないノートがペンダントを持っているのか、当然の疑問であり、イレーヌと仲が良いエレノアが厳しい姿勢になることも頷ける。


 その迫力に押され、ノートは渋々と答えた。


 隠し部屋を見つけたこと、そこにペンダントがあったこと、そのペンダントに導かれて謁見の間の中二階にいたこと。


 ……たくさんの宝のことはもちろん話さず、中二階に行った理由も少し脚色しているが、ウソは言っていないから問題ないよな?っと自分に言い聞かせるノート。



「隠し部屋……もしかしてそこに母上の日記があるかも!」

「ノート、どうなの?」

「日記ぃ〜? そんなの見たこと………あっ」


 そう言って、「しまった!」と思い急いで口を閉じる。

 そういえば、持ち帰る宝の選別の際に古びた日記帳を見つけていたことを思い出し、思わず口に出してしまった。


 あんなことを言ってしまえば、当然二人は気になって聞いてくる。そうなると、宝部屋に案内しろと言ってくる可能性が高い!

 自分だけが知る宝の部屋を。それはマズイ! 宝を盗られるかもしれない!


 そして、やはりノートの思った展開になった。



「『あっ』て何? やっぱりあったの?」

「い、いや〜その〜……」

「あ、あったんだね!?ノートくん!」



 何とか誤魔化そうと考えたが、二人の圧力が強い。

 ここでとぼけても、執拗に迫ってくる。特にエレノアは強硬手段を取ってくる可能性が高い。



「に、日記帳かはわからんけど、確かに古びた冊子は見つけた、見つけました!」

「そ、それだきっと! その隠し部屋に母上は隠したんだ!」

「キルリアの裏の所業が書かれている日記帳……隠すにはうってつけですね。…おい、そこへ案内しなさい………やってくれるよね?」



 今まで一番強い圧。アーサーもものすごい目力で見つめてくる。

 王族の脅迫か! 汚いぞ!……っということもできるが、それでは止まらないように感じたノート。

 どちらにせよ、力で押し切られたらノートはこの二人には敵わない。ここは、素直に隠し部屋まで案内し、その後に色々と財宝については交渉しよう、とノートはこの短時間で考えた。



「わ、わかった。 案内します……」



 まあ理由の大半はただ単純に怖かったからという、小心者の気持ちだった。

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