小悪党ノートの奮闘記 2


 翌日、ノートはウィニストリアを離れ、ある場所へ出かけた。

 目的は勿論——


「ついたー! ここが亡国の遺跡か………」



 亡国の遺跡——。

 つい最近ダンジョンに認定された遺跡。

 

 名前の通り、かつて存在した『イストリア』という王国が崩壊し、その残骸が遺跡となった場所。その為、見た目は朽ち果てた城とその城下町。その為にかなり広大なダンジョンとなっている。


 今までただの遺跡だと思われていた。

 しかし、ある日冒険者の一団がお宝を求めて探索した際に凶悪なモンスターに襲われた。


 もともとモンスターの目撃情報はあったが、襲ってきたモンスターが今まで報告を受けたモンスターとは比べ物にならない強さで、襲われた冒険者の一団は崩壊した。

 唯一生き残った冒険者の報告により国が調査団を組んで調べ、そのモンスターをダンジョンマスターと認定し、遺跡を亡国の遺跡というダンジョンになった。

 ………ちなみに、調査団もそのモンスターに遭遇し半壊して逃げ帰った。



「………調べて分かったのはこの程度か。ほとんどダンジョンマスターが激強ってことしか分かってないじゃん。トラップやお宝、遺跡内部の情報が全然ないんだよな〜」


 調査団使えねー、と心の中でぼやきながら、どう進んでいくか考えるノート。

 ほぼ何も情報がないことは、非常に痛い。せめてどんなモンスターが、どの辺りにでるかの情報は欲しかった。


 改めて亡国の遺跡を見渡す。


 目の前にはかつてのイストリア王国の城下町跡が広がる。

 物音が何もせず、ボロボロになって苔やカビだらけの建物ばかり、そして奥には王城が鎮座している。ダンジョンとしての効果なのか、もうすぐ昼になる時間なのに、辺り一面が薄暗く、まるで幽霊が出そうな不気味な雰囲気が漂っている。


 モンスターの存在やこの雰囲気も恐ろしさを感じるが、ノートが一番警戒していることはトラップの存在だった。


 襲われた冒険者も国の調査団もトラップについて何も報告をしていなかった。

 しかし、ここは元は王国。

 侵入者の撃退や捕縛するためにトラップは設置されていると考えることは常套だ。


「モンスターに関しては逃げれば何とかなる自信はある。今までもそうやって切り抜けてきた。けど、トラップは何がどこにあるか分からないのは怖いね。………まぁここで考えてもしかたないし、そろそろ行くか!」


 ノートは亡国の遺跡攻略を開始した。




 *****




 ノートが遺跡の一つとなっている民家に次々と入って探索すること数時間が経過した。


 ほとんどの冒険者は家を荒らすようで気が引ける者が多いのだが、このノートにそんな罪悪感や遠慮はなかった。


「チッ! なんもないねぇ〜。……ま、庶民の家にそうそう宝なんてないよな」


 それどころか、金目のものの少なさに文句をつける始末だ。さっきから見つけるのは、朽ち果てた家具や衣服などの生活感がわかる物ばかりだった。


 中には家族写真らしきものや、赤ちゃんのゆりかごなどの思い出の品々もあった。 これらを見てほとんどの人間は、それぞれの家族の奪われたささやかな幸せを想像して、せつなさや寂しさで心が締め付けられる。


 しかし、ノートにそんな感情はなく、値打ちにならないとガッカリするだけ。現に、先程ゆりかごに足を引っ掛けて転び、その腹いせにゆりかごを蹴飛ばした。

 その拍子にゆりかごが大きな音を立てて壊れた時は、モンスターが現れないかと非常にビクついた。

 …………薄情で小心な男である。


「くそっ! 宝はないし、きたねーガラクタばっかじゃん!」


 半ばヤケクソ気味に叫んだノートは、一旦呼吸を整えて視線をあげた。


「………やっぱり、宝があるのは、あそこか」


 ノートが視線を移した先は、かつてのイストリア王国の城。そして、多くの人間を殺害したダンジョンマスターが徘徊する、このダンジョンで最も危険なエリアだった。


「危ないけど、やっぱ行くしかないよな〜。……はぁ」


 モンスターが現れませんように。

 そう祈りながら、ノートは旧イストリア王城へ向かった。




 *****




 旧イストリア王国 王城——


 その壊れた城門を入って早々、ノートは違和感に気づいた。


「……ん? 何かあそこ変だなぁ?」


 ノートが変と感じた場所は、城門の両脇だった。

 この城門は劣化して崩れているが、まだ形がしっかりと保っている石造だ。その城門の両脇の端にあった石の色が明らかに他と違うのだ。


「………明らかにトラップだな。まずは小手調ってことか? にしては分かりやすくて雑なトラップだな〜」


 そういうとノートは、少し距離をとってからその辺に落ちていた小石を拾い、石に向かって投げた。

 コントロールが悪く何回も外し、ようやく当たった。


 次の瞬間——


 ドゴォーーン!!


 轟音とともに城門は大爆発し、崩壊した。


「………う、嘘だろ。 あんな雑なクセにすごい殺す気マンマンなトラップだな」


 城門を跡形もなく消し去る威力のトラップに、及び腰になるノート。


 その時、後ろから何か近づいてくる気配を感じ取った。


「!何か近づいてきてる。………いったん身を隠すか」


 あたりを見渡し、近くの壁に身を隠すノート。

 程なくして二人組の冒険者がやってきた。



「見てエレノアさん! 大きい焦げ跡がある!」

「そのようね。 どうやら先程の轟音はここだったようね、シーザーさん」


 現れたのはSランクの冒険者ペアであり、昨日クラフトホームで出会ったシーザーとエレノアだった。


(なんでSランクがこんなダンジョンに? ………ひょっとして奴らが来るようなお宝があるのか!?)


 期待に胸を膨らませたノートは、何か情報を引き出せないかと考え、息を潜めて二人の会話を聞き続けた。



「………見たところ石造の建物が爆破されたようね。規模とこの場所から察するに城門かしら?」

「城門か。………ということはここからはイストリア王国の城、なんだね」

「ええ。………大丈夫?」

「うん、大丈夫。前へ進めるよ、僕は」


(今のところ期待した情報じゃねぇな。 早くお宝情報プリーズ!)


「……ねぇ、やっぱりもう少し情報収集してから来た方が良かったんじゃないかしら?」

「ごめんね? でも、誰かに先を越される訳にはいかないから」

「たまたま冒険者がしていた噂話じゃない。 しかも柄の悪い大男三人組。 胡散臭かったわ〜」


(経緯はいいよ! 他の情報!お宝情報を早く! ………ん?柄の悪い大男三人? 何か最近似たようなことがあったような?)


「かもね。……でもね、本当だった時を考えると居てもたってもいられなかったんだ」

「………やはり、お母様のこと?」

「…………」


(母親? シーザーの母親が何かお宝と関係あるのか?)


 シーザーとエレノアのシリアスそうな話も、ノートは意に介さずお宝情報だけを求める。ブレないその姿勢はある意味すごい。


 話は続く。より深い話になっていく。 


「………アーサー様・・・・・

「その名では呼ばない約束でしょ? エレノアさん。外では・・・冒険者シーザーでお願いしたはずだよ?」

「申し訳ありません。ですが、このダンジョンは情報が少なすぎます。 もう少し情報を集めてから慎重に調査を進めたほうが得策です。 ただでさえあなたは敵が多いのですから」

「…………」


(アーサーって確か………。

 ………ヤバい匂いがしてきたな。 お宝情報もってなさそうだし、あいつらから早く離れるか)


 しかし——


「さっきからそこに誰かいるんだろ? ずっと分かってたよ。 素直に出てきなよ!」


 一足遅かった。

 ノートが逃げる前に、シーザーが声をかけてきた。


(いや、まだ完全にはバレていない! あいつらが何処か行ったあとに離れれば······)


「少しでもおかしな真似をすれば、魔法をうつわよ?」

「僕たち、気配で動きがわかるんだ。無駄なことはやめることをオススメするよ」


(………滅茶苦茶やる気満々じゃん!? どうする、姿見せるか?隠れたままにするか?)


「五秒だけ時間あげる。五、四、三………」

「ま、待て待て!! 分かった、出ます!!」


 エレノアの素早いカウントに焦ったノートはすぐに姿を現した。


「キミは、クラフトホームにいた………ノートくん!」

「………?」

「おい!? そっちは覚えてねえじゃん!」


 シーザーはすぐに思い出したようだが、エレノアは不思議そうな顔をしている。どうやら本当にノートのことを覚えていないようだった。


「………まったく知らない顔だけど、シーザーさんが分かっているなら知り合いなのね」

「マジかよ。本当に覚えてねぇじゃん。………記憶力ないんだな(ボソッ)」

「…………」


 バチバチィ!!


「あぶな!?なんで!?」

「え、エレノアさん!?」

「チッ!外したか! ………あ、ちょっと思い出した。酒場にいたゴロツキじゃない。なぜここにいるのかしら?」


 そうノートに質問すると、エレノアは魔力を両手に込め、いつでも放てるように準備している。

 あまりの濃密な魔力にノートはビビり、言葉を詰まらせてしまう。


「エレノアさん落ち着いて! そんなんじゃ、怖がって話せないよ」

「………それもそうね。仮に何かしようとしても、先に動いて殺せるし」

「こーら!」


(………マジでチビりそうになった。 早くコイツらから離れたい!)


 適当に答えてこの二人から離れようと決めたノート。


「あ、あんたらこそなんでこのダンジョンにいるんだよ。昨日クレアからクエストを紹介されてたじゃん」

「ん? ああ、それなら昨日のうちに全部終わらせて今日の朝一に完了報告したよ!」

「…………は?ずっとクリアされなかったクエスト全部か」

「当然でしょ?あの程度楽勝よ」


(……チラッと見えたクエストの中に、国の小隊をいくつも潰したモンスターの群れの討伐があったはず。 それをたったの一日………いや、他のクエストもあったから数時間で倒したのか? ……………バケモンだ)


 Sランクの底知れぬ強さにゾッとするノート。そんな様子に全く気づかないシーザーは話を続ける。


「その報告をしたときにこのダンジョンのことを聞いてね。………ちょっと気になったからついでに攻略しようと思ってね」

「? 何が気になるんだよ」

「……いや、個人的なことだから。それでキミはなぜここに?」


(さて、正直に全て話すか?ぼやかして言ってもいいが、さっきの話を聞く感じコイツらの正体は………。後で嘘がバレたときに面倒ごとになる可能性もある。それに、別にやましいことがあるわけでもないし、正直に言えばいいか)


 ノートは瞬時に頭を回転させて自分の損得を計算した。こういうときの頭の柔軟性はかなり優秀なノート。


「オレはたまたまこのダンジョンにお宝がありそうな情報を小耳に挟んだから来た」

「その情報はどこで手に入れたのかしら?」

「そこまで言う必要あるか?」

「ないわね。でも、ちょっと個人的な事情があるの。悪いけど………力づくでも吐いてもらうわよ」


 そう言うとエレノアは再び手に魔力を込めた。

 今度はシーザーも迷いながらも止めなかった。とことん理由が知りたいようだ。

 こうなるとノートにはどうすることもできないので、素直に話すことにした。………もともと話してもいいと考えていたが、エレノアの態度に腹がたったので嫌味を交えて話す。


「弱い者いじめとは、Sランク冒険者ってのもその程度か。ガッカリだぜ」

「………自分で弱いって認めるのね。なさけない男」


 エレノアも嫌味で返すが、ノートはバカにしたように鼻で笑った。


「はっ! 見栄や虚勢は命の危機につながる! 弱いって事実を受け入れて今できることを考える! オレはそうやって生きてきた!」

「……プライドが無いことに変わり無いわね」

「プライドで飯が食えるか? 生きていけるのか? 持っている奴の上から目線の発言だぜ。は〜やだやだ」

「………何なのアナタ? 私たちは強くなる努力をして今がある。アナタのように努力もせずに下から目線の文句のほうがヤダわ」


 エレノアの発言にノートはさらにガッカリする。この女は何もわかっていない。剣や魔法の高度な訓練・・・・・を受けられる………努力しやすい環境にいる連中には、下の人間のことは理解できない。


 同じ『努力』でも、進む歩幅は人によって異なる。

 その歩幅の差を、ただ努力をしていないと断じるんだろうな、この女は。


「努力するやつが全員報われるわけじゃねぇだろ。報われているやつは結局『持っている奴』なんだよ」

「な……だから——」

「もういいよ。アンタらとは分かり合えないと思うから。弱いオレはお強いSランク冒険者様に逆らえないので詳しくお話ししますよ」


 エレノアは何か言い返そうとしたが、ノートに遮られて不完全燃焼な様子でムッとした表情をする。何も口を挟まなかったが、何か思うことがあるシーザーも苦い顔をしていた。

 その様子に少し気が晴れたノートはここにいる理由を話した。


「たまたま盗…………落ちてたこのメモを拾ったんだよ。それでお宝があると思ってきたんだよ」


 そういってシーザーに冒険者から盗んだメモを見せた。


「汚い文字だけど………なるほど、これなら亡国の遺跡に何かありそうなメモだね。でも、お宝ってのは随分な賭けじゃないかい?」

「もともとこの文字は隠れてたんだ。炙り出しで浮かんできたのがこの文字ってわけ」

「炙り出し?………よく思いついたね。ただの汚い紙にしか見えなかったけど」

「どんなことも疑うことから、それが新たな発見につながんだよ」

「………なるほど」


 これ以上話すことがなくなったノートは、早くこの二人から離れたくて別れを切り出す。


「なあ、もう行ってもいいか? これ以上何も話せることないんだけど?」

「………どう思う、シーザー? とっとと解放してもいいと思うけど」


 エレノアはノートに対する不信感と先程の会話でだいぶ嫌いになったようだった。早く離れたくてしょうがない、といった様子だ。


(まあオレもこの女嫌いだからいいけど。美人だけど、態度が気にいらねぇ)


「……そうだね、聞きたい話は聞けたよ。ありがとうね」

「あ、じゃあオレはこれで………」

「それで提案だけど、このダンジョン一緒に攻略しない?」

「「え?」」


 急なシーザーの提案にノートとエレノアは驚き………お互いに嫌そうな顔をした。その表情にシーザーは苦笑した。


「理由を聞いても?」

「うん、お互いの利害が一致すると思って」

「利害が一致ぃ?」


 シーザーは続ける。


「そう、僕たちはこのダンジョンのお宝に興味はない。あるものを探してここに来ている。キミはこのダンジョンのお宝が欲しい。お互いに目的は違うけど、ダンジョンを隈なく探索しないといけないでしょ?利害が一致してない?」


 確かに探し物は違うが、やりたいことは探索することなので同じだ。

 おまけにここのモンスターの情報がほぼない状況でSランクと組むことは戦力的にいえば、ありだ。


 だが、懸念点がある。


「……あんたの探し物がこのダンジョン唯一のお宝かもしれないだろ?」

「その可能性は薄いよ。ここはもとは『イストリア』って国だったことは知っている?」

「……ああ、下調べはしている」

「お、ちゃんと調べているのいいね! ならイストリアはかつて何て呼ばれてたかは知っている?」

「いや、そもそもイストリアの情報がまったくなかったんだよ」


 『亡国の遺跡』探索にあたり、イストリアについてノートは図書館や聞き込みで調査してきた。

 しかし、図書館には何も情報がなく、聞き込みでも有力な情報が出てこなかった。街の高齢者なら何か知っていると踏んでしたが、誰も何も知らないの一点張りだった。


「そっか……誰も言わなかったのか」

「あ?」

「いや、何でも。………イストリアはかつてこう呼ばれていたんだ、『宝石の国』って」

「ほ、宝石!? 」

「そう、いくつかは回収されているかもしれないけど、まだ残っている可能性は十分にある」


 ………少し引っかかるところはあるが、シーザーの言葉を聞いてやる気が出てきた。


「なるほどねぇ。そりゃお宝はたくさんありそうだ。でも、わからねぇなぁ」

「?」

「……オレと組むより自分たちで探索すれば、取り分が多くなるだろ。誘う理由がわからねぇ」


 自分でいうのは何だが、弱くて姑息そうな自分を仲間に誘うことはリスクが大きく、取り分も減るからデメリットしか感じられない。

 何か罠か、自分の知らない情報がある可能性がある。


「ああ、それはキミがダンジョン攻略に慣れてそうだから」

「は? あんたらも冒険者だろ? ダンジョンに潜ったことくらいあるだろう?」

「私たちはダンジョンに潜ったことはないわ」

「えぇ!?」


 話を聞くと、この二人はクエストしかやってこなかったようだ。

 もともとは困っている人たちを助けたいという気持ちでクエストを受けており、冒険者ではなかった。しかし、難易度の高いクエストになると、冒険者に登録しないといけない。

 そこで二人は冒険者になったようだ。


「つまり、ダンジョン探索は初めての初心者よ」

「どんな罠があるかもわからない。でもこのダンジョンにはどうしても入る必要があったんだ」

「私はもう少し罠の情報を得てから入るべきと思っているけど……」

「その間に探し物が誰かの手に渡ると困る。そんなときにキミに出会えた。どうだい?」


 ノートは考える。

 あきらかにコイツらは何かを隠している。それにさっきの会話に出てきた『アーサー』というシーザーのもう一つの名前・・。この言葉がノートの記憶にある『アーサー』と一致するならば、コイツらは面倒ごとを抱え込んでいる。


(でもまあ、オレには関係ないか。モンスターはコイツらに任せればいいし、よく考えればオレの懸念の一つが消えるじゃん!)


「あんたらの探し物以外のお宝はオレがもらう。それでいいか?」

「ああ、もちろん。代わりに探し物は僕にください」

「よし、OK! よろしくな!」

「うん! 頑張ろうね!!」

「……大丈夫かしら?」


 ノートとシーザーは笑顔で握手をかわした。

 エレノアは不安そうだが。


「じゃあ、早速行こうか!イストリア城へ!」



 *****



「遅ぇぞお前ら! 早くしねぇか!」

「ま、待ってくれよゲッスウ〜」


 時は少し遡り、不良冒険者ゲッスウと仲間二人はノートよりも早く亡国の遺跡へ来ていた。


「待てねぇよ!早く罠を仕掛けてあいつを始末するぞ!」

「わ、わかってるって。そんな急がなくてもアイツが来るのに時間かかるって!」

「そうそう!」

「馬鹿野郎! 罠仕掛ける時間を考えると時間が足らねぇよ!」


 あの執事長との会話から、早期解決を望まれている。それを達成できなかったらどんな難癖をつけて報酬をケチられるか分からない。

 だからこそ、ゲッスウは急いでいた。


「くそ! うまく誘導・・はできたんだ!今日しかチャンスはないっていうのに………ここの罠、めんどくせぇ!」


 現在は亡国の遺跡のイストリア城跡——

 城内は侵入者迎撃用の罠が多く、奥を目指しているゲッスウたちは苦戦してイ入り口から全く進めていなかった。


「落とし穴にブービートラップ、トラップボックス………もう疲れた!」

「……これ俺たちが罠仕掛けなくても勝手に死ぬって!」

「……そんな保証はどこにもねぇ」


 二人の弱音にゲッスウはすぐに反論した。


「相手はあのSランク・・・・・・なんだ。真正面からじゃ太刀打ちできないから、殺す確率上げるために罠を増やすんだ!弱音吐くな!!」

「そ、そんなこと言っても……ワッ!?」


 ポチ!


 仲間の一人が疲労から足がフラつき尻もちをつく。

 その際に、何かボタンのようなものを押したようだった。


「な……今度は何のトラップ——!?」

「し、知らね——」

「え、なん——」


 どうやら瞬間移動のトラップだったようだ。三人の姿は消えてしまった。


 ——その数分後、城内の奥から大きな悲鳴が響くのだった。




 *****




 時間は戻って、城の内部に入ったノートたち。

 あたりは荒れており、衰退した国の跡地をみてシーザーは寂しそうな顔をした。


「かつては栄えた宝石の国も、今ではただの荒地、か………」

「シーザーさん……」

「まあ、誰も手入れしてないから当然だろ? 滅んでだいぶ時間も経っているだろうし」


 エレノアはシーザーの心情汲んで背中に手を置いて慰めているが、事情を何も知らず、また興味もないノートは、自分の荷物を漁っていた。

 その様子にエレノアは苛立ちを覚えた。


「コイツ………何を足を止めているの? 早く進みましょう?」

「何をしているんだい?」

「ん?ちょっと………あ、あった!」


 ノートが荷物から取り出したのは、メガネだった。


「それは?」

「オレ特製ダンジョン攻略道具、『トラップファインダー』!!」

「「………」」

「な、何だよ!?文句あんのか」


 胡散臭そうな目をするエレノアと、どう反応すればいいか分からず苦笑いするシーザーに狼狽えながら、ノートはメガネ——トラップファインダーを装着する。


「バカにしてそうだな……言っとくが、コイツはトラップを見抜けるオレ特製の魔道具だ!すごいだろ?」

「そんなの信用——」

「止まりな、エレノア。足元にトラップがある」

「「え!?」」


 ノートの言葉に思わずエレノアは足を止め、すぐに離れる。シーザーとノートも距離をとり、さらにノートは小石を拾って投げた。

 ………しかし、何度も外してなかなかトラップの地点に当たらない。


「……へたくそ」

「うぐ!?」

「ぼ、ボクがやるよ。あの辺りだね?」

「お、おう………」


 シーザーは小石を受け取り、軽く投げる。見事にトラップ地点に落ちる。


 すると——


 ザザザンッ!!


 地中からたくさんの鋭い刃が飛び出てきた。


 もしあのままエレノアが進んでいたら、確実に身体中が串刺しになってぐちゃぐちゃになっていただろう。その様子を想像してシーザーとエレノアは顔を青くした。


 ノートはよく見る光景だったので驚かず、トラップファインダーの性能を証明できてドヤ顔をしていた。


「ふふん! どうだ?このトラップファインダーの実力!」

「う、うん。確かにすごいけど、それよりも今のは……?」

「あん?ただのブービートラップだよ。ダンジョンじゃ定番だぜ?」

「あ、あれがダンジョンでは普通なの?」

「ああ、ダンジョンで死ぬ奴はモンスターよりもああいうトラップのほうが多いんだ。トラップは見えないから意表をつかれやすい。だからどんな強い冒険者も簡単に死ぬ」

「な、なるほど……」


 正直シーザーとエレノアはダンジョン攻略を舐めていた。

 多くのクエストを通じて、珍しいアイテムの入手や凶悪なモンスターの討伐などの難しいクエストを達成してきた自分たちなら、新興のダンジョン程度問題ない、どんなトラップも対応できる。


 そう思っていた。

 だが、ノートがいなければ今のトラップでエレノアは死んでいたかも知れない。


 悔しいが、ノートを頼ることは正解だったようだ。


「……あ、ありがとう。助かったわ」

「は?別に助けてないけど?」

「………え?」

「トラップの中には大規模な爆発もよくあんだよ。もしそれだったら、オレも巻き込まれたかもしれないじゃん。あんたらがどうなろうと勝手だけど、巻き込まれて死ぬのは御免だ」

「こ、こいつ………」

「Sランクの冒険者かもしれないけど、ダンジョン初心者なんだから自信満々で動いて、トラップ踏んで、オレの足引っ張るのはお止めくださ〜い」

「コロス!!」

「お、落ち着いて、エレノアさん!!」


 怒り荒ぶるエレノアを必死で宥めるシーザー。

 そんな二人を無視して、ノートは気になったことを呟いた。


「にしても妙だな………」

「な、何が?」

「このトラップファインダーは、魔力を視覚化してトラップを見分けるんだ。ダンジョンのトラップは魔力を帯びているからな」

「そ、そうなの?」

「ああ、公にはなっていないけど、ダンジョンメインの冒険者の間では噂になっていたし、実際にオレも実感している」

「なるほど………それで、何が妙なの」

「………魔力を帯びていないトラップも何箇所かある」


 無論、魔力を帯びていないトラップがある可能性はある。

 ダンジョンは未だ謎が多い。だから、発見されていないタイプのトラップがあってもおかしくない。


 しかし、この量は以上だった。しかも——


「……雑なんだよな。魔力のないトラップが」

「そ、そう?ボクにはよくわからないけど……」

「ふん、適当いってるんじゃないの?」

「こんな雑なトラップ、慣れた奴ならすぐに分かるんだよ。慣れていないシロウトは黙ってな」

「〜〜」

「わぁ!?ま、魔力を手に集めないでエレノアさん!?」


 またも暴れる二人を無視してノートは考える。

 ダンジョン産のトラップは巧妙なものが多い。そのためこの雑な仕掛け方の理由を考えた結果、一つの仮説を立てた。


(十中八九、人工的なトラップだ。誰かが何らかの目的で仕掛けたんだろう。でも、目的はなんだ?かつてのイストリア人のトラップか?……にしては新しそうなトラップだし……)


 ………まあ考えても仕方がない。ただ注意はしておこう。


「とりあえず、オレが先行してトラップを確認しながら進むから、モンスター出てきたらよろしく」

「オッケー! いいよね、エレノアさん?」

「……仕方ないわね」



 *****



 それから城内を探索すること数十分——

 三人はここまで、多くのトラップとモンスターに襲われた。


 しかし、トラップに関してはノートがいち早く見つけて解除し、モンスターが現れたらシーザーとエレノアが迅速に対処した。


 スムーズに城内探索できているが、決して順調な探索にはなっていなかった。


「チッ! 全然お宝ないじゃん!」

「………こっちも探し物は見つからないよ」

「宝石の基になる鉱石が豊富じゃなかったのか!? さっきから石ころしか見つからんぞ! ケチくせ〜城だ!」

「………」


 それぞれの目的のものが見つからないのだ。

 あまりにも見つからないため、ノートは城に対して悪態をつき、シーザーは苦い顔をしていた。


「そこまで広い城じゃないし、あらかたの部屋は探したわ。もう残るは………」

「謁見の間と王の私室、だね」

「……………」


 シーザーとエレノアはそう話すが、ノートは腑に落ちていなかった。


(確かに資材庫や資料室から使用人の部屋まで調べた。すると残るはコイツらが言う通り王に関係するその部屋だろう。でも、おそらく…………)


 ノートは二人に黙ってもう一箇所の可能性を考えていた。

 それは、隠された宝物庫がある可能性だった。


(宝石の鉱物の国なのにこれだけ見当たらないのはおかしい。別の誰かが持っていったかもしれないが、部屋の数を考えると保管できる量が少なすぎる………これは隠し部屋がありそうだ)


 二人が謁見の間を目指す今、何とかして別行動をして探しに行きたい。


(でも、ここのモンスターが結構強い! オレ一人になるとやられちまう……)


「………ノート君?聞いてる?」

「あ、ゴメン。聞いてなかった」

「ちゃんと聞いてなさい。今から謁見の間へ向かうわ。たぶん二階の大きな扉だと思うわ」

「うん、行こう!!」


(ま、隙を見て出し抜くか。コイツら、案外そういう隙多そうだし)



 *****



 ———謁見の間 扉の前


 目の前には大きな扉。そして豪勢………だったであろう扉だ。

 だったと過去形なのは、装飾の宝石が根こそぎ無くなっていたからだ。おそらく、調査団か冒険者たちが抜き取ったのだろう。


「扉の装飾までも盗むなんて、意地汚い………」

「そうか? もう誰のものでもないからいいだろ? 何が問題なんだよ」

「人の尊厳の問題よ」

「………ああ、なるほど」


 何かを察したノート。

 つくづくエレノアとシーザーとは生きてきた世界が違うと感じた。


「オレたちみたいな一般人は、目の前の生活で精一杯の金しか儲けれてないんだよ。あんたらも知っているクラフトホームのマスターやクレアも贅沢しなければやっと暮らしていけるレベル。そういう厳しい生活してんだよ。そんな中で尊厳なんて優先できっかよ」

「だったら何?彼らは火事場泥棒みたいな真似はしないでしょ?」

「火事場泥棒? 何度もいっているが、ここはもうダンジョン。ここの物は見つけた人間の所有物になるんだよ。だったら扉のお宝を持っていっても法を犯してないじゃん」

「だから………」

「あいつらもここに宝石があったら持っていったぜ。生活費の足しになるし、法の範囲内なんだからな。火事場泥棒なんてお門違いな指摘だぜ」


 先程から言っているが、尊厳やプライドでは食っていけない。

 そんなことで本当に生きていけるのは、王族や貴族だけ・・・・・・・だ。むしろ、奴らはその尊厳やプライドのために生きているように見える。


 国の中枢にいるくせに腹立たしい。


「もし王族や貴族関係者がいたら言ってやりたいよ。自分の誇りや尊厳を守るために政争なんてクソみたいなことよりも、もっと下々に金を落とせってな」

「「……………」」

「ま、いないから関係ないか〜」


 まるで何かを察しているかのようなノートの口ぶりにシーザーの顔は強ばり、エレノアからは殺気が漏れ出ていた。


「ノート、ボクは………」

「別に何も言わなくていいよ。興味ねぇし、オレには関係ないんだから。……お互い無関心でいこうぜ」

「………そうだね、エレノアさんもそれでいいよね」

「………ええ、もともとそのつもりよ」


(殺気まで出すなんて、隠す気あんのかねぇ………こりゃ確定か)


 二人の本当の正体に確信を持ったノート。

 ギスギスした雰囲気になったが、各自気持ちを切り替えて謁見の間へ入った。



 初めに目に入ったのは、質素な空間だった。柱も壁もシンプルな白色で、天井からは控えめだシャンデリア、床の赤生地に金糸の刺繍された絨毯だけが目立つ。

 本来は、白色がシャンデリアの光を反射して、明るい空間だったのだろう。


 しかし、廃墟となった今では、ただただ薄暗い不気味な空間になっている。



 そして、次に目に入ったのは、三体の死体だった。

 身なりから、冒険者であろう三人は身体中をズタズタに斬り刻まれ、ボロボロで骨や内臓がはみ出ていた。もはや原型をとどめていない。


「なっ!?あの三人は!?」

「シーザー、気をつけて! 何かいる!かなり強いわ!」

「ん?」


 シーザーとノートは何かが気になったようだが、その思考は突如現れたモンスターによって中断された。



 青白いオーラを身にまとい、二本の剣を持ち、マントと豪勢な鎧を着て王冠を被り顔は布で隠れていた。

 

 そして、次の瞬間猛烈なスピードでシーザーに接近し斬りかかる。

 普通の冒険者なら一瞬で斬り殺されていたが、さすがはSランク冒険者。シーザーは瞬時に反応してその剣を軽く受け止め、逆に胴を蹴り飛ばした。


 モンスターは大きく吹き飛ぶが、特にダメージをくらっていない様子で身軽に着地してすぐに二刀を構え直した。


 その直後、モンスターの顔の布が剥がれ、モンスターの素顔………骸骨の顔が現れた。



「まさか………リッチー!?」


 

 モンスターの正体、それはこの『亡国の遺跡』ダンジョンマスター。

 上級アンデットモンスター、リッチー種だった。


「来るわ、シーザー!」

「うん!」

「じ、じゃあオレは毎度のごとく隠れてるから!」


 そう言ってノートはこの場を離れた。

 ここまで来る道中と同じだったので二人は気にしなかったが、ノートはこの時ニヤリと笑っていた。


(チャンス到来!やっかいな奴はアイツらに任せて、隠し部屋探しだ!)



そして、ノートは謁見の間を出ていき、隠し部屋探しを始めるのだった。

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